魔王ルカの告白。
嫁に近づいた瞬間。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ミコトは、まさかの告白という告白に驚いた。
「いや、訳わかんねぇし。第一、なんで俺が魔王に好かれなきゃならないんだよ。俺は魔王を殺そうとしてたんだぞ?」
「わかっておる。だが、私を女として見てくれるのは、勇者アマツチ・ミコトだけだった」
「どういうことだ?」
怪訝そうな顔でミコトはルカへ質問する。
「えっ!?勇者、もしかして心当たりはないのか?」
「あぁ、無いな」
「これっぽっちも、なのか?」
「これっぽっちも、だな。あ、いや、魔王の胸は女らしいよな」
ルカは思わず自分の胸を隠した。ミコトの視線がいやらしく変わっていたからだ。
「私が化粧してたことに気づいてくれたのは人生で勇者だけだったし、髪飾りだって褒めてくれたではないか!」
「んー……あ、そんなこともあったなぁ。珍しかったからな。城の中の奴等には何も言われなかったのか?」
「あ奴等は女性の変化に無頓着なようでな。私から言ってやっても反応が薄かったのだ」
「なんか、ドンマイ」
悲しそうな顔をするルカに、ミコトはそれしか声をかけられなかった。
ルカが続ける。
「似合ってるとか、か……可愛い、とか、褒めてくれたのを、私はしっかりと覚えている」
「魔王あれだ。どうでもいいことを覚えてしまうタイプだな」
「私にはどうでもいいことではない!魔王だと言われ続けて、誰も私を一人の女としては見てくれなかった!初めてだったのだ、勇者がな」
「反応に困るんだが……。まぁ、魔王ってのも意外と辛かったっぽいな」
「つ、つまりな……」
ルカがミコトへ歩み寄る。背伸びまでして、ミコトに顔を近づけた。顔は熱を帯びている。
「私は、魔王ではなく女として、ミコトを一人の男として好きになってしまったんだ」
ゆったりとした口調で、ミコトの脳内へしっかりと残すように耳元で囁く。
ミコトは、自分の顔が熱くなっていくのを実感した。ルカの言葉が頭の中で反復する。
「だから!」
「うるさっ!」
「あ、わ、悪い!耳元で叫ぶのはうるさいよな……」
しゅんとした面持ちで2、3歩ミコトから離れる魔王。
「だ、だから……だな。その──」
ルカはもじもじと指を絡ませ、言葉に迷っているようだ。
ミコトには、その様子がとても可愛くて、じれったく思えた。
「わ、私の嫁になってくれ!」
「むり」
ミコトは即答した。呆れた、といった感じに溜め息を吐く。
ルカは、口をパクパクとさせている。言葉が全く出ていない。
「な、なぜだ勇者!あれか!?私が魔王だからか!?それとも、あの女二人のどっちかに惚れているのか!」
「答えは前者が当てはまるが、主だった理由はどっちでもねぇよ。“男”の俺が“嫁”になれるかっての、あほ」
「──あっ!し、しまったぁ!なんで……なんでこんなに私はいつも詰めが甘いのだ」
「知らないし、そもそも詰んでないし」
一周回って冷静に受け答えするミコト。ルカはと言えば、彼の前で項垂れている。
ミコトにとっての女僧侶と女魔法使いは、いわゆる仲間でしかない。それ以上でも、それ以下でもなかった。
ルカか勢いよく立ち上がって、ミコトに詰め寄る。
「そ、それじゃあ!私の婿となってくれ!」
「それも無理だな」
「どうして!?」
「今はこうして話しているが、あくまで俺たちは敵だ。その頂点の魔王と勇者だぜ?俺達が結ばれちまったら、俺は確実に人間側に捨てられる」
「確かにそれはいかんな。同胞のいない世界とは、なかなかに寂しいものだと聞くしな」
ルカは必死に案を模索している。
(どうして誉められたくらいでここまでなるのかは知らないが、魔王はたぶん本気だ。今まで俺に優しくしてくれていたのが証拠だな。だったら──まぁ、俺も案は出してやるか)
ミコトは妥協策を提案する。
「この件は一旦保留にしよう」
「またそうやって逃げるのか、勇者!」
ずびし、とミコトに指を差すルカ。
「違う、最後まで聞け。一ヶ月後に近くの国で祭りがある。魔王は人間の国に行っているらしいから、バレることはないと思う。だから、俺とそれに参加しよう。その時までに俺をオトせたら、俺は嫁になってやる」
「落とすというのは、この魔王城からか?」
天然なのかよ、とミコトは呟く。
「バイオレンスだな。オトすって言うのは、魔王の力だけで俺を魔王好きにさせるってことだ。力っていうのも、もちろん魔法の力じゃないからな?」
「つまりは、私の魅力で勇者から好きだと言わせればいいのだな?」
「まぁ、そういうことだな。もし俺が魔王のことを好きにならなかったら、その時は綺麗さっぱり諦めてもらう」
ルカが、むっ、と顔をしかめた。
「それではぬるい。もしダメだったら、私は自害する。勇者と会えないなど、私には耐えられない」
「なんでそこまでなったかなぁ……」
ミコトは困ったように頭をかいた。
彼自身、女性に好かれるのは嫌いではない。しかし、その事実が信じられないのだ。
元の世界では、女性関係とは全くの無縁だった。男友達で集まって、バカ騒ぎをしていたにすぎない。
女子を敬遠していた訳ではないのだが、むしろ女子から敬遠されていたのかもしれない、とミコトは考えている。特に根拠はないので、ただの被害妄想だ。
事実としては、彼に好意を寄せる女子生徒はそれなりに多かった。話せば気さくで、女子の変化に気が向く男だ。好き、とまではいかなくても、気になる、という女子が大半だった。
顔はかっこいいとまではいかなくても、整ってはいる。勉強もスポーツもすればそこそこできる。外見でも、嫌われる要素は無かった。
それでも、好意を持つ女子同士が互いを牽制しあい、結局想いを伝えることができないままに、天土命は彼女達の前から姿を消した、というのが彼に女性経験がない理由だ。
その彼に、今は一人の女性が想いを寄せている。それも、ストレートに想いをぶつけられた。
ミコトとしては、それに対する彼なりの答えが見つかるまでの一ヶ月なのかもしれない。すぐに答えが出せるような状況ではないのだ。
自分達は魔王と勇者、敵同士だ。確かに自分のタイプの女性だとしても、勇者としての建前が即時回答を許さなかった。
「私は勇者が望むことならば、なんでもしよう。それくらいの覚悟がある。それくらいの好意があるのだ」
ミコトは、ルカのいつになく真剣な顔に困り果てていた。
いつもなら剣で切る直前で攻撃されて、みっともなく退却するだけの関係だ。
それが、この魔王の告白によって、男と女という関係が成り立ってしまった。ミコトにとっては、女性として意識せざるを得なくなってしまうという、最悪の状況なのだ。
「わかった。それじゃあ、まずは夕飯を用意してくれないか?もう日が暮れてきたし、腹が減った」
「それもそうだな」
魔王の指パッチンで、メイドゴーストが出現する。そこで、ミコトはメイドゴーストを手で制した。
「俺は、魔王の作ったご飯が食べたい」
「私がご飯を作っても良いのか!?」
「俺をオトすんなら、それくらいやってくれないと」
どこか楽しくなっているミコトが、そこにはいた。
「そこで待っていろよ!とびきり美味しいのを作ってやるからな!」
「期待してる」
ルカはメイドゴーストを引き連れて、部屋から走り去っていった。
『あうっ!』
部屋の外からルカの叫び声が聞こえた。その瞬間から、ミコトは一気に心配になる。
「はぁ……」
──自分がルカを心配していることを、ミコト自身は気づかなかった。