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012.大根と一緒でしょうか

「ご機嫌ですね」


 王宮から街へ向かう道中、石造りの橋を渡りながら、マリグは隣を歩く乳兄弟の顔を眺めて言った。

 声にほんの少し呆れた色が混ざっている。


「すこぶる、な」


 にやりとしたルドルフのフードが春の風にあおられ、金の髪が露わになった。


 今日はカレンとの約束の日である。


 前回偶然街で会ってから今日まで約二週間、ルドルフの機嫌は大変良かった。

 いつもなら鋭利な刃物で切るように書類を捌き、指示を飛ばす彼が、この二週間は馬車馬に鞭を振るうかのように業務をこなし、檄を飛ばした。


 マリグはこの期間中、息も絶え絶えに執務室から出ていく関係者を何人も見送った。が、マリグには王太子が嬉々として鞭を振るっているようにしか見えなかったにも関わらず、退出していく人々が一様に「殿下はご機嫌が悪いのか」という顔を向けてきたことを考えると、残念ながら側近の自分とテオドール以外に、ルドルフの機嫌の違いが分かった者はいなかったようだ。


「そんなにカレン嬢が気に入ったのですか。俺には、少し威勢のいいご令嬢という程度にしか思えませんでしたが」


 亜麻色の髪に翡翠色の瞳を持つ小柄な少女を思い浮かべる。

 久々に会ったカレン・クォルツハイムは、大人の女性として充分に成長していたが、相変わらず愛らしく清楚であり、マリグが幼い頃に抱いていた印象と変わらなかった。

 ルドルフとの会話を横で聞いて、思ったよりも威勢がいい女性だったらしいと記憶とのギャップには驚かされたが、感想としてはそれだけである。

 元公爵令嬢のレイラと比べれば、明らかに華やかさは欠ける。レイラが大輪の花弁を持ち優雅に咲く百合なら、カレンは白く小さな花を鈴ならせる鈴蘭だろう。

 王太子として多くの女性を見てきたルドルフが、それほど興味を抱く相手とは思えなかった。


「お前は相変わらず女性を見る目がないな。会話の反応がいいだろう。変化球に対してもムキになって返してくるし、予想できない反応が興味深い」


 笑って同意するか自分の事だけを話すような女とは違う、と目を輝かせて語るルドルフに、マリグはそれは女性への褒め言葉でなく、子供か動物への評価ではないかと心の中で突っ込んだ。


「しかし鈴蘭とは、お前にしてはいい例えだな。愛らしいが主張せず、地に向け花弁を垂らす小さき花。しかしその根には毒がある、か」


 彼女の毒は険であり剣。

 虫をも殺せぬような顔をしておいて、暗殺者を瞬時に地に沈めたあの時の彼女の目は、間違いなくルドルフを毒に侵した。


 ルドルフは可笑しそうに口を歪ませた。

 本当に彼女は興味深い。自分から女性の事を「知りたい」と思ったのはカレンに対してが初めてだった。


「毒ですか。私にはさっぱり分かりませんね。どちらかというと私は、カレン嬢個人より、クォルツハイム家の薄暗い部分の方が気になりますが」


 ルドルフの思考に気づかず、マリグが言う。

 ああ、とルドルフは思い当たったように頷いた。


「十一年前の襲撃事件か」

「はい」


 十一年前、クォルツハイム家の馬車が襲撃され、カレンを残し護衛、関係者全員が死亡している。

 これはカレンの一家に闇を落としたとして社交界では有名な事件であり、クォルツハイム侯爵夫妻とカレンが領地に籠ったきっかけでもあった。


 その後、長兄で次期後継者であったエルヴィン以外、クォルツハイム侯爵家の人間が表に出ることは無くなった。

 クォルツハイム商会の認知度が上がる中、侯爵家の閉鎖的な状況は返って人々の興味を引く結果になるが、先日カレンが夜会に出席するまで社交界に彼らの情報は全く流れなかったのである。

 この十一年をクォルツハイムの暗黒期と呼び、人々が興味津々で探るのも仕方がないことなのかもしれない。


 そしてルドルフもマリグも、その十一年間に興味を持っていた。


「カレンが腕を磨いたのは、間違いなく領地でだろうな」

「以前も言っていましたが、カレン嬢は腕が立つというのは本当ですか?」

「そういえばお前は見ていなかったな」


 ルドルフから興奮した様子で説明はされたが、夜会の際はマリグはレイラを侍医の元へ連れて行くため外していたし、先日の街中での騒動の詳細は見ていなかった。


「剣を持つのは見ていないが、たぶんカレンは相当強いぞ」

「俺やルドルフと比べてどうでしょうか」

「さあな。互角か……もしかしてそれ以上か」

「本当ですか?」


 騎士として訓練し、実力を認められ近衛騎士の隊長を務める自分と、あの小柄でか弱そうなカレンの実力がそれ以上かもしれないという予想に、マリグは全く信じられないという顔をした。

 だが、自分と剣のレベルでは同等であるルドルフの目が狂っているとも思えない。


「カレン嬢は、十八歳でしたよね。我々の三つ下」

「ああ。いったい誰に鍛えられたんだろうな」


 ルドルフはそれを知りたかった。

 夜会で刺客から自分をかばったあの動きは剣を持つ者の動きであり、間違いなく実戦経験を持っている。

 普通の令嬢にしか見えないカレンが、誰に学んだのかが気になるところであった。


 七歳から十五歳までの領地住まいの期間で身に着けたのは間違いないだろうが、調べてもその時期に師匠となるような人間の出入りがあったという情報は掴めていなかった。


「前回、直接その話を聞こうと思ったんだがな」

「あの空気では無理でしょう。カレン嬢の警戒具合がすごかったですよ。社交界で女性を相手にする時のあの手腕はどうしたのですか」

「うむ、カレン相手では勝手が違うようで上手くいかん」

「……ルドルフにしては珍しいですね」


 どんな腹黒なご婦人相手でも笑顔でたらし込む乳兄弟にしては弱気な発言に驚く。

 と、ルドルフがぽんと手を打った。


「ああ分かった、あの目だ」

「目?」

「あの反抗的な目を見ると楽しくなってな。つい調子が狂う」


 マリグは脱力した。

 視線で人を跪かせることができるこの王太子殿下は、自分に対し反抗的な人物に異様な興味を示すことがある。

 そのときの、面白いものを見つけたと言わんばかりの表情は悪魔の笑みにしか見えないとマリグは思っている。


「……貴方のその性癖、どうにかなりませんかね」

「外聞の悪い言い方をするな。反抗的な者を屈服させるのが楽しいだけだ」

「いい笑顔で言われても困るのですが」

「念のため言っておくが、誰でもいいという訳ではないぞ」


 正直どうでもいい補足だったが、そうですかとだけ返しておいた。


 気付けばすれ違う人が多くなり、街の喧騒が二人を取り巻いていた。待ち合わせ場所までもう少しだ。


 たどり着く前にと、マリグは護衛として自分の主に声を掛ける。


「ルドルフ、今日は剣をいつでも抜けるようにしておいてください」

「ああ。今日は本当に二人だけだからな」

「分かっているなら結構です」


 マリグはマントの下に手をやり、念のため剣を確認した。

 近衛騎士であり乳兄弟である彼の一番の任務は王太子の護衛である。それは例え今日の目的が浮かれたデートだとしても、そして隣の護衛対象の足取りが先程より軽くなったような気がしても、それは決して変わらないことなのであった。



 ◇◇



「とうとうこの日が来た……」


 カレンは待ち合わせ場所の広場に仁王立ちをしていた。

 ちょっとした食べ物屋台や露店販売が並ぶ、この賑やかな広場が今回の待ち合わせ場所であった。


「お嬢様ぁ、お腹空きましたぁ」

「また!?ハンナあなた、出てくる直前に食べたでしょ?」

「別腹でしたぁ」

「ポテトサラダ大皿一枚分が!?」

「毎日イモばっかりで足りないんですぅ」

「普通の食事を山盛りで食べて、足りない分だけがイモでしょ?文句言うな」

「侍女イジメ反対ぃ~」

「泣き真似する前に給料分働け!」


 ボブカットの黒髪を揺らしてハンナがさめざめと泣いたが、カレンはあっさりと泣き真似を見破る。

 侍女仕事はするが、気付けば隠れて何かを食べているハンナである。屋敷の仕事より食べている時間の方が長いに違いない。


 本気で給料減らすか……


「あ、お嬢様ぁ、そろそろ時間ですねぇ」


 怖い顔で思案し始めたカレンに何かマズいと感じたのか、ハンナが打って変わってにこやかに言った。


「あなたね……まあいいわ。そうね、そろそろ来るかしら」


 カレンは約束より十五分も早く広場に着いてしまっていた。楽しみでも何でもないのに、時間に厳しい自分が憎い。

 イライラしていたので、裏路地に女性を連れ込み、乱暴しようとしていたゴロツキ二人をノシてしまった。


「時間があるからってぇ、また面倒事に首を突っ込んじゃうんですからぁ」

「あれは首を突っ込んだんじゃなくて、うっぷん晴らしって言うの。大丈夫、ちゃんと麻袋被せて目隠ししてから殴ったし。見られてないって」


 ゴロツキに被せたのは、正確に言うと麻袋と木箱である。

 背後から近づき、一人目に麻袋を被せて木箱の角で殴打。そのままそれを二人目の頭上から被せるようにして叩きつけたあと、殴って気絶させた。なお、木箱をカレンにパスしたのはハンナである。

 被害者の女性は気絶していたが、警備騎士を呼んでおいたから多分大丈夫だろう。


「ところでハンナ、今日は最後まで付き合ってもらうわよ」


 前回王太子と会った瞬間に逃げていなくなった侍女に、今日は逃さないと左腕をがっちり掴む。


「イヤですぅ。私はぁ、お嬢様を草葉の陰から見守ってますぅ」

「やっぱり逃げるつもりだったから着替えずにお仕着せ(メイド服)で来たのね!でも甘い。今日こそは給料分働いてもらうわよ!」

「デートの付き添いは契約に入ってないですぅ」

「だからデートじゃ」

「カレン、待たせたな」


 ない、と言い切る前によく響く低い声が耳を打ち、肩が跳ねた。

 振り返ると、膝まである長いフード付きマントを羽織ったルドルフとマリグが立っていた。


 相変わらず王子様オーラが眩しい。


「……ごきげんよう、でん……ルドルフ、マリグ様」

「ああ、貴女も元気そうで何よりだ」

「マリグで結構ですよ、カレン嬢」


 急に令嬢口調モードに切り替えたので少し時間差が出てしまったが、呼び捨てを許してくれたマリグに軽く頭を下げて、なんとか挨拶を取り繕えた。

 首だけしか振り返ってなかったのは大目に見てもらおう。後ろから声を掛ける方が悪い。


「時間どおりに来ていて感心だな」

「……ええ、まあ、約束ですので」

「来ない可能性も考えていたが、杞憂でよかった。来ていなかったら屋敷まで迎えに行くつもりだったが」


 やっぱりそのつもりだったか!


 縄を巻かれて強制外出のイメージが思い浮かぶ。自分から来てよかった。ん?……よかった……のか?


「ところで。それは、何を持っているんだ?」

「え?」


 嫌味な笑いを解除して不思議そうに尋ねるルドルフに、カレンは捻っていた首を戻し、直前まで侍女を掴んでいた手を見た。

 そこにハンナの腕は無く――あったのは一本の立派な大根。


 な・ん・だ・と!?


「先に買い物でもしていたのか」

「変わり身の――え?ええ、そうですの。料理長に頼まれて」


 予想外の出来事に思わず忍術名を口走るところだったが、王太子の声に我に返り、大根を抱きしめた。

 そしてようやく侍女に逃げられたのだと理解する。


 減・給ー!


 カレンが心の中で叫んだとき、広場の隅からくしゃみが聞こえたのは、きっと気のせいではない。

今回のお出かけのお供は大根。


本日12/30中にもう1話投稿します。

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