参謀登場。
ミコトは、かれこれ1時間待っていた。腹の虫が騒ぎだし、鳴り続けている。
とにかく暇だった。外から何かの会話が聞こえてくる程度で、後には静寂が続く。
剣も無いので素振りの練習もできない。筋トレは元々から嫌いだ。
「暇だぁ」
机に突っ伏した。勇者になってから今まで、時間をもて余すことが無かったのだ。
元の世界のようにテレビがあるはずもない。この部屋は玉座以外には何も無いので、暇を潰せるような物が無い。
玉座の下を調べるのは少し気が引けた。気にはなるのだが、なんとなく調べてはいけない様な気がするのだ。面倒なことが起こる予感が、彼の頭をよぎる。
「よいしょっと。相変わらず重たいなぁ──お?」
「そこ一体どうなってんだよ!」
面倒なことがやって来た。
玉座の座面を持ち上げて、少女が這い上がってくる。少し汗ばんでいる。
短く切り揃えられた栗色の髪は、少し汗で塗れている。背がかなり低く、体型も幼い。まるで小学生のようだ。
彼は今まで21回突撃してきたが、この少女に見覚えは無かった。
「君が勇者かな?」
「そうだ。お前は何者だ?」
腰に手を伸ばすが、剣がないことを思い出して腹をかいた。痒かった訳ではなく、ただ誤魔化すためだ。
「腰の剣が無くて、それを誤魔化すために腹をかいた、ってところかな?」
「お前は超能力者か!」
「お前ってのは良くないね。僕は、魔王軍参謀“クルモ・エリドール”だよ。それで、勇者が一人で何の用なの?魔王様の椅子に座ってるけど」
クルモがミコトを睨み付ける。見た目が子供だからか、全く怖くない。
そして、まさかの僕ロリっ娘。ミコトのタイプ範囲外にも程がある。
「魔王に言われて今日はここに泊まることになったんだよ」
「へー、そうなんだ。あのルカがねぇ……。ふふふ、予感してた通りだね」
意味深な笑みを浮かべるクルモ。魔王の高笑いとは違う、不快な気持ちにさせる微笑だ。
クルモの両目が鈍く輝いた。
「魔王から告白を受けたらしいね。それで、答えは保留、と。チキンめ」
「なんだお前!見てたのか!?」
「どこから見るって言うのさ。窓だって無駄に高いからあそこまで登れないよ」
馬鹿にするように、クルモは肩をすくめた。イラッとするミコト。
「僕は近い“未来”と“過去”が見えるんだ。その代わり、戦闘はできないから安心してね。勇者くんを殺すなんてことはしないよ」
警戒心を僅かに解く。
クルモからは全く強さを感じなかったからだ。幻術系統の魔術を使っている雰囲気もない。
なにより、魔王と同じく見た目が弱い。それも理由に含まれる。
「勇者くんさ、ルカの愛がやけに重たいって思ってるでしょ?」
「ほんとに過去と未来しか見えないのか?まぁそうだな」
ふふふ、とクルモが怪しく笑う。
「ルカはね、まだ一度も恋をしたことが無いんだよ」
「それはなんとなく察したよ。自分を女として見てくれない、とか嘆いていたしな」
「だから、たぶんどうしていいかわかってないよ。服を脱ごうとしたのだって、君にどこまでしていいのかがわからないからだと思うよ。だから、嫌ってあげないでね?ルカは、勇者くんのこと本気だから」
最後にあどけない笑顔を浮かべたクルモ。さっきまでとは随分と違う、向日葵のように明るい笑顔だ。
「いつからなんだ?過去を見られるんだろ?ちょっとでいいから、見てくれないか?」
「わかったよ。……へー、ふふふ。ルカこんなことしてたんだ。うへへへ──」
クルモが目を閉じて涎をボタボタと溢している。魔王城の魔族は、涎を垂らすのがブームなのだろうか。
「お、おい、何してるんだよ。早く教えてくれよ」
「えっ?誰が教えるなんて言ったっけ?」
「お前騙したなぁぁぁっ!」
「騙してなんかないもんねーだ!あほあほ、バーカ」
わー、とわざとらしく叫びながら部屋の隅に走り去っていく。そこで、体育座りで待機していた。
対応に疲れて追う気にもなれないミコトは、机に伏せた。
「勇者ぁ!料理作って来たぞ!──ってクルモ!なんでここにいるんだ!」
「この男が僕を襲ってきたんだよ!『ロリっ娘だぁ、ぐへへへ』ってさ!」
「俺はロリに一切興味はない!」
検討違いの否定をするミコト。ルカは、ゆったりと運んできた料理をテーブルへ置いた。見た目と匂いは、とても美味しそうだ。
「クルモよ、嘘をつくでない。勇者は私の胸を凝視する変態だ。クルモのような凹凸のない体には反応すまい」
「フォローになってねぇ!」
「凹凸がないとか言うな!気にしてるんだぞぉ!」
ミコトとクルモが口煩く叫んでいる間、ルカはナイフなどの食器を配膳している。
「クルモも食べよう。今日は私が作ったのだ」
「ルカのご飯!?久しぶりだよね!楽しみだなぁ!」
「そんなに美味しいのか?」
「暫く包丁すら持っていなくて多少腕は落ちているだろうから、出すのは少し憚られたのだがな」
「ルカはそこらへんの料理人よりも数段腕がいいんだよ。自信を無くして辞めていった魔族も何人いたことか──」
「やめてくれ、悪いことをしたみたいではないか」
悪いことする代表だろ、とミコトが呟くと、ルカが不機嫌そうに頬を膨らませた。
「勇者は食べるなっ」
「美味しいな!こんなの初めて食べたぞ!」
「もう食べているではないかぁ!」
「うーん、美味しっ♪」
──勇者、魔王、参謀の三人による、仲睦まじい食事風景だった。