勇者ミコトの分析。
月光が部屋を照らす中、ミコトは魔王の部屋で意識を取り戻した。頭がぎりぎりと痛む。
普段ならばあれほどに短時間で逆上せることはないのだ。何故そうなったのか、理由は二つある。
一つ目は、ミコトの精神状態。ルカとお風呂に入ることで終始興奮していたミコトは、体温がかなり高くなっていた。自覚もなしにルカと甘いやり取りをして、より体温が上がったのだ。
二つ目は、水分。食事中に水分をあまり取らないミコト。今日はずっと気絶しっぱなしで、ろくに水分を取っていなかった。その為、軽い脱水症状になっていたのだ。
今ではどういう訳か、巨大なベッドで眠っている。ふかふかしていて、再び眠りに誘われそうだ。
喉の渇きを覚えたミコトは、ルカを探そうと上半身だけを起こす。そこで、右手の不自由を感じた。
「えっ?」
見間違いだろう、とミコトが目を擦るも、やはり目に見えたものは正しかった。
(なんで魔王が手繋いでんの!?)
ミコトの隣で左手を繋いだルカが寝ていた。涎が枕に溜まっている。
ルカを起こさないように息を整え、ゆっくりとその手を離す。だが、逆にルカの手がミコトの手を強く握った。
「ミコトぉ……むにゃ……」
寝言ではミコトの名前を呼んでいる。
そして、目から一粒の水滴が垂れた。ミコトは涎かと疑うが、それは涙なのだと理解する。
(どうしてこんなに俺のことを好いてくれてんだろうな。訳わかんねぇよ)
別にモテる訳ではない、とミコトは思っている。彼女がいたことも無かったし、そんな素振りを見せた女子もいなかった。
ルカと話している時は、元の世界にいた時に女子と話していたノリでいけた──さすがに太股を舐めるというのは別だが。
しかしこうなってしまうと、ミコトもどうしていいか困ってしまう。
まず、ルカは『女子』ではなく、明らかに『女性』だ。女子っぽい素振りを見せることもあるが、普段から女性としての落ち着きが溢れ出ている。どこまでが学生の流れでいけるのかが、わからない。
次に、自分に絶大な好意を持っていること。元が優しいので、冷たくあしらう、なんてことができないミコトには、この好意を打ち消せる何かをできるとも思えない。
従順で一途なので、何を要求しても応えてくれるだろうし、嫌われることもないだろう。
最後に、ルカがミコトのタイプであること。体型、性格、顔。これら全てがミコトの理想なのだ。これが最も単純だが、逆に最も厄介なことかもしれない。
自分の好みの女性を手放したくない、という独占欲がミコトの中を這いずり回っている。これは、男としての性だろう。
ミコトは今すぐに答えを出してもいい──『勇者』という立場から解放されたのならば。
「んぅ……あ、ゆーしゃ」
「悪い、起こしたか?」
ううん、と小さく首を振るルカ。
ミコトは思考を中断して、ルカとの会話に専念する。
「体調はどうだ?」
「まだ少し頭が痛いけど、大丈夫。水貰えないか?」
ルカが指を鳴らし、メイドゴーストが一杯の水を持ってきた。それをミコトは受け取り、一気に飲み干す。
コップを返すと、メイドゴーストは空気に溶けるように消えていった。
「勇者のバカ。逆上せたなら早く言ってくれれば良かったのに」
「そういう訳にもいかないだろ。だって──」
そこでミコトは言葉を止める。
──ルカと話してたから、とは言えない。言えるはずは無かった。
それでは、好意を持っていることを認めてしまうような気がしたのだ。
「だって、なんだ?」
「あぁいや、なんでもない。忘れてくれ」
むぅ、と不機嫌そうに頬を膨らませるルカ。女子だな、とミコトは一人考える。
「教えてくれないのか?」
「また今度な」
「勇者は逃げることしかできないのか」
ルカの皮肉に、ミコトは苦笑いで返す。それしかできなかったのだ。
ふと、あの三人の顔が浮かんだ。
(今、どうしてんだろうなぁ……)
「勇者?まだ頭が痛いのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ」
「そうなのか?なら、いいんだが……」
「3回も気絶して悪かったな」
「い、いや!べっ、別に気にすることはないぞ!私だって……勇者の寝顔見られたし……」
ぼそぼそと小さくなっていったルカの声。
「ん?最後の方が聞こえなかったんだけど?」
「忘れろっ!」
「おぉ、そ、そうか。まぁいいや。俺はまた寝るわ」
「わかった」
ミコトが横になった瞬間、とてつもない睡魔に襲われた。急激に意識が遠のいていく。
「おやすみ、み──ミコト」
──ルカの声は、ミコトの耳には届かなかった。