020.お茶会と天使
前の回に、登場人物紹介(ニ章開始時点)を載せています。
お茶会とは、もっと楽しいものであって欲しいわー。
高そうなカップに口をつけ、カレンは思う。
美味しい紅茶に、見た目も華やかなお菓子たち。
これらを目の前にして、どうして更に人間関係や会話に気を使わなければいけないのだろう。
陽が降り注ぐ明るい部屋に、十二名の妙齢の女性たち。カレンはその中に混ざっていた。
そして、上座となる一番窓際の席には、この国の王妃と、王太子ルドルフが座っている。
本日は王宮にて、王太子妃候補となる女性たちが集まってのお茶会の日だった。
滅多にないことに、王太子も出席、という情報があったせいか、女性たちの装いへの気合の入り方が尋常ではない。
カレンは部屋の中ほど、王妃から近くも遠くもない場所に席があった。
身体が弱いことになっているため候補としては末席であるが、侯爵令嬢という立場でこの位置になったのだろうと推測される。
それはいい。
しかしなぜ同じテーブルに、レイラとヒロイン――シェリル・サーミュラー伯爵令嬢がいるのか。
「どうして既婚の貴女までいらっしゃるの?レイラ・モートレイ子爵夫人?」
「もちろん、身体の弱い親友、カレン・クォルツハイム侯爵令嬢の付き添いですわ。王妃様から直接の招待状が届きましたのよ?ああでも、貴女の立場ではそのようなこと知り様もありませんわね?」
シェリルの言葉に、ほほ、と元悪役令嬢のレイラが返して笑う。目は笑ってないけれど。
以前の夜会での初対面以来、どうもこの二人の仲は険悪だ。
どうしてこの組み合わせになったのだろうと、三人掛けの丸テーブルで火花を散らす二人の間に座ってカレンの視線は宙をさまよった。
王妃に背を向けて座らぬよう、正面、つまりカレンの向い側のスペースを敢えて開けてある。お蔭でカレンの両隣りに着席したレイラとシェリルが隣同士で喧嘩をすることもなくなってありがたい。
まあ、正面切ってやりあうことには変わりないけれど。
カレンはヒロインに関わらないよう、視線を下に落としたまま黙々と紅茶を飲んだ。
こんなとき人見知り設定は大変役に立つ。
紅茶を飲み過ぎたので、何か食べたいなとカレンは目の前のスコーンに手を出した。
添えられていた赤いジャムが気になり、それを取ってスコーンに乗せ、ひとくち齧る。
「……!これ……」
「カレン、どうしたの?」
素に戻って目を大きくするカレンに気づき、レイラが声を掛けてきた。
慌てて何でもないの、と答えようとしたとき、カレンたち三人のテーブルの前に人が立った。
「三人とも、楽しんでいて?」
鮮やかな金髪碧眼の美女が、華やかな笑顔でカレンたちを見下ろしていた。
「王妃様――はい、お蔭さまで」
カレンたちが立って挨拶をしようとするが、王妃は扇でそれを制し、そのまま正面の空いた席に座った。
どうやら順番に席を回って話をしているらしい。ホストのもてなしの一環ではあるが、王族がそれを自らするのは珍しかった。
それだけ、期間が残り一年となった王太子妃決定に力が入っているということだろうか。
そして加えて後ろからもう一人、優雅にこちらの席に歩み寄ってくる青年。
「王太子殿下……」
小さくシェリルが呟いた。
目が爛々と輝いている。怖い。
「三人にお会いするのは、夜会以来だな」
相変わらず、よく響く低い声で金髪碧眼の美貌が言った。
王太子ルドルフとは、今日までに別に二度会っているが(一度は強引に約束を取り付けられて)当然それを出すこともなく、白々しく挨拶を返しておく。
お忍び時の平民風の装いとは一転、今日の彼は白地に彼の色と同じ金と青で刺繍がされたジュストコールと、同色のズボンを身につけていた。水色のスカーフを緩く締め、金の装飾が付いた剣を腰にしている姿はまごうことなき王子様で、令嬢の熱い視線を一身に浴びている。
その熱い視線を何事もないかのように受けているのは、やはり慣れているからなのだろう。
そうしてカレンはふと、先日ルドルフに抱きしめられたり口付けられそうになったりしたのを思い出す。そして僅かに動揺している自分に気づき、心の中で己を厳しく叱責した。
あの時は逃げることしか考えなかったが、正直、時間を置くごとにじわじわ羞恥が湧いてきていたのは事実である。それに、流れとは言え一時背中合わせで剣を振るっていたあの時のルドルフと、この場での彼の王子っぷりにギャップを感じて戸惑いも感じていたのだ。
……が、よく考えてみると、精神年齢だけならアラフィフな自分が乙女の様に赤くなっている現実は馬鹿馬鹿しい。
そう思えばすぐに冷静になれた。
「その節は警備の不備により不審者を中に入れてしまうことになった。失礼した」
ルドルフが、王妃の横に立ったまま神妙な顔つきをしていた。
王妃と王太子が並んでいるのをじっくり見るのは初めてだったが、口元がよく似ていると思う。
「ルドルフも心配していたのよ。か弱い令嬢たちが襲撃にあって怯えていないかと……」
王妃が眉を下げ、申し訳なさそうな顔をする。
なるほど、カレンたちがこの席に固められたのは、ゲーム開始となった夜会で襲撃に巻き込まれた謝罪のためだったようである。
ルドルフは、近衛騎士を率い、王宮警備の総責任者でもあった立場として謝罪に来たというところであろうか。カレンとしては屁でもない出来事であったが、生粋のお嬢様であるレイラには相当恐ろしい出来事だったろうから、王太子自ら謝罪をしたということ自体には好感が持てる。
現実的には国のトップのうちの二人から謝罪されるということは、大変恐れ多いことではあったけど。
と、そこに食い気味にシェリルが答えた。
「いいえ、殿下は私を守ってくださいました。怖くなんてありませんでしたわ」
私の、と言ってのけたシェリルにカレンは若干固まった。隣をちらりと見ると、レイラの顔も僅かにひきつっている。
王妃がそんなシェリルを見て、扇の下でほほほと笑う。
「サーミュラー伯爵令嬢は元気ね。貴女のような方がいればこの国も明るくなるでしょう」
「はい、王家も明るくなりますわ!」
おいヒロイン、肉食すぎるぞ。
駆け引きもへったくれもない、直接的なアピールにカレンは今度こそ引いた。
なんとなくシェリルに、攻略下手……というか対人関係下手という空気を感じて不安になった。
ゲームならよいが、現実で自分より位の高い人物相手にこの調子では相手の気分を害してしまう。王族相手であれば不敬と取られることもあるのに。
王妃も王太子もにこやかに微笑んでいることもあって、シェリルは何も気づいていない様子なのがまた不安を煽ってくれる。
ここは何かフォローをした方がいいのだろうか。
「あら、テオドールだわ」
ふとレイラが扉を見て、小さく声を上げた。
同時に周りの令嬢からざわめきが起こる。
扉を開けて、そこに金髪の天使が現れた。
テオドール・カルフォーネ。
カルフォーネ公爵家令息で、レイラの実弟。
そして、ゲームの攻略対象の一人でもあった。
ゆるい癖のある金髪に、ルビーような赤い瞳、そして中性的な美しい容貌で年上女性の人気が絶大の次期公爵。
貴族院議長を父に持ち、自身も幼い頃から王宮に出入りし、準成人となった十六歳から正式に王太子側近として仕えていた。将来有望な人物である。
王太子ルドルフが「金色の貴公子」、近衛騎士マリグが「月光の騎士」と言われるに並び、テオドールは「紅玉の天使」と呼ばれ、他の二人と共に貴族庶民から絶大な人気を得ている。
そして、まだ十八歳ということもあり、細身の体格がまたその天使振りに拍車をかけていた。
その天使は、令嬢の座るテーブルの間を流れるように歩き、こちらに向かってきた。
「王妃様、王太子殿下、会の途中に失礼します」
近くまで来ると、テオドールはスマートな所作で一礼し国のトップを飾る二人に話しかけた。
とっくに声変わりは済ませているのに、王太子に比べるとその声は高く、ご婦人方から可愛らしいと言われても確かに仕方ないと思わせた。
王妃はひらひらと扇を振り、朗らかに返事をする。
「構わないわ、テオドール。何かあったの?」
「はい、王妃様には大変申し訳ございませんが、王太子殿下にお越しいただきたく」
「あら、急ぐこと?」
「はい、火急に決裁いただきたい案件がございます」
王妃は自分の息子を見た。
ルドルフは即座に頷く。
「構わん。行こう」
「ありがとうございます」
「ではご令嬢方、私はこれで失礼する。中座となり申し訳ないが、この後も楽しんでいただきたい」
ルドルフがそう言うと、お茶会に参加する令嬢たちからは残念そうな声が上がったが、それでも見送る様に皆小さく頭を下げた。
カレンはほっとした。
これ以上ルドルフやテオドールなどの攻略キャラとの接点を持ちたくないので、彼らが自分で退場してくれるなら喜んで見送りたい。
テオドールが一歩譲り、その前をルドルフが歩き出した。
シェリルの椅子の後ろを抜け、そしてカレンの横を通る……そのとき、王太子の視線がカレンのそれと重なった。
ルドルフの目が僅かに微笑むように細まる。そして、口が小さくすばやく動いた。
あ・と・で
カレンの目には、間違いなく彼がそう言ったように見えた。
「……!」
嫌だ……!!
カレンの顔は盛大に引きつった。
攻略キャラとは接点回避。ゲームを乗り越えるため、それが今のカレンの最大の行動目標だ。どうしてこの王太子はそれを悉くぶち壊してくれるんだろう。
そもそも彼は自分に用事なんて無いはずだ。用事など全く思い当たらず、嫌がらせだとしか考えられなかった。そういえば先程の笑みも、にやりと効果音がつきそうな嫌味なものであったではないか。
よし、逃げよう。
結論は一択だった。
もはやカレンの頭に、先程まで彼との抱擁を思い出して照れていた過去はきれいに消えていた。
その後は、茶会終了のあとにどうやって速やかに逃げるかの算段ばかりに気を取られ、当然、王妃やシェリルとの会話など何一つ頭に入ってこなかったカレンであった。




