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039.恋ごころ

 夜半、隙間から光の洩れる扉をノックすれば、すぐさま返事が返ってきた。


「まだ起きていましたか」

「ああ、もう終わる」


 誰が来るか分かっていたのか、ルドルフは顔を上げずに軽く手を挙げて答えた。しかし、視線は机の書類から離れることはない。


 これはまだしばらくかかりそうだ……。マリグはひとつの戸棚を勝手に開け、複数並ぶ瓶の中から、壺の形状をした小ぶりなガラス瓶を選び、取り出した。


「おい、何を勝手に」


 少し呆れたように、ルドルフは乳兄弟の騎士に声を掛ける。

 勝手知ったる執務室。マリグは気にも留めず、さっさとグラスも取り出し、ことり、ことりと応接机にのせていく。


「いい酒を飲ませてくれると言ったじゃないですか」

「今日の今日でか? 気が早いな」

「貴方の気が変わらないうちに、飲んでおかないとね」


 グラスに琥珀色の酒を注ぎながら、マリグは答える。とくとくとく、と、瓶の中で空気と液体が躍る音が夜半の執務室に静かに響いた。

 ようやく勤務が終わり、マリグは既に自由の身であった。さっさと帰宅も考えたが、日中、ルドルフがマリグの機嫌をとるために「いい酒を飲ませてやる」と言ったのをいいことに近衛騎士服も脱がずここまでやってきた。あと、少し心配なこともあって。


「仕事があるのでしょう? 気にせずどうぞ。俺はここでゆっくり飲ませてもらいますから」


 見せつけるようにグラスを振ると、王太子はひとつため息をついて椅子から立ち上がり、読みかけの書類を手にしたままマリグのもとへとやってきた。そしてマリグの向かいにどかりと座る。


「とっておきの酒を一人で飲み尽くされてはかなわん」


 マリグは、悪戯が成功したような顔で満足そうに笑い、既に用意してあったもうひとつのグラスに酒を注いでルドルフに渡した。


 何も言わずに受け取って、ルドルフは琥珀の液体を口にする。


「そうそう。酒にはちゃんと付き合ってもらわないと困ります」

「……全く、お前は……」


 マリグが、自分を休ませるためにこんな言い方をしている、というのは理解できた。が、何とも嫌味な方法ではないか。


「少しくらい、休憩してもいいでしょう」

「少しだけだ。まだ目を通していない資料がある」


 いつもこうだ……、とマリグは嘆息した。

 議会のお蔭でただでさえ忙しいこの時期、先日からのグラム皇国の侵攻のせいで、上層部は多忙を極めていた。今回、国防に関して権限を持つことになったルドルフの仕事の過密っぷりは、例年に輪をかけてひどい。今日のように、夜遅くまで資料を読み漁っていることも多かった。

 国の一大事に備えているのは分かっている。けれど、身体を休めて欲しいと周りの人間がいくら言っても「有事だ」と跳ね除けられる。乳兄弟であるマリグの言葉であれば比較的聞き入れられやすいが、それでもこの程度であった。


 それでも、わずかでも頭を休める時間が取れるなら……と、マリグはルドルフと酒を飲む。


「そういえば、三日後の出発式の準備はどうだ?」


 と思ったのに、ルドルフから振られたのは仕事の話だった。頭が仕事から一向に離れないことに、やや諦め気味になったが、これはこれで重要なので仕方がない。


「順調ですよ。団長も急ピッチで準備を進めています」

「そうか。決まってから間がなかったが、アベーユ騎士団長もよくやってくれている」

「父に伝えておきますよ」


 今回、グラム皇国が侵攻した、ミリリタ国のデシル地方。そこは、三国が接する地方で、ルヘクト王国と山ひとつを隔てた反対側に位置していた。

 ルドルフは、グラム皇国侵攻の知らせがあった直後、すぐに国境近くの貴族や領主の警戒網をひかせ、その上で騎士団を先発させていた。

 先発隊は最低限の人間に見送られただけで慌ただしく出発したが、物資も装備も十二分に持った後発隊が、このたび出発することになっている。

 ルドルフ個人のスケジュールはキツキツだが、国境に派遣される騎士団の士気を高めるため、派手に送り出さねばなるまい。


 ルドルフは襟元を緩め、頭の中で軽く予定をなぞった。


「……三日後か。その頃にはこの部屋の引越しも落ち着いているだろうし、問題ないだろう」


 部屋の隅には、日中にカレンが詰め込んだ荷物が山と積みあがっていた。細腕ながら、何十人ものゴロツキを剣一つで相手するだけあって体力がある。半日で、彼女ひとりで片付けたとは思えない量だった。


 ふと、昼間、この部屋を一人で片付けるように告げたときのカレンの表情を思い出す。

 翡翠の目を真ん丸にして、きょとんとしたあの顔はまるで小動物のようだった。


 ふっ、と笑いが漏れ、口元が緩んだ。


 そんなルドルフに、マリグが少し驚いた表情で「なんとも、まあ」と呟いた。それが聞こえ、ルドルフが訝しむ。


「なんだ、マリグ」

「いいえ、貴方が、誰か一人の仕事を気に掛けるのは珍しいなと思いまして」


 ルドルフが片づけを命じたあの調子はいつも通りだったが、いつもの彼なら、経過を気に掛けることなんてない。そもそも、執務室の引越し程度、王太子である彼の公務の予定に何の影響も与えないはずなのだ。


「別に気にしていたわけじゃないさ。部屋の必要な場所に必要なものがない状態が、落ち着かないだけだ」

「どう見ても気に掛けてるでしょう。そもそも、今はほとんどの資料や書類を他に預けているんです。落ち着かない状態なんて、ずっと続いてるじゃないですか」


 数週間前起こった王太子執務室への侵入事件(疑い)のあと、関係各所へ荷物を移したことで、書棚はずいぶん空いていた。それでも元々容量があるため、残っている量もなかなかではあったが。


「そうでなくたって、カレン嬢以外を思い出して、そんな顔で笑ったりしないでしょう、貴方は」

「……どんな顔をしていた?」

「自覚、ないんですか?」


 マリグは目を丸くする。あんな笑顔を見せておいて自覚がないとは。


「……ご令嬢たちが見たら、興奮で気絶するような顔でしたよ」

「ならいつも通りじゃないか?」


 心底不思議そうに、かつ当然のように返す乳兄弟に、マリグはほんの半瞬言葉を失う。そして、ふと沸き起こった疑問をそのまま口にした。


「……ルドルフ。乳兄弟として聞きますが、貴方はカレン嬢のことが好きなんですよね? 女性として」

「? もちろん、女性として興味はあるな」


 ……何かが、違う気がした。


「……聞き方を変えます。貴方は、カレン嬢に恋をしているんですよね?」


 ことん、とルドルフが、綺麗な顔を横に倒した。


「……恋?」

「……本気、ですか……?」


 今度こそ本気で驚愕し、マリグはあんぐりと口を開けた。

 あれほど熱烈に追い掛けておいて。この忙しい中、わざわざ時間を割いてまで彼女に構って。別れたあとも、思い出して嬉しそうに微笑んでおいて。なのにまさか本人は恋心に無自覚だとは……!


 愕然としてから、はたと気づいた。王太子として、男として、一人の人間として、人生モテモテを地でいっていたこの乳兄弟は、これまで本気で誰かに恋をしたことがなかったのではないか、と。


「言っておくが、カレンに対しては興味の範疇だぞ。確かに相当興味くはあるが」

「だからと言って、貴方が今までに仕事を放棄したことはなかったでしょう」

「今でもないぞ……?」

「先日! 街で! カレン嬢を見つけて、捜査を放り出して追い掛けたのは誰でした? 自分からやると言いだした仕事を放棄して、仕舞にカレン嬢と街歩きを始めたときはどうしようかと思いましたよ」


 複数の貴族令嬢の行方不明を受け、捜査のため平民の姿で街へ繰り出したことは記憶に新しい。

 そこで、平民として違和感なく街に溶け込んでいたカレンを発見し、突然彼女を追いかけはじめたルドルフには、護衛として付き従っていたマリグも、実は付近に潜んでいた護衛達もぎょっとした。後で聞けば、彼らも相当慌てたのだとという。


「結果的に解決したのだから、文句を言うな」

「結果的に、でしょう?」


 マリグの少し責めるような口調にも、ルドルフは何でもないように酒のグラスを軽く回した。


「……ちなみに聞きますが、カレン嬢との街歩きは楽しかったですか?」


 グラスを両手で握ってじっと問いかければ、ルドルフは宙を見ながら思い出す様子を見せた。


「……ああ、なかなか楽しかったな」


 そうして見せたのは、小さくではあるが、ほころぶような笑顔。

 いつも自信に満ちた笑いか、不敵な笑みしか作らない顔が、小さな固い蕾を花開かせるように、マリグでさえ見たことのない柔らかい表情かおを見せた。


 男でさえ見とれる美形が心から微笑めば、破壊力を生む。ルドルフの笑みの直撃を受けたマリグは、動揺する心臓を押さえた。幼い頃からルドルフを見慣れているマリグでさえこれである。


 恋とは誠に恐ろしく、素晴らしい。この鬼畜と呼ばれる王太子でさえ温かに微笑むことになるのだから。


「……確かに楽しかったな。逃げ腰のカレンをあちこち引っ張り回すのも、明らかに嫌がるカレンを茶に誘うのも、カレンが婚約者という言葉に過剰反応して私に突っかかってくるのも」


 ……やはり前言を撤回しよう。


 彼の思い出し笑みは、ほほえましい記憶の中にあるのではなかったようだ。カレンと過ごした時間より、カレンの嫌がる反応を心から楽しいと思っていたようで……


 ……この乳兄弟の愛情は、ちょっと歪んでいるかもしれない……


「カレン嬢もお気の毒に……」


 ルドルフに恋心を自覚させようかとも少し考えたが、やめることにした。今自覚させたら、何かが崩れる気がする。それが、カレンの大切なものなのか、ルドルフの何かなのかは分からないが、精神状態を支えているモノに変化が起きる気がしてならなかった。


「とりあえず当面は無自覚のままでいてもらって……接点は絶えず作り、折を見てそれとなく話題に触れ、ゆっくりと……」

「何をぶつぶつ言っている」


 片手で頭を抱えて考え込んでいたマリグに対し、先ほどの微笑みなどなかったかのような、通常モードのルドルフが不思議そうに眺めてグラスを口に運んだ。


「何を考えているのか分からんが、お前は策略家には向かん。大抵いい結果にならないから、中途半端に手を付けない方がいいぞ?」

「こんなところで、得意の分析力を発揮しないでくれますか?」


 腕の向こうから半目でじとりと睨んだ。

 ルドルフの読みが外れることはないだろうが、彼の幸せのために画策することに対してまで、予言めいたことを告げないで欲しい。


 マリグは、カレンのこともなかなか気に入っていた。頭の回転もよく、はきはきと話し、それでいて嫌味がない。当初はなぜか自分を避けようとする様子が見られたが、話してみれば嫌われているわけではなさそうだった。そして、嫌われていないことにほっとした自分にも気づいた。自分は意外にも、あのお転婆な令嬢を気に入っていたらしい。

 交流した時間は短いが、裏表のない性格のせいか、今では不思議と信用のおける相手である。

 そう、この乳兄弟の結婚相手にと望むくらいには。


 だが、今のままでは、ルドルフの無自覚な恋心に彼女が振り回され、いじられ、ストレスを最高に溜めるだけではないのかと危惧をする。


「……カレン嬢のことが心配ですね……」

「心配するな。王宮にいる間、カレンの周囲には一応気は配っている」


 マリグとしては深い意味を込めて言ったのだが、元凶である本人にはどうやら伝わらなかったようだ。

 いつもなら最低限の言葉で意図を汲むルドルフが、なぜかこの件に関してはさっぱり特技を振るわない。無自覚の何かが邪魔をしているのではないかと勘繰ってしまう。


 ルドルフが、手酌で酒をグラスに注いでいた。

 ああ、もう無くなってしまう。マリグはルドルフからさっと瓶をかっぱらい、残りを自分のグラスに注ぐ。


 呆れたような視線を送り、ルドルフは中途半端に酒が注がれたグラスに口をつけた。


「お前は本当にカレンが好きだな」

「貴方ほどじゃないですよ。カレン嬢が欲しがるものを目の前にぶら下げて、この部屋へ出入りさせてしまうほどではね」

「機嫌が悪いな。カレンみたいだ」

「……本当に、彼女に危険はないのですか」


 急に切り替わったような、マリグの落ちた声のトーンに、からかうようだったルドルフの青い瞳が、すっと細くなった。黙ったルドルフに、マリグは重ねて問う。


「本当に来るのですか。その、ヨハネスという男」

「来るだろうな。本人でなくとも、少なくとも息のかかった人間が」


 青髪のヨハネス――ルドルフが、カレンと共に乗り込んだ、人さらいの拠点となっている屋敷にいた、首謀者と思われる男。

 ルドルフは眉間に皺を寄せながら琥珀の液体を眺めた。酒の色が、先日、カレンと共に対峙した男の目の色と重なる。ゆらりと波打つ液体の動きは、あのときの一瞬、カレンに対して見せた、不気味な眼差しの揺らぎを思い出させた。


「私が侍女を置いた噂も広まっている。あの男なら、侍女がカレンだときっと突き止めるだろう。ドイブラーと繋がっているなら、なおさらな」

「どうしてそこまでカレン嬢にこだわるのでしょう」

「さあな」


 ルドルフは、あの屋敷の一シーンを思い出していた。

 カレンがヨハネスに殺気をぶつけた。名も知らぬ少女の命が奪われたことに憤り、瞬間で熱の塊のようになった彼女が、数度の剣戟でヨハネスを窓際に追い詰めた。あの後だった。ヨハネスの、カレンに対する感情に変化が見えたのは。

 怒りにまみれたままのカレンは気づかなかったろう。

 ヨハネスが「ようやく見つけた」という目の光を自分に絡ませたことを。

 多少のことでは動じないルドルフだが、あれには不気味さを感じたものだった。


「情報が足りないから、答えも出せん。ひとつ分かるのは、ヨハネスという男が、隙あらばカレンを狙ってくるだろうということだ」


 喜怒哀楽の「楽」ばかりを常態しているような男。ああいう人間は、精神的な欠損を何か別のモノで埋めようとする。まるで穴が埋まれば、正しい自分になれるかのように、穴を埋める栓を無意識に求める。ヨハネスにとってそれが、カレン自身のか、カレンに関する何かなのかは分からない。


 マリグは頭痛を収めるかのように、眉をしかめてグラスを額に当てた。


「貴方の読みが外れることを願いますよ。何だってカレン嬢はそんなトラブルに巻き込まれるのか……」

「体質だな」

「……性格ですね……」


 異口同音に、二人はカレンに原因を求めた。

 前後を考えずに突撃していく癖が、全てを招いているとしか思えない。


「彼女の身に大きな危険がないよう、気を配らねばなりませんね」


 危険に巻き込まれるのは二人の中でほぼ確定していた。だが、深刻な事態にならないようにしなければならなかった。


「大丈夫だろう。王宮では現状、私が不在の間も、カレンが居る場所には常に警備を置いている」

「ええ、知っていますよ。貴方の指示を受けて、俺が近衛騎士をいつもより多く配置しています。何かあればすぐ殿下と俺に報告を寄越すよう指示した上でね」


 ですがそれだけで本当に充分ですか?とマリグの目が言っていた。

 それに対し、ルドルフは、マリグが初めて聞く情報を口にした。


「この三日間、私への接見は基本的にこの執務室に指定してある。執務室以外での予定も全てこの周囲の部屋で行うように変更した。所要時間もすべて最低限だ」

「……そこまで、していたのですか」

「本音を言うと、カレンについてはそれほど心配はしていない。だが、何か起こったときに私が気づかないのでは意味がない」

「……まあ、そういうことにしておきましょうか」

「引っかかる言い方をするな。カレンは侯爵令嬢だ。私が気にかけたとして、何もおかしなことはないだろう」

「はいはい」


 彼は気づいているのだろうか。普段の彼なら、何かあったとしても自ら出ることなどないことを。

 カレンがただの侯爵令嬢なら、彼はきっとマリグにすべてを任せ、自分は結果と報告を求めるだけなのに。

 それを「何もおかしくないだろう」などと……無自覚で不器用とは困ったものだ。今までにない鈍さを発揮する乳兄弟に、マリグは小さく苦笑した。まあいい、危険が起これば自分がフォローすればいい。それくらいの腕も経験もあるつもりだった。


 マリグのそんな様子に、不可解だと言わんばかりのルドルフの顔。どうせ言っても認めないだろうと、マリグは適当に誤魔化して酒を煽った。


「もちろん、近衛騎士おれたちも全力でカレン嬢を守りますよ。ただ、この限られた期間に来るんですかね? あと二日ですよ、彼女が王宮にいるのは」

「そこは動かしようだな」


 ルドルフが空中に円を書くように、指を回す。それは、ルドルフがある小細工をしたことを示すジェスチャーだった。マリグは呆れた顔をした。


「また、何かしたんですか?」

「カレンにな。まあ、あいつは直情さで予想外の事をしでかすから、うまく動いてくれるか賭けのようなものだが。それでも保険はかけてあるし、問題なく事は運ぶだろう」

「……つくづく貴方の考えていることは分かりませんね」


 どれだけカレンを使えば気が済むのだろう、というマリグの責めるような視線をルドルフは肩を竦めてかわした。


「私の目的はひとつさ。それだけだ」

「グラム皇国の消えた第二皇子、ですか」

「そうだ」


 グラム皇国第二皇子――

 幼い頃に派閥争いに巻き込まれ、殺されたと言われている皇子。それが生きて、このルヘクト王国内に居るらしいと情報が入ったのは、あの人さらい事件の少し後であった。


 そして、人さらい事件で急激に浮上した、ヨハネスの存在。

 ヨハネスと、事件の現場となった屋敷の持ち主、ドイブラー子爵は間違いなく繋がっている。そしてドイブラー子爵の後ろに見え隠れする、隣国グラム皇国の気配。

 これは、決して無視できることではなかった。

 長い歴史上、ルヘクト王国とグラム皇国は幾度となく戦争を重ねている。最後の大きな戦争は二十年前とそれほど遠くなく、まだまだ戦火の記憶と傷は、国民の中にも国土にも刻まれている。今回、突然の国境侵攻、そして山一つ隔てた場所で沈黙するグラム皇国軍に、ルヘクト国民の中には不気味に黒い不安が渦巻いていた。

 第二皇子生存の情報、ヨハネスの登場、グラム皇国の国境侵攻、同時期の出来事としてはあまりにタイミングが良すぎた。どうも嫌な予感がする。ルドルフとしてはこれを幾ばくかでも解消したかった。それも、できるだけ早く。たとえカレンを利用してでも。


 さきほどまでルドルフが目を通していたのは、まさにそれに絡む情報だった。


「あの男は、来るだろう。そうすればこちらのものだ」


 ルドルフが、読みかけの書類にトン、と長い指を置いた。


 その内容をカレンが見たら驚きに叫んだことであろう。

 そこに書かれた外見的特徴や生い立ちは、乙女ゲーム『悪魔の遊宴』の隠しキャラの情報、そのものであったのだから。

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