015.小さな再会
迎春。
今年もよろしくお付き合いくださいませ。
ぺこりm(_ _)m
「君は、確か――」
カレンの目の前で泣いている少年。
そのくりくりとした茶色の目に覚えがあった。
「ええと、もしかして、この前街でゴロツキにからまれてた子?」
こくりと茶髪の頭が前に倒れる。
前回街に出たとき、ゴロツキに剣で切られそうになったところをカレンがこっそり助けた少年であった。
だが、なぜこんな少年が、一人で港近くの倉庫ばかりの場所にいるのだろうか。
少年は地面にぺたりと座ったままだったので、脇を持って立ち上がらせる。
しゃがんだままのカレンよりも少し背が高いだけの少年は、涙に濡れた目をごしごし擦ってから、カレンの手をぎゅっと握った。
そして俯いたまま、ぼそぼそとしゃべる。
「ぼく、どこか知ってる」
「ん?」
「さらわれた人たちがどこにいるか知ってるの」
「!」
小さな手を握り返す。
「場所、教えてくれるの?」
「うん」
声は弱々しいが、カレンを見る目には決意が宿っていた。
「じゃあ、そこへ連れ」
「待て」
立ち上がったカレンをルドルフが止めた。
「何?もしかしてこの子を疑ってるの?」
「まあ端的に言うと、その通りだ。カレンと縁があった子供がここに出てきて、私たちが望む場所に誘導してくれるなど、出来すぎて疑いたくもなる。――お前の主人は誰だ?」
フードの下に見える切れ長の青い目がさらに鋭くなり、少年を刺す。
少年がびくりと肩を震わせて、カレンの後ろに隠れた。
「はい、ルドルフ、ストップ」
「邪魔をするな。これが何かの誘いだったら、自ら罠に飛び込むようなものだぞ」
「いいんじゃない?」
「なんだと?」
ルドルフの眉が跳ねた。
カレンは少年の頭をぽんぽんと優しく叩き、安心させるようにして、ルドルフに向き直る。
「罠、大いに結構どんとこい、よ。どちらにしても情報が少ないんだから、罠でも、そこに行けば何か分かるかもしれない」
「危険だ。マリグの話を聞いていたのか?さらわれた人数から見ても、相手がひとつの組織だとしたらかなり大所帯だぞ」
「勿論、考えなしという訳ではないわよ。そもそも、私たちを罠にはめる理由は何?たまたま今日動き出しただけの三人相手に、大きな罠を用意周到に準備してるとも思えないし」
「それも一理ある。が、自分の安全は二の次のような意見だ」
「何とでも。私、この子を信じようと思うの」
「……子供に甘いな」
マリグの呆れた声音をスルーする。
だってこんな小さい子が、自分の目を真っ直ぐに見て「案内する」と言ったのだ。きっと嘘なんてついていない、と思った。
「何とでも言って。私はこの子と行くわ。お二人はお好きにどうぞ」
「……一緒に行くと言ったのは私だ。撤回はせん」
腰に手を当て、ため息とともにルドルフが言った。同行を了承したという意味だろう。
マリグはルドルフの護衛なので、彼と行動を共にする前提らしく何も言わずに頷く。
そこに「え、えっと」とカレンの下から可愛い声がした。少年が一生懸命にルドルフに話しかけようとしている。
「ご、ご主人の、なまえ、知らない。でも、人をさらってる……」
決着はついているのだが、自分のせいでルドルフとカレンが険悪な雰囲気になったことを気にしたようだ。カレンのスカートをぎゅっと握って、必死に言葉を紡ぐ。
もういいと止めようとするカレンを制して、ルドルフが少年の前にしゃがんだ。
「主人は人さらいの主犯か?では、お前はなぜここに来た?」
「助けてくれた、おねえちゃん、みつけたから。お礼、いいたくて」
「ほう、律儀なことだな」
「りち、ぎ?」
「恩を忘れない、感心な人間だということだ。ところで、さらわれた人々がいる場所を我々に教えて、お前は大丈夫なのか」
「……だいじょうぶ、か、わからない」
ルドルフは、意外にも少年を案じるような言葉を口にした。
少年は怯えたように身を小さくする。
「ぼく、たたかれる、いつも。でも、さらわれた人、いっぱい泣いてる。辛そう。見るの、いや」
「……」
「おねえちゃん、ぼくを助けてくれた。泣いてる人も、助けてくれると、おもって……」
お礼を言おうと追いかけてきて、カレンたちが人さらいを探しているのを聞いたのだろう。
日常的に暴力を受けている少年が、勇気を出して他人の助けを求めてきたのだ。
そうか、とルドルフは小さく言った。
「お前は、勇気があるな」
ぽん、とルドルフが少年の頭に手を置く。打って変わって、優しい視線を少年に向けていた。
「少なくともお前の言葉は信じよう。まあ、行ってみれば分かるだろう」
案内しろ、と立ち上がったルドルフが言うと、少年は頷いてカレンから離れ、先導し始めた。
後ろからマリグと二人で着いていく。
マリグが小さく笑った気配がした。
「結局甘いですよね、ルドルフは」
「何のことだ」
隣を歩くマリグを睨むと、彼は肩を竦め、フードを深く被り直した。
前では、先導する少年にカレンが並び、手を繋いで話しかけていた。
「ねえ、あなた名前は?」
「ぼく、ルドルフ!」
「!?」
目をむいたのは、王太子ルドルフ。それに気づいたのは隣のマリグだけだった。
「別に珍しくもないでしょう。この国で王太子殿下と同じ名前の男児など山ほどいます」
「いや、それはそうだが」
乳兄弟の冷静な解説に、やや戸惑いを見せるルドルフ(大)。
「じゃあ、ルディね!私はカレンよ。よろしくルディ」
「うんっ」
後ろの男二人を無視して、カレンとルドルフ(小)は愛称呼びで親交を深めあっている。
さっき接点を持ったばかりの男(子供)をカレンが早くも愛称で呼んでいる……ルドルフ(大)は、その光景をフードの奥から何ともいえない気持ちで眺めていた。
◇◇
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
ベラは、暗く湿った空間で後悔と恐怖に苛まされていた。
布一枚すら敷かれていない床に座り、石の壁に背を寄せて丸まっている。
灯りは、木の扉に取り付けられた小さなのぞき窓から見えるランプの光だけで日も当たらない。食事は四回運ばれてきたが、ここに入れられてからどれほど経ったのか、もう分からない。
同じ部屋には、ベラと同じように座り込む十人程の女性が居た。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
ベラは、何回目かも分からない問いをする。
あの日、母親に買い物を頼まれ、外へ出た。その途中、男性から道を尋ねられ、それが外城であったため城門まで案内をしたが、目的地まで案内を請われたため仕方なく城門を越えたのだ。
自分は外城にそれほど詳しくないと断ったが、どうしてもと言われて仕方なく了承した。それが悪かった。
全く見知らぬ場所に連れていかれ、そこからは記憶がない。
自分がさらわれたのだと理解したのは、この部屋で目覚め、他の女性から話を聞いてからのこと。
城門を越えるには手続きが必要だったが、その男性が全てしてくれた。そのせいで自分の足取りは途絶えているように見えるだろうことは、容易に想像できた。
もう、家族に会えないかもしれない。
ふと思ってしまって、くじけそうになる。でも、まだだ。まだ諦めたくない。
ベラは立ち上がって扉に近づいた。背伸びをして、のぞき窓から外を見る。
小さな通路を挟んだ向かいにも同じような扉がある。顔を窓に押し付け左右を見れば、いくつか扉があるようだった。
通路の奥に向かって声を出す。
「お願い、ここから出して」
返事はない。小さくすすり泣くような声が聞こえるだけ。扉の向こうにはまだ人がいるのだろう。
「誰かいませんか。お願い、私たちを帰して」
「無駄ですわ……」
か細い、若い女性の声がベラに答えた。姿は見えないが、どこかの部屋から聞こえてくるようだった。
「体力の無駄ですから、およしなさい。ここには食事の時以外、人は来ませんわ」
「……あなた、貴族?」
声は弱いが、その話し方に気品を感じ、ベラは思わず問いかけた。
僅かにためらうような間が空いた後、その声は肯定の返事を返す。
「ええ、そうですわ」
「あなたも、さらわれたの……?」
貴族とは護衛がついているものではないのだろうか。平民のように道案内で簡単に捕まるようなものではないと思っていたので、素直に驚く。
「……いいえ、さらわれたのではありませんわ」
「どうして?」
「……家を出ようと」
「え?」
「……家出を、しようと。そうしたら、ここに連れてこられてしまって」
言いにくそうに、途切れ途切れに小さく答える。
話を切ることもできたろうに、それをしなかったのは誰かと話をしていたかったのだろうか。
ベラも、不安で押しつぶされそうになるのが嫌で、誰かと会話を続けたいと思った。お貴族様と話をするなど普段なら怖気づくだろうが、今は夢中で問いかける。
「貴族って、恵まれてるんでしょう?なぜ家出なんてしたの」
「恵まれている……そうね、恵まれていたのでしょうね。今こうなってみるとそう思いますわ」
「じゃあなんで?」
「それでも嫌だったのです。政略結婚なんて、したくなかった」
「無理に結婚させられそうになったの?」
「……いいえ。……好きな方が、できたのです。一緒になろうと言ってくれて」
「いいことじゃない。……何かあったの?」
女性の声が小さく、泣き声のようになっていくのに心配になって声だけで追い掛ける。
「……一緒になろうと、家を出ようと言ってくれて。言われたとおりに着いてきたら、ここに」
最後にはくぐもった声になってしまう。泣かせてしまったようだ。
「嬉し、かったのに」
別のところからも泣き声が聞こえてきた。これも女性だ。
ベラは申し訳なくなって、ごめん。と謝った。答えは返ってこなかったが泣き声は少し小さくなった。
「私たち、どうなるんだろう」
「……ここの男たちが言うには、隣国に奴隷として売られると」
「奴隷……!」
「悪い子はグラムの奴隷にされるぞ」と、幼い頃親に脅された言葉を思い出し、背筋が冷えた。怖い。
外国に出されてしまったらもう家族にも会えない。
「さっき連れていかれた子たちも、外国に行ってしまったの?」
一回前の食事の直後、数人の少女が外に連れていかれた。順番に外国に連れ出されてしまうのだろうかと震えてしまう。
「……いいえ。グラム皇国には船でまとめて連れていかれるはずですわ」
「じゃあ、さっきの子たちは?」
「……分かりませんわ」
女性の声は固い。理由は分からないが、ベラには彼女がわざと答えないようにしているようにも感じた。
ベラが問いかけようとすると、通路の奥の方から足音と、続けてカギを開けるような音が聞こえてきた。
そして数人の男が通路に現れる。がちゃがちゃと音を立て、ベラのいる部屋の扉の前に立つ。ベラは扉から離れた。
閉ざされていた木の扉がゆっくりと開けられる。
暗い部屋に、久しぶりに光が入り込んできた。
そこに立っているのは、強面で粗野な男たち。
「出ろ」
ベラは、ごくりと唾を飲み込んだ。
◇◇
「ここ?」
こくりと小さなルドルフが頷く。
カレンたちは、小さなルドルフに案内され、ある古い屋敷にたどり着いた。
正門近くの物陰に隠れ、あたりを伺う。
カレン達がいる場所からは、高い塀にぐるりと囲われた屋敷の古い屋根と、いくつか無機質な建物の壁と屋根が見える。
正門の前には倉庫の背が並び、おそらく普段から人通りも少ないだろうと思われた。
「貴族の屋敷だった場所のようですね。倉庫らしき建物も見えます。一応カレン嬢が想定したとおりの条件ですね」
一番背の高いマリグが、自分の視界から見えたものを報告する。
「こういう屋敷には地下もあるから、人を隠すにはもってこいだろう。さて、隠されているのは倉庫か屋敷の地下か……」
「乗り込む?」
考えるルドルフに、さらりと提案するカレン。
「いや、無暗に乗り込んでも探し回っているうちに捕まるぞ。というか、それ で乗り込む気か?」
ルドルフが長い指を向けたのは、カレンの持つ大根とフライパン。
カレンはそれらをひょいと持ち上げて改めて見せる。
「ベンノ親父さんのフライパンを馬鹿にしないでよ。軽くて丈夫なんだから」
「フライパンの強度の話ではないぞ」
「とりあえず、場所も確認できましたし、一度騎士の詰所に戻ることを提案します。この人数では限界があるでしょう」
「まあ、それが妥当だな。騎士を連れてまた戻ってくるべきだ」
辺りはすっかり夕焼けに染まっていた。
焦る気持ちから多少抵抗はあったが、小さなルドルフのお蔭で予想よりも早く人さらいのアジトらしき場所を探し出せた。
確かに騎士を呼んで乗り込んだ方が確実だろう。
頷きかけたカレンだったが、そこに敷地内から馬の鳴き声と人の声が聞こえてきた。
「何かしら」
「覗いてみましょう」
小さなルドルフにはその辺りで隠れているように言い聞かせ、三人で中の様子がうかがえる正門へ移動する。
鉄製の門に近づき、三人が縦一列になって隙間から中を覗いた。
目を凝らすと、屋敷前に馬車が横付けされ、屈強な男たちが大きな荷物を運びこんでいる。
荷物は、人が入りそうなサイズのワイン樽や、木箱、そして、麻袋。
そのうち、男が担ぐ麻袋のひとつが動いた。そして呻くような声が聞こえる。
「おい、薬が効いてねえみたいじゃねえか」
「適当に殴っとけ。それより数が多いんだから急げよ」
微かに聞こえる男たちの声に、状況を把握する。
殴って、気絶させて運ぶ気か。
グラム皇国に――奴隷にするために。
「これから出発でしょうか。まずいですね」
「いや、船を突き止めるいい機会かもしれん。このまま待つか」
「しかし、分断されて運ばれてしまう可能性もあります」
「突撃するわ」
「――はっ?」
マリグがルドルフとの相談を中止し、すっとんきょうな声を出して振り向いた。
門の傍にはすでにカレンはおらず、大根とフライパンを手にし、少し離れた場所に立っていた。
そして、マリグに向かって走り出す。
「マリグさん――肩、お借りします!」
カレンの真っ直ぐな目が近づいてくる。反射的にマリグは脚を肩幅に開き、力を入れた。
マリグの肩が、一瞬重くなる。次に気づいたとき、カレンの身体は宙に舞っていた。
くるりと一回転をして、カレンの姿が門の向こう側に消えてゆく。
それを見送ってから、あの令嬢は単身乗り込んでいったのだと理解をした。
何て無茶な。
隣で唖然としていたルドルフが我に返り、やや慌てたようにマリグに畳みかける。
「くそっ!マリグ、笛は持っているか!?」
「はい」
「鳴らせ。あと、手を貸せ!」
すぐにルドルフに命じられ、カレンの時と同じように脚に力を入れる。
ただ、少し中腰になって両手を前で組んだ。さすがにルドルフでは重くて、女性の場合と同じ方法は取れない。
ルドルフが助走をつけ、組んだ手に片足を乗せた。タイミングを完璧に、マリグは門の上にルドルフを押し上げる。
門を乗り越えたかも確認せず、マリグは懐から細長い金属棒を取り出した。
そしてそれを口にくわえ息を吹き込み、一定の間隔で鳴らした。
倉庫街に、甲高い笛の音が響き渡る。
騎士の緊急招集合図である。
巡回している騎士がいれば、これを聞きつけ集まってくるはずだ。
「さて、俺も乗り込みますか」
望んでトラブルに首を突っ込んだ記憶はないが、頭より身体を動かすことの方が向いている自分には、この状況の方が性に合っている。
自ら敵地に乗り込んでいったせっかちな令嬢と主を追いかけるため、嬉々とした表情になったマリグは、距離を十分に取った後、門に向かって助走をつけた。




