021.助けを求められても
「先にテオの様子を見てくるから、ここで待っていてくれる?」
こう言ってレイラが去ってしまったため、カレンは今、王宮の庭園のベンチでひとり日向ぼっこをしていた。
お茶会終了後に即帰宅作戦は、椅子から立ち上がったとたん、隣のレイラにやんわり手を握られたことであっさり終了。
「この後テオに会いに行くの。カレンにお願いしたいことがあるからぜひ付き合って」と言われ、付き合う羽目になっていた。
カレンも流されるような人間ではない。
断った。三度は断ったのだ。
なのに今日のレイラは何となく怖く、そして強引で、最終的にはカレンは折れてしまい、こうしてここにいる。
もしかして彼女は、お茶会でのヒロインとのやりとりで、ストレスが溜まったのかもしれない。
いつもおっとりな親友だったのに、先程のレイラは本来の悪役令嬢を地で行きそうな空気をじわりと出していた。
「あのまま、レイラが悪役令嬢をやればいいのよ。そしたら私がこんなに苦労しなくてもいいんだから」
思わず愚痴が出てしまった。
ただ、カレンにも少し気になることもあったので、薔薇園観察も決して無駄ではない。王太子にさえ会わないよう気をつければ問題ないだろう、とカレンは庭園を眺めた。
庭園には、薔薇の植え込みや生垣が赤やピンク、黄色の花弁を抱え込んで花開いていた。
円形に形作られた小道と、その中心円から放射線状に延びた小道が交わり、その脇を花々が飾っている。また、ところどころに設置されている白い石柱には、絡んだ蔦が青空に向かって美しく伸びていた。
庭園内には、散策する人々や、仕事中と思われる使用人、そしてゆっくりと歩く警備中の騎士など、人影も見える。
大変のどかな光景であった。
置いていかれた時は、空き部屋ではなく、どうして外で待たないといけないのかと思ったが、こんな時間も悪くはない。
ゲームのことなんか忘れて、ここでのんびりしたいな……
カレンが呆けていると、庭園を歩く中に見知った人物がいるのに気付いた。
高めの生垣にも隠れることない上背に、ひとまとめにした銀の長髪、紫の瞳を持つ青年。
近衛騎士のマリグであった。
青地に金糸で刺繍された近衛騎士の制服をぴしりと身に着け、こちらに背を向けて立っている。
歩哨中だろうかと思ったが、何か様子がおかしい。カレンから見て、マリグは腕だけが薔薇の生垣に隠れているが、その腕に誰かが掴まっているようだった。
「あれは……シェリル様?」
ヒロインはマリグの腕に自分の腕を絡め、ピンクベーシュの髪を揺らして何か一生懸命に話しかけている。
そのうち、マリグとシェリルは徐々にこちらに近づいてきた。まだ多少距離があるため内容は聞こえないが、表情からマリグがとても困っているように見える。
じんわりと無表情になったカレンは、よいしょ、とわざとらしく言ってベンチから立ち上がった。
「あ、カレン嬢!」
背を向けたタイミングで、後ろから縋るようなマリグの声が聞こえる。
攻略キャラ、近づかない、これ鉄則。
何度目とも分からない誓いを呟き、無情にもマリグを見捨てる選択をとった。
マリグとは人さらいの一件で予想外に接点を持ってしまったが、カレンがあの事件に関わったという事実自体ないことになっているので、他人の振りをしても罪ではない。多分。
そもそもシェリルとも親しい訳でないので、ここで彼に頼られても困るのだ。
完全に気づかない振りを決め込み、ドレスのスカートを持ち上げて王宮に向かって歩き出した。
ぱきり。
が、二歩目でカレンの足元に違和感と音が伝わる。
「……ん?」
そう小さな物を踏んだようでもない。美しく整えられた庭園に似つかわしくない感覚に、思わず足がとまった。
そろっと足を退け、一歩下がると、ドレスの下から芝生に埋もれている物が見えた。
「……髪飾り?」
安物でない輝きに放置もできず、カレンはとりあえずそれを拾い上げた。
銀製と思われるその装飾品には、花や鳥を象った繊細な細工に宝石が散りばめてあり、一目見て高級なものだと知れた。
カレンは慌ててひっくり返し、全体を確認した。
踏んでしまって音がしたが、どうやら壊れてもおらず傷もついていないようでほっとする。
「あっ……!?」
後ろからシェリルの声が聞こえた。
しまった彼女たちが居るのを忘れていた、と振り返ると、声を上げた少女は目と口を大きく開けてカレンの手元を見つめている。
カレンは首を傾げた。シェリルの顔が戸惑いを含んだ驚きに満ちていたからだ。
「これが、何か?」
話しかけるか少し悩んだが、カレンは尋ねた。
無視するにはあまりにも彼女の意識が自分の手元に集中しているのと、カレンの好奇心がうずいたからである。
「……それ、私のです。失くしてしまって、探していましたの」
責めるようでなく、迷ったような口調のシェリル。
「見つかってよかったではないですか、シェリル嬢」
どうやらマリグは、シェリルが髪飾りを失くしたことを知っていた様子である。
同時に彼は、自分の腕をさり気なくシェリルから離そうとしていたが、シェリルががしりと彼の腕を掴み直してしまったことで失敗していた。
腕を掴む力と一緒に、シェリルの顔に力が入る。
「カレン……様、ええと、レイラ様は?」
「え?レイラ様は、今用事で別の場所に行っておりますわ」
「……そうですか」
「何か?」
シェリルはほんの僅かに視線を彷徨わせ、そして決意したかのようにキッとカレンを見つめた。
「そっ、その髪飾り、我がサーミュラー家の女性に代々伝わるものですの。お茶会の部屋から出た後に失くしたことに気づいたのですが、もしかして、カレン様がずっと持っていらっしゃいましたの?」
「シェリル嬢、言い方が」
マリグが窘めるように言ったが、それも仕方ないことだった。伯爵家の娘である彼女が、侯爵家のカレンにいきなり「盗んだのではないか」と疑うような発言をしたからだ。
ここで返答の仕方を間違えると、変にこじれるため、カレンはなるべく落ち着き、静かに返した。
「申し訳ありませんが、持ってきた覚えはありませんわ。今ここで初めて見つけたものですの」
「でも……!」
「シェリル嬢。俺から見ても、カレン嬢はたった今ここでそれを見つけた様子でした。茶会の部屋で失くしたというのも、もしかして貴女の勘違いかもしれませんよ?」
カレンの回答に言い返そうとしたシェリルをマリグが止めた。
「そ、そんなことはないわ!カレン様が……」
「シェリル嬢」
マリグは少し強めに言葉を被せ、シェリルがそれ以上何かを言おうとしたのを封じた。
シェリルの大声に、庭園を散策していた人々がこちらに注目し始める。
あまり騒ぎになると、家同士の話にも発展し面倒なことになり得るため、マリグの行動は、カレンを守ると同時にシェリルも守っていた。
しかし、マリグの腕に絡みついたままのシェリルは、それが分かっているのかいないのか、カレンから視線を外さない。
薔薇が咲き誇る庭園の隅で、マリグとシェリルに向かい合ったカレンは戸惑った。
『市井産まれの女が貴族家の装飾品を着けるなんて、身の程知らずですこと!』
『返してください……!それはサーミュラー家の大切な……!』
突然頭に浮かんだセリフに、カレンは目をしばたたかせた。
え?……あれ、これってもしかしてゲームイベント?




