014.まず現場からと言いますが
「マリグ、今回の事件についての情報を出せ」
「ルドルフ、それは」
「私も一緒に行く。それで問題はないはずだ」
「……分かりました。では、とりあえずここを出ましょう。用は済みましたので長居はできません」
観念したマリグの提案に乗り、カレン達は騎士の詰所から出ることにした。
「まず、王都での行方不明者は、殆どが外城に住む平民です」
「内城だけではないということですか?」
「カレン嬢、敬語は結構ですよ」
街の中を歩きつつ話を聞くカレンに、マリグは本題と別のことを気にかける。
「そうだぞ、カレン。マリグなんぞに敬語を使う必要はない」
「ちょっと黙ってて」
「……ルドルフに使わずに、俺だけ敬語を使われるのはちょっと」
詰所内でのやりとりで、カレンは王太子に敬語を使う気をすっかりなくしていた。
一度怒りで地をぶつけてしまったので、今更だと開き直ったとも言える。
マリグに対しての敬語が抜けないのは、騎士としての態度に尊敬する気持ちがあったからなのだが、王太子の側近であるマリグにはやはり抵抗があるようだ。
「分かりました。ええと……すぐには変えられないと思うけど、努力するわ」
「お願いします」
ちなみに今三人は、マリグを真ん中に、カレンとルドルフが両脇を挟んでいる。
マリグの話を聞くために致し方なくこの配置になったのだが、通りを通せんぼしているようで申し訳なく思う。
それより、今からの話、こんな場所で聞いていいのかなあ。一応騎士の捜査情報だと思うのだけど。
マリグにこの事を尋ねると、あっさりと大丈夫です、と答えられた。
「これだけ人がいれば、返って聞かれにくいですよ」
まあそれもそうか。着いてきている人も別に居ないようだし、と納得する。
「さて、話はずれましたが、行方不明者の件です」
改めてマリグが切り出す。
「王都警備で持っている情報では、行方不明者のうち、自発的に居なくなった者以外……つまり事件性があるものについては外城での発生が中心です」
「では外城にさらわれた人たちが集められているかもってこと?」
「そうです」
このルヘクト王国の王都は、国土の最も西、海に突き出た陸の一部にあり、北、西の二方を外海、南を内海、東を運河で囲まれている。
そしてその王都のほぼ中央に城が建ち、城を中心とした二重城壁に囲まれた難攻不落の都であった。
うち、外城――外側の城壁側――には平民が中心となって住んでいるところから、貴族が中心となって住む内城より犯罪は多い傾向にある。
また王都の土地は他国のそれよりも広大であった。内城より外城は広く、外城でも特に東の外壁側は緑も広がる余裕があるくらいで、この外城になら人さらいが隠れた拠点を持っていても不思議ではない。
「では、私たちはこれからどこへ向かえばいいの?」
「西地区だな。さらわれた人数が多い。船を使って運ばれる可能性がある」
この疑問にはルドルフが答えた。
王都外に何かを運び出そうとする場合、方法は二つ。城門から出るか、港から船で出るか。
王都には北地区、西地区の2箇所に港があった。
「確かに南のグラム皇国に運ぶなら西地区の港の方が距離が近いけど。なぜ北ではなく、西の港だと分かるの?」
「社交シーズンは、西の港の方が船の出入りが多い。紛れ込ませるには丁度いいんだ」
ルヘクト王国は国土を東西に楕円形に伸ばした形をし、北側から覆われるような形で大国ミリリタに接し、南は内海を挟んでグラム皇国と対面する。
この三国は「つ」の形をした土地の上と下に位置しており、ミリリタとルヘクト王国は、グラム皇国と内海を挟んで東の一部で接していた。
なおこの内海は、ルヘクト王国内の移動のための航路としても需要が高い。そのためこの社交シーズンは常に船の出入りが多かった。
実際に、この西の港は密輸に利用されることも多いというのは裏の話である。
西の港と聞いて、カレンは顎に手を当てた。
「西地区か……ちょっとやっかいね」
「ああ。旧王都である西地区は古い建物が多い。それもあって西地区だと狙っているのだが、確かに探すのは困難ではあるな」
そう言ってから、急にルドルフが歩くスピードを落とした。
どうやらカレンがやや小走りで自分たちに着いてきているのに気付いたらしい。
カレンの背は男性二人の肩の位置より低い。彼らの脚が長すぎるのもあって、コンパスの差が大きかった。
「普通に歩いてもらって大丈夫だけど」
「女性に合わせるのが普通だろう」
何気なくルドルフが言う。この配慮、他の令嬢なら目をハートにして喜ぶかもしれないが、カレンは負けたみたいで少し悔しく感じた。
主に脚の長さで。
「で、どうやって人さらいのアジトを探すの」
「それが問題です。地域はおおよそ絞れているようなのですが、まだ完全に場所は判明していないらしく……」
言いながらマリグも歩く速度を落としたが、まだスピードを調整しきれていないようで、時々前後に身体がはみ出ている。
「とりあえず西地区の王都警備の詰所に行けばいい。マリグ、最新の情報を取ってこい」
「またそうやって俺を使う……。あまり行くのも嫌なんですが」
「今更だ。顔見知りもできたろう。行け」
「……分かりました」
渋々なマリグに、何だか気の毒になったが、ここは力を借りるしかない。
気合を入れるため、カレンはぴっ、と大根を前方に向けて言った。
「では、次は西地区の王都警備騎士の詰所に行きますか!」
◇◇
結果から言うと、西地区の王都警備騎士からは新たな情報は貰えなかった。
変わり映えした情報がなかったのである。
マリグが受け取ってきたのは、アテを付けている地域内で「スカ」だったアジト候補の場所リスト。
「まあ、消去法が取れるって点はいいかもね」
「前向きだな」
「切り替えが早いって言って頂戴」
三人が西の港の近くにたどり着いた頃には、辺りが夕焼けに染まり始める時刻となっていた。
詰所に寄り、さらに徒歩で移動してきたため時間がかかってしまった。
この場所が乗合馬車のルートから外れていたのが痛い。
「ところでマリグさん」
「何でしょう」
「最近、近衛騎士と王都警備騎士で合同捜査とかしてる?王族、もしくは貴族がらみの犯罪で」
時間がない事に少し焦りはあるが、気になったことがあった。
マリグは少し黙ったが、ルドルフの顔をちらりと見た後、ため息を吐いた。
「……してます。なぜそう思いました?」
「確信したのは、西地区の詰所に情報を貰いに行くことを『今更だ』とルドルフが言ったことかしら。不自然さを感じたきっかけは、内城の騎士詰所で『今日はどうしました?』って言われてたことね。きっと最近、それも複数回来ていたからではないかと思ったの。そしたら、そういえば最近、マリグさんが内城の城門で王都警備の騎士と歩いてたのを思い出して」
「見ていたんですか」
「ええ、近衛騎士の制服着て一緒に歩いているのをね。私用ではなく仕事で王都警備騎士と接していて、またそれをルドルフが容認している。であれば内容は王族関係か、貴内省、つまり貴族関係かと思った訳デス」
「見事ですね。そうです」
「生意気にスイマセン」
「構いませんよ」
優しく許してくれたので、少しほっとする。
事情を教えてもらうため鋭く突っ込んではみたが、立場もある年上男性相手にプライドを砕くような真似をしたくないというのが本音だ。
「二週間前に街にいたのは、捜査の為?」
「そうです。ルドルフ、もう話してもいいでしょうか」
「構わん。この件が無関係だとも思えんしな」
「ということで、許可も貰えたので話しましょう。俺たちが調べているのは、貴族の令嬢の誘拐が疑われている事件です」
「令嬢が?」
貴族が誘拐されたとなれば、社交界で話題になるはずだが、そんな話は聞いたことがない。
「現状、被害者とされる令嬢は二人。モルドット男爵令嬢、ラグリード伯爵令嬢です」
「それって、駆け落ちしたって噂の?」
「ご存知でしたか」
レイラとレイラの母である公爵夫人に聞いた、醜聞。最近、貴族のご令嬢が誰とも知らない相手と駆け落ちして姿を消したという。
「その駆け落ち騒ぎですが、不審な点がありましてね。駆け落ちでなく誘拐ではと、王都警備が動いていたのですが……横槍を入れた人物がいまして、それで近衛の俺が巻き込まれる羽目になったんです」
マリグの視線の先には、平然と腕を組んで立つ王太子ルドルフ。
なんとなく事情は理解できた。
どうせ貴族関係は貴内省管轄だからとか、捜索に自分の管理下にある近衛騎士を出すとか我がまま言ったんだろう。
それにマリグは巻き込まれ、お忍び捜査にも付き合わされたと。
「多分、カレン嬢の予想している通りですよ」
気の毒そうな顔をしてしまったら、マリグがうんざりした表情をした。きれいな顔が歪んで勿体ない。
カレンはルドルフに向かってぐるりと首を回し、嫌味たっぷりに言った。
「暇なの?」
「面白そうだからだ」
即答しやがった。
「そもそも不審だらけだろう。相手の男の情報も漏らさず、誰にも見咎められずに姿を消すなど、世間知らずの令嬢の考える事ではない。初めから用意周到に準備された、誘拐だとしか考えられない」
「というルドルフの主張で、捜索をしていた訳です」
マリグは肩を竦めた。
「何か進展はあったの?」
「ひとつだけ。令嬢方に接触していた同一人物らしい男がいるということでしょうか。ただ、青い髪だったという以外分かっていません」
青髪?何か思い出しかけたが、すぐに消えてしまった。まあいいか。
しかし貴族の誘拐(?)事件はほとんど進んでいないに等しい様子。そう言うとマリグも頷いた。
「そういうことです。なので、今回のこの人さらいの件で何か情報がないかと思っているのです」
「そうだったのね……」
「あと興味は半分だな」
「あ、そうなのね……」
最後に問題発言が聞こえたが、とりあえず彼らの状況は理解できた。
が、この人さらいの一件について、彼の情報に希望があればと考えていた分には期待外れだった。
それなら仕方がない、とすぐに気持ちを切り替える。
「では、本題の人さらいのアジト探しね」
「そうですね。どうやって探しますか」
港も近いこの辺りの建物は倉庫が中心であるが、旧王都の貴族街でもあるため、大小の古い屋敷も多く残っている。
大きな敷地内に、古い屋敷と後から建てた倉庫が同居しているような場所もあった。
何にしても建物ばかりのため、捜索が難航するのは間違いない。
まずはリストにある対象外の建物は省いて……とマリグと紙を覗き込んでいると、横からルドルフが口を挟んできた。
「片っ端から乗り込むのはどうだ」
「無理よ。数が多いし、何より上級貴族が所有する建物も結構あるのよ。問題になるわ」
「王太子権限でいけるだろう。こういうの、一度やってみたくてな」
ムチャ言うな!
この人、本当にやりそうだから怖い!
マリグと二人で止めたが、大変不満そうな顔をされた。
「そういうのはダメ。せめて条件を絞りましょう。ええと、まず大きめの馬車が目立たず出入りできること。敷地が広くて、中の建物と隣の建物に距離があること」
「なるほど。さらわれた人たちをまとめて連れ出しやすく、さらに声が外に漏れない条件、ということですね」
「であれば、貴族の古い屋敷が適しているだろうな。広い庭と塀がある」
マリグが頷いた。
「中に多く人がいる可能性もありますね」
「見張りってこと?」
「それもあります。あとひとつ、王都警備の騎士から得た情報に気になったことがありまして」
「何?」
「最近、街の窃盗団やゴロツキの数が急に減ったようなのです。どこかにまとめて雇われた、という噂もあります」
「この人さらいの集団に雇われているかもしれないってこと?」
「個人の単独犯とは考えられない数の行方不明者が発生した、同時期の変化ですから。これはあくまで可能性です」
「分かったわ。気を付けましょう」
意見もまとまったので、移動を開始しようと歩き出したが、なぜかルドルフが動かない。
怪訝に思っていると、彼は急に身体を翻して無言で駆け出し、倉庫の陰に飛び込んだ。
「ルドルフ!」
「うわああっ!」
マリグの声に答えたのは、ルドルフではない、幼い悲鳴。
カレンとマリグが追って倉庫の陰に入ると、そこにはルドルフが五歳くらいの少年の首根っこを掴み、ぶら下げて立っていた。
「さっきからこちらを伺っていた」
「え、そうだったの」
「悪意は感じなかったから放っておいたんだが。おいお前、なぜ付きまとっていた?」
ルドルフにぶらぶらと乱暴に揺らされ、少年は「ふええぇっ」と泣き声を上げた。
「ちょっと、可哀想でしょ!」
「なぜだ。子供と言えど不審者だぞ」
「だめ!小さい子には優しく!ほら下ろして」
苦い顔をしてルドルフは少年を下ろした、というか落とした。
ぺしょっと音を立てて地面に這いつくばった少年は、またふえふえと泣き出す。
「ああもう!ほら君、大丈夫?」
助け起こすと、少年の様子がよく分かった。
癖のある茶の髪と同じ色の丸い目。そして、汚れた服と顔に、擦り傷だらけの手足……平民でも、貧困層の子供だろう。
カレンはとりあえずハンカチで少年の涙を拭い、優しく声を掛けた。
「男の子なんだから泣かないのよ……って、あれ、君?」
今年は拙作をお読みいただきありがとうございました。よいお年を!




