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030.情報収集の結論

「ウソだろ……」


 五分後。


 ぽんぽんとスカートをはたくカレンと、足でゴロリと雑魚の覆面男をひっくり返すラルフの足元に、ボスはボロボロとなって転がっていた。


 顔を覆う布はとっくに破れ、大きな傷跡が晒されている。顔の真ん中の傷痕だけでなく、くっきりとした二重あごも特徴的な顔立ちであった。


「二十人が、たった二人に……」


 ボスの周囲には、小さくうめき声をあげる部下たちが累々と横たわっていた。怪我はしているが、どうやら皆生きているようだ。


 敷地内はすっかり静まり返っている。これは、陽動部隊も沈静化されてしまったことを示していた。


「うーん、最近片付け仕事ばかりだったから、いい運動になったわ。ちょっとすっきり。思っていたよりストレス溜まってたみたいねー」

「左様ですね」


 ラルフの声も若干軽くなっているので、もしかして少しは機嫌が直ったかな、とカレンは思った。


 だが、ボスは寝転んだまま、二重あごが外れそうになるほど口を開けて唖然とした。

 組織の腕自慢と、二十人以上の、武器を持った部下の相手をして「いい運動」などと……この屋敷には、化け物がいる。


「敵う気がしねえ……」


 そして自分はもう終わりだ、と思った。

 騎士にもなれず、裏社会で名を上げることもできなかった。最後には、よりにもよってこんな小さい女と、ひょろっとした男にやられ終わったのだ。


 舞い込んできた運は、組織が大きくなった段階で使い果たしてしまったのだ。


 ちきしょう、とボスは悔し涙を流した。


「お嬢様、本当にこんな男に?」

「うん、いいと思うのよね」


 ラルフと軽く確認のようなものをしたあと、カレンはボスの前にしゃがみ込んだ。


「ねえ貴方、クォルツハイム家(うち)専属の情報屋、やってみない?」

「――はあっ?」


 ボスは目を真ん丸に

 して少女を見つめた。


「貴方、結構な人数抱えてるみたいだし、その組織を使って街や、裏のいろんな情報をこちらに寄越してほしいの」

「……それが、見逃す条件て訳か?」


 カレンとボスの間に、ラルフがいつの間にか準備したランプが置かれた。

 眩しさに、ボスが少し目を細める。


 貴重な電池を使ったランプ型の灯りが、カレンの顔を浮かび上がらせた。そこでボスは初めて相手の顔を確認する。

 思ったよりも幼く、清楚な顔立ちをしていることに驚いた。


 だが、顔に騙されることはしない。

 彼は、少女の圧倒的な強さと豪胆さを目の当たりにしたのだ。


「もちろん報酬は払うわ。まあ、他に呑んでもらいたい条件はあるけど、悪いようにはしない。約束する」

「俺らはヤクザ者だ。裏切るかもしれねえぜ」

「だったら私が貴方を見極められなかったってことだわ。あ、けれど、泣き寝入りする気はないわよ。契約不履行の裏切りには、ちゃんと報復をさせてもらうわ」


 怖いことを言っているが、本人の表情は不敵でもなんでもない。それがかえって怖く感じる。


 しかしボスは、それでも聞いた。


「断ったら、どうする?」


 自分はヤクザ一派のボスであり、それへの矜持もある。

 貴族の配下に入れと言わんばかりの話にあっさりと乗るような、そんな腑抜けではない。


 少女は、ここで初めてにこりと微笑み、ボスの質問に対して可愛らしく答えた。


「断れば、一同裸にひん剥いて、縄張り内で逆さに吊るす」

「よしやろう」


 ある意味殺されるより怖い答えに、ボスはしっかりと了承の意を返した。


 少女の言葉が実行されたら、きっと自分はもう王都では生きていけない。

 そしてこの少女はきっと、必ずそれを実行する。そんな気が物凄くした。


 カレンは、ぽんぽん、とボスの肩を叩いた。


「うんうん、思った通り、物分かりがいいわね。ついでにちゃんと人を見る目もある。これからよろしくね」


 性格そのものは間抜けだが、ボスの腕はいい。そして初めに相手をした部下たちの腕も、なかなかよかったとカレンは感じた。


 それに、集団襲撃は素人レベルだったが、カレンと対峙した時の連携は悪くなかった。

 ただのヤクザで、ここまでの統率力を持つ組織は見かけない。


 よっぽどボスに求心力があるのかと考えたが、話をして、それだけではないと感じた。

 彼は、カレンを見ても、決して子供と侮らなかった。これはきっと、彼が人を見抜ける才能を持っているのだろう。


 それにボスは間抜けだが、そこまでの凶悪さを感じない。

 裏社会に通じ、間違いのない人材と統率力を持つ組織。


 カレンはこんな組織が、手元に欲しかったのだ。


 鋳物屋の娘、ベラが人さらいにあった一件で、カレンは街の情報収集力の少なさを実感した。


 商売に関わることだけでない、些細なことから暴力的なものまで、広く拾える情報収集力。

 自分も、周囲の人も守る上で必要な力であろう。


 だが、ラルフたち『影』でもそこまで手が回らない。

 そこで、『影』は本来通り身辺警護と王宮関係の情報収集に集中させ、別の手段で王都の情報網を作ろうと考えた。


 そこにこの一派とボスが転がり込んできたのである。

 ここで利用しない手はなかった。


「あと、ついでに我が家の周辺を見回り警備してね」

「なんだそりゃ」

「警備兵増やしたいんだけど、すぐには無理だから。ちょっと夜の見回り、お願いしたいのよ」


 この組織に警備をしてもらえたら、人員の面でも大変助かる。クォルツハイム家の警備団の体制が固まり、増員できるようになるまで力を借りることにした。


「……報酬はその分貰えるんだろうな」

「もちろん。あと、希望するなら鍛えてあげるし、貴方の部下を警備兵に雇ってもいいわ」

「本当か!?」

「え、ええ。試験はさせてもらうけど」


 ボスの意外な食いつきに、カレンは身体を逸らした。


 ボスが食いついたのは「鍛えてあげる」のフレーズである。

 自分や部下が全く歯の立たなかった彼らに、もし鍛えてもらうことができたなら……自分はもっと強くなれるかもしれない。


 かつて騎士を目指した男は、力の追及に余念がなかった。

 組織の拡大は、別の意味で力を得ること。彼の中では、剣の腕を上げることと同じだったである。


 鍛えて、もっと強くなれたら――


 ボスの目は輝いた。


「鍛えるって言ったその言葉、忘れるなよ」

「??ええ、分かったわ」


 ボスの向上心は、カレンが思っているよりも高かった。


 元ヤクザ集団のボスであった男が、部下にトップを譲って警備兵となり、クォルツハイム家警備兵団長となるのは、このあと数年後のことである。




 ボスとはじめとする一団は、カレンの指示により速やかに解放された。


 男たちは、暗い中、クォルツハイム家の裏門から次々と出ていく。

 傷を負ったものは手当され、解放されることが不思議で仕方ないといった顔でこちらを振り返りながら去って行った。


「最後に聞いておきたいことがあるのだけど」

「何だよ、まだあるのか」


 最後まで残っていたボスは、カレンにやられた脇腹を押さえながら眉をひそめた。


 見送りは、カレンとラルフのみである。


 警備兵への指示やら、襲撃メンバーたちへの傷の手当やらで、ボスとゆっくり話をしている暇がなかったため、大事なことを聞き忘れていたのだ。


「貴方を雇って、ウチを襲うように指示したのは誰?」

「どっかの貴族だよ。名前は忘れた」

「隠すと、吊るすわよ?」

「違えよ!本当に忘れたんだって!」


 慌ててボスは両手を振った。そうして、うんうんと唸りながら思い出そうとする。


「何つったっけな……ドワドワ?ドーナッツ?」

「……ねえ。ちなみに、ウチの家名覚えてる?」

「クロワッサン家だろ?」

「お嬢様、本当にこの男でよろしいので?」

「……今ちょっと後悔してるわ……」


 ラルフの冷静な突っ込みに、カレンはうな垂れた。

 この男、記憶力がひどい。


 と、門外の暗闇にくすくすと笑う声が響いた。

 ラルフが剣の柄に手を置き、警戒をする。


 声は徐々に大きくなっていった。仕舞には、げらげらともう隠そうともしない笑い声と変化した。


 訝しむラルフの横で、カレンが苛立ちを露わにした。


「いるならさっさと出てきなさいよ、ヨハネス」

「あれ?バレました?」


 木陰からひょっこり出てきたのは、フードを目深にかぶった男。そのフードを自ら下ろすと、青髪がランプのかすかな明かりに照らされて現れる。


 人さらいの一件で屋敷から逃げた青年、ヨハネスである。

 相変わらず女性受けしそうな甘いマスクに、金の瞳。ただし、笑いすぎたのか、涙目であった。


「いやあ、まさか送り込んだ賊を取り込んだばかりか、解放しちゃうなんて、流石!」


 ボスがその姿を見て声を上げた。


「あっ、てめえ、ヨハネス!隠れていやがったのか!」

「まあ、襲撃とか怖いですからね――っと!?」


 カレンがすかさず打ち込んだ一撃をヨハネスはギリギリ、抜きかけの剣で受け止めた。


 両者のやりとりで、この襲撃にヨハネスが関わっていたのはもう確定。それでなくても彼は、前回の集団誘拐の主犯を知っている重要人物だ。

 悠長に会話を交わすことなく、カレンはさっさと攻撃を仕掛けた。


「わあ、いきなり!僕が居るのなぜ分かったのかとか、質問もさせてもらえないの?」


 ヨハネスは、受け止めた剣を流すこともできず、不安定な体勢のまま言った。


 今回の襲撃、陽動部隊や本命の背後の増援部隊など、このボスでは考えられない計画だと感じていた。

 集団の中にブレーンがいるのかと思いきや、部下は筋肉質な人間ばかりである。


 となれば、と考えたとき、カレンの頭にはこの男が浮かんだ。


 頻繁にカレンの元に暗殺者を送り込み、人さらい事件の主犯の疑いがあるドイブラー子爵と、この男が繋がっていてもおかしくない。


 なので声が聞こえたときに、やはり、と思っただけなのだが、わざわざ説明してやる気もなかった。


「加減してあげたのよ。感謝なさい」

「それはどうも。ええと、このあと僕をどうするつもり?」

「決まってるでしょ。捕縛して、洗いざらい吐かせてあげる」

「うわあ、拷問する気満々だ」


 彼をここで逃すつもりはなかった。


 剣を合わせる二人に、横からラルフが迫るが、三日月刀が届く直前にヨハネスがカレンの刀を弾き、正面から蹴りを入れて離れる。


「お嬢様」

「大丈夫よ、当たってない」


 胴に入ったように見えた蹴りは、刀の柄で防いでいた。


 並び立ったラルフに軽く答えると、カレンは刀を構えなおし、もう一度ヨハネスに向き直る。

 その眼が先ほどと比べ物にならない鋭さを湛えたのを認め、ヨハネスが慌てて手を挙げた。


「ちょ、ちょっと待って!君が本気になったら僕一瞬で死んじゃう!」

「大丈夫、足の健を切るにとどめてあげる」

「待って待って!今日は君に情報を持ってきたんだから!」

「要らない」

「ええっ!?」


 ヨハネスは動揺に動揺を重ねて叫んだ。


 カレンは切っ先を彼から離さないまま、目の鋭さも変えないままに答えた。


「貴方が、何の利益もなく情報をくれると思えない。偽の情報を渡すか、真実であったとしても、こちらの混乱を狙う目的かでしょう?」

「……参ったなあ。本当に慎重なんだね……」

「自分の信用の無さを恨むのね」

「うーん、予定が狂ったな」


 ヨハネスは眉を落とし、本当に参ったような顔をした。

 構えも解き、隙だらけだった。


 カレンはそれに不自然さを感じながらも、彼を捕えるため、じりっと一歩を踏み出した。


「大人しく捕まりなさい。話はあとでゆっくり聞いてあげるから」

「……お兄さん、今部屋に一人なんだね」


 踏み出した足が止まる。


「姿を隠した護衛もいるんだ?さすが、クォルツハイム家の次期当主」

「……何が言いたいの」

「ねえ、ボーガンの射手、今ここに居ると思う?」


 ヨハネスが、微妙にズレた答えを返してきた。

 前回、彼を逃がした原因となったボーガンの矢。今回もヨハネスを守るために付いているかとカレンも警戒していた。

 あのボーガンの狙いの的確さ、そして射る早さは厄介だ。


 その矢が――今ここではなく、兄のエルヴィンに向いているのだと、ヨハネスは言う。


「ねえ、お兄さん、大丈夫かな?」


 繰り返しの問いに、カレンはしばしの間の後、構えを解いた。


「お嬢様」

「……仕方ないわ。散らせて」


 ヨハネスの言葉の真偽は分からない。

 カレンも兄の護衛に付いている『影』を信用していない訳ではない。だが、ボーガンの射手は一人以上いる可能性もある。相手の手の内が分からない以上、危険は冒せなかった。

 ヨハネスを捕えることより、兄の安全が優先である。


 カレンの指示に、ラルフは僅かに眉をひそめると、次にはくうに向かって手を振った。

 と、周囲から複数の気配が去っていく。


「な、なんだ?」


 カレンたちの一触即発の雰囲気に、門に隠れるようにして立っていたボスが、それらの気配を感じてあたりをきょろきょろと見回す。


 散ったのは、カレンの『影』たちであった。

 気配を隠すのを止めてから去ったとはいえ、普通なら察することができない気配を無意識に感知しているのだから、このボスもなかなかいい感覚を持っている。だが残念ながら、今それを褒める者はいなかった。


「ああよかった。君の剣も怖いけど、アレにいつ襲われるかと不安だったんだ」

「用が済んだなら、さっさと去りなさいよ」

「はいはい」


 ヨハネスはあっさりと背を向け、暗い道を歩き始めた。


「あ、そうそう」


 ヨハネスは歩みを止めず、首だけでカレンの方に振り向いた。


「これまでの事も、これから起こる事(・・・・・・・・)もドイブラー子爵からの依頼だから」

「……!」


 背を向けたときより更にあっさりと告げ、手を振る。

 カレンはその告白に目を見開いた。


 人さらいの一件も、今回の襲撃も、全てドイブラー子爵の企みであること、そして……まだ何か起こるという可能性を放り込んできたのである。

 しかし、その告白ですら虚偽である可能性も捨てきれない。


 ――見極めが難しい。


 カレンは舌打ちした。


 結局、彼の目的は果たされたのだ。


 カレンの鋭い視線を背に、ヨハネスの青い髪は、そのまま王都の闇夜に溶けていったのである。

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