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002.運命を知ってしまった

「カレン・クォルツハイム侯爵令嬢。私と一曲踊っていただけませんか」


 優雅に手を差し出し膝を折る男性に、困った人だわと苦笑した。


「もう、お兄様、恥ずかしいからやめて」


 妹の言葉に、青年は顔を上げ笑みを浮かべる。

 エルヴィン・クォルツハイム。

 カレンの兄でクォルツハイム侯爵家の長男は、亜麻色の髪を掻き上げ、翡翠の瞳に悪戯気味の色を浮かべてひょいと肩を竦めた。


「だってカレンが夜会に出るのは久々だし、兄としては最初の曲を踊るのは譲れないからね。もちろん次の曲も、その次の曲も譲らないけど」

「またそんなこと言って。お兄様もめったに夜会に出ないのだから他の方ともご一緒しないと……。今もあちこちから視線を感じるわ」

「興味ないね」


 事もなげに言ってのけた兄に、今度はカレンが肩を竦めた。

 クォルツハイム侯爵家の次期当主に女性が群がるのは、まあ当然だろう。しかも端整で知的な顔立ち、社交性も高く政治手腕も評価されている将来有望な兄をご令嬢方や、あわよくば娘の嫁にと考える貴族達が狙うのも仕方がない話。

 ただ困ったことにこの兄は、たった一人の妹を溺愛し、二十八歳になった今も他の女性には見向きもしない。

 まあ要は極度のシスコンなのである。


 「妹をまだ一人にはできませんので」が彼の常套の断り文句。 


 別に天涯孤独ってわけでもないのに。お父様もお母様も元気に生きてるし。

 ちなみにカレンは兄のもう一つの断り文句も知っている。「妹より大切にしたいと思う女性がいませんので」。これを聞いたときは兄の正気を疑った。


 そろそろ結婚相手を探して貰わないと私の肩身が狭くなるんだけどねえ。


 が、エルヴィンに焦る様子はない。


 ほんと、モテる男は余裕で羨ましいわぁ。


 カレンは頬に手を当て、ガラスに映る自分の姿に目をやった。


 兄より濃い亜麻色の髪に、翡翠の瞳。兄と同じ色を持ちながらも顔立ちは……残念ながら印象に残らないほど薄い。

 造形は整っているはずなのにあまりにも特徴がないのだ。せめて兄の一割でもオーラがあればよかったのに、と肩を落とす。


「カレン?踊ってくれないの?」


 心配そうに顔を覗き込むエルヴィンに慌てて、もちろん喜んで、と答えた。

 顔立ちの差で悩んでるなんて言ったら「カレンを悩ませる私のこの顔に火傷でも!」と熱湯を被り出してもおかしくない。それはまずい。


 差し出されたままの手に、カレンはシルクの手袋をつけた手を乗せた。

 ほっとしたようにエルヴィンはダンススペースにエスコートする。


 めったに社交の場に出ないクォルツハイム兄妹に気づいた人々が、彼らの周囲にスペースを開けた。


 二人はワルツに合わせて踊りだす。

 ダンスは久し振りだったけど、幼い頃からの練習で動きが身体に染みついていたみたいで安心した。


 兄の巧みなエスコートに乗りながら、カレンは周りに視線を巡らせる。


 今回の夜会は王宮主催のものである。

 今年の社交シーズンのスタートを飾る会だけに規模も大きく、滅多に出席しない王族や貴族も顔を出していた。


 豪奢な装飾ときらびやかなシャンデリアが彩るホールには、貴重な機会を逃すまいとあちらこちらで人だかりができている。

 その中でもカレンが特に注目するのは数名。


 会場の奥、一段高い場にはこの国の王太子。


 横には王太子の乳兄弟である近衛騎士の流れるような銀髪が見える。


 そこから少し離れた場には、金髪のゆるふわの髪。公爵家令息で、王太子の側近。


 そして今は見えないが、赤毛の伯爵家子息もどこかにいるはずである。


 どの男性も見目麗しい貴公子ばかりで、何の関係もなければぎりぎりの距離まで近づき観賞したいところだが、そうも言ってられなかった。


 ――私は、この男性たちから命がけで距離を取らねばならない……!


 思わず兄に添えた手に力が入った。


「どうした?もう疲れた?」


 エルヴィンの端整な顔がカレンを見下ろした。


「いいえ大丈夫。久し振りでちょっと緊張してしまったの」

「そう?疲れたら我慢せず言うんだよ」


 優しい笑みが眩しい。自分にない輝きに、カレンは兄に気づかれないようにそっとため息を吐いた。


 自分の顔立ちに特徴がないのは仕方ないのよね。

 ――だってモブキャラなんだもん。


 ここは前世にあった乙女ゲームの世界。


 そしてカレンはそのゲームで「ヒロインの親友」という名のモブキャラだった。



 ◇◇



 カレンには、生まれたときから前世の記憶があった。


 それを他人に告白することが愚かなことだと分かっていたから、ばれないよう子供らしく振る舞った。


 元がアラフォーだっただけに完全に子供っぽく振る舞えたかはちょっと自信がない。まあ精々ちょっとませたガキんちょ、くらいには思われていたかも。


 そうやって頑張ったのは、前世で苦労した分今世の立場を捨てたいと思わなかったからだ。

 だって生まれたのは侯爵家だ。爵位で言えばこの国で二番目!

 この恵まれた立場が分かったときは超ラッキー!と小躍りしてしまった。乳母におかしな目で見られたのは忘れたい。


 家族は子煩悩な両親と、妹大好きで優しいきょうだい。天使のようだと甘やかされて最高に幸せだった。

 とても優しくて怠惰な生活。


 そんなカレンに衝撃的な出会いがあったのは、今世での生活が六年を過ぎたころ。


 王宮に、王族と上級貴族の子供たちが顔合わせと称して集められた場でのことだった。


 王太子となることが予定されていた第一王子と、年の近い令息令嬢を交流させ将来の人脈に繋げるべく設けられた場だったが、そこで数人の男児を見てカレンは一気に思い出した。


 ――ここ、乙女ゲームの世界だ……!


 リアルに顎が外れそうになったのは、ホントにあれが初めてだった。


 成人向け乙女ゲーム「悪魔の遊宴~生命いのちの狭間の恍惚~」略して「悪遊あくゆう」。

 市井で生まれた貴族の落胤であるヒロインが、華々しく社交界デビューし、その中で見目麗しい王族良家の男性たちを攻略するという王道もの。


 攻略キャラは、王太子、近衛騎士、公爵令息、伯爵令息。

 順番に、俺様ドS、ヤンデレ(独占型)、ヤンデレ(監禁型)、年下クーデレという設定。

 なかなか粒ぞろいである。


 この「悪遊」は、前世で妹が嵌まっていたゲームだった。

 ゲームには一切興味がなかったが、見事なイラストと、個人的に好きだった作家のシナリオに興味を惹かれ、プレイする妹の横で時々見学をしていた。


 だが、作家がホラー傾向のある恋愛小説を得意とするのがいけなかったのかもしれない。このゲーム、残虐度合いが乙女ゲームの範囲を余裕で越えていた。


 死ぬ。とにかく人が死ぬ。

 街中で、城の中で、家の中で普通にばりばり命を狙われる。方法も不意打ちの刺殺、毒殺、誘拐殺人、放火殺人、強姦死、拷問死などバラエティ豊かだ。

 タイトルに「悪魔」とあるのは伊達じゃなかった。


 各種事件は、うまく行けば攻略キャラによって華麗に解決される。巻き込まれたヒロインは助けに来たキャラと吊り橋効果でラブラブになれるという寸法だ。

 それを重ねれば甘々ハッピーエンドもあるのだが、いかんせん道のりが険しすぎた。


 お陰でまあ、前世では妹に散々愚痴られた。仕事で死ぬほど疲れていた時に長々とゲーム説明と自分の(正確にはヒロインの)不幸を嘆かれたときは本気で床に沈みそうだったが、お蔭でゲームにはとても詳しくなった。


 それで、だ。


 モブキャラの自分ではあるが、ひゃっほいゲームの世界を安全圏から観賞だーと楽観的にはなれない。


 自分の正確な立ち位置は、十八歳で社交界デビューするヒロインの同年齢の親友。お忍びで街に出ていたカレンが平民として暮らすヒロインと偶然出会い、身分を超えた友人となるのである。貴族として生きることになった後もヒロインを精神的に支える役どころなのだ。ゲーム内での出番は少ないけど。


 そして。


 カレンは王太子ルートと騎士ルート、公爵家令息ルートで恋愛抗争に巻き込まれて死んでしまう。そりゃもうあっさり殺される。


 おふざけにならないでほしい。


 他人に巻き込まれて死ぬなんてまっぴらだ!


 今の幸せな生活をエンジョイして、そして幸せになるつもりだったのだ。

 侯爵令嬢として何不自由ない人生が送れるはずなのに、会ったこともないヒロイン一人のせいで死ぬなんてとんでもない。


 ついでに言うと、他人の恋路を応援する気なんて起きるはずがなかった。自慢じゃないが前世じゃ万年枯れ女だったんだ。心の底からめんどくさい。


 そんな経緯から考えた人生計画は2つ。


一、ゲームキャラと接点を持たないこと。

二、死なないように鍛えること


 一、については子供時代の交流会以降、徹底的に交流を避けた。さっさと「病弱」になり、社交界にも出ず籠りきりだったことでカレンの存在はすっかり彼らの中から消えたことだろう。

 自分の病弱演技はなかなかだったと自画自賛をしたい。


 二、については努力を重ねた。細かい経緯は省くが、身を護るために武術を学び、生き抜くためにあらゆる知識を得た。知識に至っては一般的な令嬢が学ぶ内容に加え貪欲に吸収した。政治、経済、商業、農業、医学、薬草学、多国言語、家事全般にガーデニング、占い。後半は趣味である。

 侯爵家という家柄から良質な教師を招くのには苦労しなかったし、前世で四十年近く生きた経験が土台にあったから吸収も早く、お陰で一部の分野では早々に大人と渡り合えるようになっていた。


 こうして順調に計画を立て、転生ライフをエンジョイしようとしたのだが。


 当時、カレンはひとつだけ大きなミスをしていたことを引きずっていた。


『おともだちになってくださいね』


 顔合わせの場でそう言って手を差し出してきた少女――ゲームの悪役、レイラ・カルフォーネ公爵令嬢と知り合ってしまったことである。

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