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024.悪役令嬢には敵いません

レイラの言葉に、二人はそれぞれの反応を返した。


「片付けて、と言われましても……」

「そんなこと頼まなくていいから!姉さん、やめて、それ戻して!」


戸惑うカレンに、慌てて衝立を直そうとするテオドール。

三人しかいないはずの執務室は、混乱に満ちていた。


「ええ?だって、テオだって困るでしょ?本が見つからないとか言ってたこともあったじゃない」

「あれは、たまたまだって!」


けろりと言うレイラだけが落ち着いているようだったが、それがまたテオドールの焦りっぷりを助長させた。


……どうやら、汚部屋の状態はかなり末期らしい。


「こんなのが、王太子殿下の側近の部屋だっていうの、不味いと思わない?」


ねえ?とレイラが笑顔でカレンに問う。


「確かに、どうかとは思うけど……だからって別に私が片付けなくてもいいんじゃいなの?」

「そうだよ姉さん、こんなヤツに!」

「テオはちょっと黙ってね?」


レイラが、口を挟んできたテオに向かってにこりと笑うと、テオがぐっと黙った。


この天使はとことん姉に弱いらしい。

大人しくなったテオの胸を手のひらで軽く叩いたレイラは、カレンに向かって話を続けた。


「私ね、クォルツハイムのお屋敷に何度かお邪魔しているじゃない?」

「ええ」

「いつか食糧庫とエルヴィン様の執務室をこっそり見せてもらったことあるでしょう。あのとき感動したの。なんて効率的な収納をしてんだろうって」


そういえばレイラの感動っぷりはすごかったとカレンも思い出した。


貴族の屋敷はやたら広いが、それだけに物が多く、管理も煩雑になりがちである。


カレンは、前世で会社の管理部門にいた時に手掛けた社内収納の大改革の快感が忘れられず、王都の屋敷でも収納、管理にはとことんこだわっていた。


効率的な収納は、コストカットとイコールである。

物と作業の性格を把握し、それに応じた収納を実行、加えて管理方法の見直しも同時に行った。結果、王都の屋敷にカレンが本格的に住むようになった後、クォルツハイム家の品物の購入の無駄は減り、また作業の能率も上がったのである。


「カレンには、あの腕を振るってもらいたいの。この部屋で」


両手を胸の前で組み、レイラはお願いのポーズを取った。

美人にこれをされたら、大概の男性は二つ返事で了解をしてしまうだろう。


カレンは悩んだ。汚い部屋は気になるが、かと言って自分を嫌っているテオドールの部屋の整理をするなど……


「別に困ってない。必要ないよ」


そこへむすっとした様子でテオドールが言った。

汚部屋といいこの態度といい、本当にこの男は優秀なんだろうかと疑問に思う。


「テオ、そんなこと言わないの!書類失くしたこともあるでしょう?」

「そっ……それは」

「ほら、やっぱりこの部屋の大改革は必要だわ」

「必要ないって!書類くらい、失くしたらまた作らせればいいんだし!」


その言葉に、カレンの耳がぴくりと動いた。


「なん、ですって」

「……カ、カレン?」


にこやかだったレイラの顔が強張った。


「今何て言った?書類なんて作らせればいい?――ふざけるんじゃないわよ!人々がどれだけ一生懸命書類作っているのかわかってるの?インクが滲めば書き直し、文字間違えても書き直し、上司に見せて修正されればまた書き直し!そうやって内容吟味、加筆修正清書された上でようやく上がっているのが決裁、報告書であり、貴方があっさり失くしている書類なのよ!!人の努力無駄にするな――!!」

「ひい」

「それに何だこの机。よく見れば机の上まで滅茶苦茶じゃない!貴方、書類の上で書類書いてるでしょ!しかも国際情勢報告書の上にメイド服の新規購入の決裁書なんて、明らかに別々の仕事を同時にやろうとしているのがバレバレ!机の乱れは脳内の乱れよ!清めなさ―い!」


びしいっと指を突きつけ一気に言ってから気付いてみると、目の前で天使が顔を青ざめさせていた。上品な公爵子息にはカレンの鬼のような怒りっぶりは刺激が強すぎたようだ。


しまった、やりすぎた。


今度はカレンが青ざめた。


つい仕事モードが発動してしまい、令嬢の仮面が完全に剥がれてしまった。必死になると気を付けていたこともすぐ忘れてしまう自分の迂闊さを猛省する。


と、横からぱちぱちと弾むような拍手が聞こえた。ぎぎぎっと油が足りない関節を動かして首を向けると、レイラが満面の笑顔で手を叩いている。


「カレン、やっぱり素敵!じゃあこの部屋の事は頼むわね!あっ、ちゃんと出入りの許可は貰っておくから、ねっ、テオ?」

「……部外者の出入りなんて、そんな長く認められないよ」

「じゃあ何日なら大丈夫そう?テオなら目安くらいつくでしょう?」

「……三日なら……」

「じゃ、三日間ね!決まり」


茫然自失の様子でとつとつと答えるテオドールに、姉は遠慮なく決定事項を固めていく。


「あっ、完璧じゃなくてもいいのよカレン。できる限りで!三日終わったら、お礼に我が家で食事をご馳走するわ!」

「……ええ、ありがとう」


もう抵抗する気も起きず、カレンはこっくりと頷いた。

すべてレイラの言う通りに決まってしまったが、もうどうでもいいやと思う。

相手は公爵子息テオドールだ。好感度なんて今更上げようがないから、関わるなら徹底的に関わって、徹底的にぶつかって嫌われてしまえばいい。


「じゃ、よろしくね」


カレンの手を握り、にこにこ笑う親友に、カレンは大きくため息を吐いた。





「――で、どうすんのさ」


最悪に不機嫌そうな黒天使が、長い脚を組んでソファにふんぞり返っていた。

顔は最高に綺麗なのに、眉間の皺とキツく細められた目が残念すぎる。


「どうもこうも、やるしかないわよ。やりますよ」


この部屋で二度目となるため息をついて、カレンは言った。


現在「汚部屋解消☆大改革会」(レイラ命名)の打ち合わせ――と称した睨み合いの最中である。

ちなみにレイラは、カレンが承諾した後にさっさと帰って行った。「夫が待ってるから」と笑顔で去って行った親友が、今はちょっと憎い。


「言っておくけど、掃除中だってボクは仕事してるんだからね、邪魔だけはしないでよ」

「分かってるわよ」

「それに、姉さんの言うこと真に受けないでね。やるなら完璧にやってよ。中途半端はキライなんだ」


どの口が言うか。


カレンの頬がぴくりと動く。


「ああそうなのね、ということはテオドール様の完璧主義が極まった結果がこの完璧な汚部屋という訳ね。ほほほ、さすがですこと」

「なんだって?」

「なによ」


身を乗り出して睨み合う。睨み過ぎて、ごちんと額がぶつかるが、お互いに引かない。


「三日間、死ぬ気でやんなよ」

「そっちこそ、ほえ面かかないでよね」

「はん、誰が」

「貴方がよ、テ汚ドール様」

「今侮辱したろ!」

「ほほほ、気のせいではなくて?」


ぎりぎりぎり、と額同士がおかしな音を立てた。

どちらも力を緩めず、下手をすればこのまま硬直状態が相当続くのではないかと思われた。


「カレ―――ン!!」


そこに、沈黙を破る様に、ばあーん!と盛大な音を立て、扉が開いたのであった。

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