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010.二度とご免なのですが

 良く晴れた昼下がり。

 お洒落なカフェ。

 テーブルの向かいには、金髪碧眼の王子サマ。


 国中の娘の嫉妬を誘う場面にいながら、カレンのHPはすでにゼロになっていた。


 はやくかえりたい……


 あの後、王太子殿下に手を引かれながら市場を回り、道端の大道芸を見物し、商店のウィンドウショッピングをしたカレン。


 ゲームならきゃっきゃウフフな街歩きデートではあったが、現実にはその最中もフライパンは手にしたまま。

 そして始終カレンの目は死んだまま。


「何か疲れた顔をしているな」


 きょとんとした顔で美形王子が聞いてきた。

 こっちの心情など全く理解していない男の言葉にカレンの身体がどっと重くなる。

 三人は、カフェに辿り着いていた。


「殿下とご一緒させていただいて緊張したのですわ」

「ルドルフ」


 はいはい名前呼びですね、すいません。

 重い息を吐いてカレンは王太子殿下に応えた。


「ではルドルフ。ひとつ気になったのですが、この席は不自然ではございません?」


 店の一番奥、周りから見えにくい場所に席を取ったのはいいとしよう。この男性二人は目立ちすぎて注目を浴びてしまう。

 それより、四人掛けのテーブルに自分と王太子、そしてわざわざ隣のテーブルにマリグが一人で座るという席次はどういうことだろう。


 ちなみにここは先日カレンが青髪の男性、ユリウスにナンパされたカフェである。

 マリグはカレン達よりカフェの入口側に座っていた。隣には観葉植物が置いてあるので目隠しになっているが、王宮の金銀コンビはフードを取らずに席に着いている。


 ルドルフは脚を組んでからゆっくり答えた。


「相互理解のためだな」

「そーご?」

「婚約者のことを知りたいと思うことはいけないことかな」

「婚約者ではありません」

「本当は二人きりの方がいいのだが、邪魔者がいるのは勘弁してもらおう」


 話をきけ。


「俺は護衛ですから離れませんよ」


 視線をカフェ入口に向けたまま、マリグが隣の席から口を挟んだ。


「マリグ、婚約者の語らいを邪魔するな」

「だから、私は婚約者じゃないですってば」


 あ、やばい。地が出かけた。

 令嬢口調モードが消えそうになり気を引き締めなおしていると、その様子を見て、ふふ、とルドルフが笑う。


「恥ずかしがらなくていい」

「誰が恥ずかしがってますか」


 引き締めた気が一瞬にして霧散してしまった。

 令嬢の仮面が剥がれるのは時間の問題かもしれない。そしてついでに我慢の限界も近い気がする!

 カレンがいらいらしていると、タイミングよく店員が注文を取りに来た。


「紅茶を三つお願いします」


 マリグが注文を伝えた。


 その様子に鷹揚さは全くなく言葉も丁寧である。そういえば今思い出したが、ゲームでも彼は敬語が標準仕様だった。

 ゲーム内では独占型ヤンデレ設定。だが始終その丁寧な口調は変わらなかったことが騎士ルートを紳士ルートと言わしめた所以ゆえんである。

 実際、こうして見る分には好感が持てる姿ではあった。


「紅茶の種類はいかがなさいますか?」


 店員の問いかけにメニューを見て少し考え込むマリグ。それを見てカレンが自分の要望を伝えた。


「あ、私はアールグレイティをお願いします」

「私も同じものをもらおうか」

「では、三つともアールグレイでお願いできますか」


 ルドルフもアールグレイを希望したことで、マリグは注文を揃えることにしたようだ。


「ああ、そうだ」


 店員が去ったあと、思い出したようにルドルフが懐から何かを取り出した。握った手をカレンに差し出す。

 なんだか顔が楽しそうだ。


「?」


 少し警戒しながら手のひらを出せば、そこにころんと何かが落とされる。

 それは、先ほどカレンが指弾として打った金属製のボタン


 あれも見てたのね……!


「袖のボタン。落し物だ。私の方に飛んできた」

「……ご丁寧にありがとうございます」

「足払いも見事だったな。いいものを見せてもらった」

「それはどうも」


 彼の顔は大変にこにこしてるが、カレンにとっては先制攻撃をしてやったというニヤニヤ顔に見しか見えなかった。


 ほどなく注文の品がテーブルに並び、三人はカップに口をつける。

 毒見をしなくていいのだろうかと思ったが、二人とも気にする様子もなく飲んだのでどうやら必要ないらしい。


「ところで先程、これが相互理解の場だとおっしゃいましたが」


 あまり会話を楽しむつもりもなかったので、カレンから切り出した。ここはあえてにこやかに話をする。


「具体的に、何をお知りになりたいかお教え願いませんか?」

「先に列挙しろと?こういう事は会話の自然な流れで聞いていくものだろう」


 その会話を早く終わらせたいんだってば。

 それに自然な流れでうっかりボロが出たら……ってもしかして。


「誘導尋問ですか?」


 聞いたら、ルドルフは目を丸くした後くつくつと愉快そうに笑った。


「まさか。私は楽しいティータイムのつもりだが?」


 馬鹿にされた気がしてちょっとムっとする。


「調査は止めていただけるのではありませんでしたの?」

「それは明日からという条件だったろう。今日はノーカウントのはずだ」


 ち、覚えてたか。


「今日はただの語らいだと言っただろう?」

「では会話をしましょう。ルドルフは、仕事以外の時は何をして過ごしていらっしゃるのですか」

「すごく義務的な質問に聞こえるな」

「こんなつまらぬ女に聞きたいことなどございませんでしょう?」

「そんなことはないぞ。本気で言っているとしたら、貴女の自己評価は低すぎだな」


 不思議と、これは褒め言葉に聞こえた。これまで散々言われた甘いセリフはからかっている様にしか聞こえなかったのに。カレンは意外に思う。

 ルドルフは肩を竦めた。


「分かった。では私の聞きたいことを聞くとしようか。子供の頃王宮での、私たちとの顔合わせに急に来なくなった貴女が何をしていたか、とかな」

「……ご存じの通り"病弱"でしたので、のんびり生活をしておりましたわ」


 先程感じた意外さを隠し、カレンはにこりと答える。

 くすりと笑ったルドルフは、紅茶の香りを楽しむようにカップを顔に近づけ、話題を変えた。


「アールグレイティ。いい香りだ。確か、十年前に初めて販売したのはクォルツハイム商会だったな」

「ええ」

「そしてこれをきっかけに商会が発足した」

「その通りですわ」


 ルドルフは一口紅茶を飲み、青い目を細める。

 空気が変わった気がして、カレンはすっと背筋を伸ばした。


 さて、彼が知りたいのはいったい何なのか。


「商会発足当時、貴女は八歳。別邸では一人で住んでいたそうだが。……何をして過ごしていたのかな?」


 これが本題か。


 カレンは七歳から十四歳までの七年間「病弱」のため領地の別邸に引きこもっている。

 そして、アールグレイティの開発は別邸で行った。

 別邸で過ごしたこと、そして商売に関わっていること自体はバレても構わないが、別邸での具体的な内容に絡んでしまうと、ここから何がきっかけで別邸での他の出来事や、カレンが前世の記憶持ちであることを知られるか分からない。


 それに。とカレンは少し気持ちを沈ませた。

 今商会で売り出されている商品は確かにカレンが発案したものが中心だが、元のアイデアは前世の世界からのものである。

 自分に発想力がないのは分かってる。勝手な事であるが、今更ここを他人に調査されるのは気分がいいものではなかった。


 カレンはわざと困ったような顔して頬に手を当てた。


「レディのプライベートな過去を根掘り葉掘り聞くものではないと思いますが……」

「貴女に興味があるからね。それに、"病弱"なご令嬢の病名は何だったのだろうね?クォルツハイム家はガードが固くて情報がなかなか出てこない」


 ルドルフが愉快そうに尋ねてくる。


「今日は教えてくれてもいいのではないかな」

「あら。私たちの関係でそこまで踏み込むのはまだ早すぎますわ」

「そうか、では今日だけでどこまで関係を深められるか試してみよう。口づけ以上の関係を望むとはカレンも大胆だな」

「まっ、まあルドルフったら積極的ですのね」


 うふふ、あはは、と表面上の笑いを張り付けた会話がカフェで展開される。


 護衛として、口を挟まずに隣で会話を聞いていたマリグ。

 婚約者同士の甘い語らいなどほど遠いですよ、と乳兄弟に向かって心の中で呟いた。



 ◇◇



 緊張感漂うカフェタイムが終わり、ようやくこれで解放される!と喜んだのもつかの間。


「ではカレンの用事を片付けよう」


 という一言で、ルドルフとマリグが鋳物店に同行することになった。

 抵抗しても無駄だと悟ったので、大人しく、しかし渋々二人を引き連れてベンノ鋳物店に向かう。

 そういえば数時間前はこの店のすぐ近くまで来てたのに、思えば遠回りしたものだ。

 

 カレンは二人に店の前で待つように伝え、一人で店に入った。


「こんにちはー」


 声を掛けると、元気な足音がしてそばかすの姉弟が出てきた。


「はーい。あ、カレン姉ちゃん、ちわっす」

「こらブルーノ、ちゃんと挨拶しなさいって言ってるでしょ!」

「痛ってえ、もー姉ちゃんすぐ殴るのやめろよー」

「こんにちはベラ、ブルーノ」


 相変わらず賑やかな二人である。

 姉のベラが改めて挨拶をしてきた。店の子だけあって愛想がいい。


「カレンお姉ちゃん、いらっしゃい。今日はどうしたの?」

「フライパンの修理をお願いしたくて」

「そうなのね。お父ちゃーん、カレンお姉ちゃんが修理だってー」


 奥に向かって叫ぶと、すぐにのっそりといかつい男が現れた。


「お、久しぶりだな」

「お久しぶり。ベンノ親父おじさん。腰は大丈夫?」

「まあまあってとこだな。まだ鍋作りはできねえが普通に動く分には問題ねえ」


 髭をたくわえた顎を撫でながらベンノはにやっと笑顔を浮かべた。

 背は低いが筋肉のある肩幅は広くて、顔は怖い。が、笑うと意外に可愛いのだ。


 ちなみにベンノはぎっくり腰だったらしい。

 ぎっくり腰は座っても寝ても痛くて辛い。カレンにも前世で一度だけ経験があったため心から同情した。


親父おじさん、あまり無理はしないでね」

「ありがとよ。で、また修理だって?」

「そう、これなんだけど」


 一日持って歩いたフライパンを差し出した。


「見事に底がへこんでるな。いつも思うんだが、どうしてこうなるんだ?」


 鉄のフライパンの底がぼこっと内向きにへこんでいるのを見て、ベンノが首を傾げる。


「さ、さあ、そこまで聞いてないの。落としているのかしら。うちの料理人てばそそっかしいから」

「ふーん。まあいいさ、こっちは商売できてありがたい。これならたぶんブルーノがやれると思う」


 え?とカレンはカウンターの向こうでベンノに並んでいる息子を見た。

 まだ十歳を過ぎたばかりの彼は、そばかすの鼻を指でこすってえへへと笑う。


「ああ、後を継ぐって言いだしてな。結構前からしごいてる。今修理を中心にやりながら修行中だ」

「へえ、ブルーノってばすごいのね!」

「おう、シーズンが終わったら外に修行も行くんだ!」


 職人の卵たちは、例え後継ぎでも他の職人に付いて数年修行をすることが普通だ。

 ブルーノ少年もどうやら社交シーズンが終わる秋に修行に出るらしい。


「地方にオレの知り合いが店をやっていてな、そこで住み込みの修行を頼んでるんだ」

「そうなの。寂しくなるけど、頑張ってね」

「おう!戻ってきたらカレン姉ちゃんに鍋作ってやるからな!」

「ありがとう。楽しみにしてる」


 よしよしと頭を撫でるとブルーノは照れくさそうにした。それを姉のベラがからかって肘で小突く。


「ブルーノってば、何赤くなってんのよー」

「うっせーな黙ってろババア!」

「まだ十四歳よ!ババアじゃないわよ!」

「うっせーババア!」


 うんうん、この年頃はこうやって姉弟げんかするもんだよねー。仲良しねー。


 頷いて二人を見るカレンに、けんかの風景に慣れた様子の父親は気にせず話しかけてきた。


「んじゃ、鍋は預かるぜ。あ、でもオレの腰のせいで修理がちょっと溜まっちまってよ。二週間ほど待ってもらうんだが構わねえか?」

「ええ、大丈夫よ」

「いやーすまん、な?」


 ん?語尾が疑問形?


 なぜか唖然とした顔のベンノを見て首を傾げると、カレンの後ろから影が落ちた。

 ぽん、と背後からカレンの両肩に手が置かれ、低い声がベンノに答える。


「二週間後だな。了解した」


 で、でんかー!?


 後ろにいたのはフードを被ったままの王太子。


「でん……ルドルフ、外で待っててって」

「待てずに来てしまった。鍋の修理が終わる二週間後、また一緒に来るぞ、カレン」


 なんですとー?


 身勝手発言にぱくぱくと口を開閉するカレンの返事を待たず、ルドルフは、邪魔したな、とベンノに声を掛け、カレンの手を引いて店を出ていく。


「あ、じゃ、カレンちゃんまたな。ええと、最近人さらいが多いらしいから気を付けて」


 状況についていけていないベンノが、立ち去るカレンに明後日な方向の言葉をかけてきた。


 人さらい、正に今ここにいますー!


 ヘルプ!とカレンは涙目で訴えたが、固まった表情で手を振るベンノに見送られてしまった。



 その後、また二週間後にな、と待ち合わせ時間と場所を指定され、押し問答の末に負けて了承してしまったカレン。

 脱力して帰路についたが、レイラのためのマカロンを買うのを忘れたのに気付いたのは店もとっくに閉まった夕食時だった。


 今日は間違いなく厄日ー!!

カレンの警戒心が強すぎて甘い会話になりませんでした。

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