勇者ミコトの敵対心。3
まだまだ嫁には遠い。
ケーキを食べ終わり、ミコトはルカがケーキを食べている姿を眺めている。潤いたっぷりの唇に真っ白なケーキが吸い込まれていく様子を見て、あらぬ妄想をしている。
ルカはその視線に気づいたのか、ケーキのお皿を持ってミコトに背を向けた。耳が赤い。
「そんなに見るでない。は、恥ずかしいではないか」
「あ、悪い。つい見とれてしまってな」
「そ、そそそんなことを言うな!わぁっ!」
何を焦ったのか、ルカはケーキの乗った皿を床に落とした。破片が散らばり、中心には潰れた白いクリームが鎮座している。
ルカが指を鳴らすと再びメイドゴーストが現れて、全てを掃除して消えていった。
「私のケーキがぁ……。最近太ってきたから止めろ、と言うことか」
「魔王太ったのか?むしろ痩せて見えるけど」
「世辞など言うでない。最近お腹に肉がついてきてな」
「そうなのか。痩せ過ぎよりは、魔王くらいの方が好みだけどな」
「ほんとか!?」
「あぁ、だから詰め寄るな。目の保養になる」
大きく揺れる胸にミコトの視線が吸い寄せられる。それがわかったのか、ルカは自分の胸を隠した。
実際、彼の好みは“ぽっちゃり以下のむちむち”だ。
巨乳で、柔らかな太股で、全体的に痩せぎすという訳ではない。顔も童顔で、顎のラインも残る程度に肉つきがいい。体型的には、ミコトの好みを体現したのが魔王ルカである。
顔ももちろん良い。白銀の長い髪はサラサラと流れるように滑らかだ。赤い瞳は威圧的なものを感じるが、それよりも美しさが勝る。
魔王だと知らなければ、ミコトは確実に一目惚れしているだろう。
「ほんとか、そうか。勇者の好み、なのだな……」
「敵の魔王にお世辞言ってどうするんだよ。俺ごときに褒められたくらいで、にやにやするな」
「勇者はごときなどではない!」
ダン、と大きな音を立ててテーブルを叩くルカ。その目はミコトを睨みつけていた。
ミコトは突然ルカが怒ったことに、口を開けて唖然としている。訳がわからない。
ルカは我に返ったのか、ミコトから視線を反らす。顔には後悔の色が漂っている。
「すまない、勇者」
「なぁ、なんなんだよ一体。俺に優しくしたり、今みたいに怒ったり。いつもの余裕はどうしたよ、随分と不安定じゃないか」
「それは──今日は寝不足なのだ」
ミコトはそこでようやく、ずっと気になっていることを訊く。
「さっきから思ってたんだけどさ、何を誤魔化してるんだよ」
「ご、誤魔化してなどいない!私はいつも正直に話しているぞ!」
「魔王に正直なんてあるのかわかんねぇけどな」
ルカは両手をぶんぶんと振っている。
ミコトはその様子を愛らしく思うが、彼女は魔王であると自分に言い聞かせた。
「いい加減腹割って話そうぜ」
「ここに勇者の剣のような刃物はないのだが──」
「誰が腹切りって言った。隠し事無しに、ってことだよ」
「えっ?──無理無理!絶対無理に決まっておる!な、なんで勇者に魔王である私の情報を話さなければならないのだ!」
「そんな事言ったって、魔王の様子がおかしいのは明らかだしな。なんか理由あるんなら、言った方が楽になるぜ?俺も敵として、なんとなく気になるんだよ」
「だって……恥ずかしいし──」
「言いたくないのか?まぁ、それなら別にいいんだけどな」
魔王とは、威厳があって高圧的で、ミコト達勇者をゴミ同然に扱う、極悪非道の塊だと思っている。
今まで魔王城に乗り込んだ時に、それらしくない態度は思い当たる節がある。
例えば、いつもすっぴんの魔王が薄く化粧をしている時もあったし、勇者達が来ることを喜んでいた時もあった。
だがそれは所詮、人間を欺く為のものであるはずだ、とミコトは思っている。
いつも玉座から立ち上がり、豊満な胸を張って偉そうな口調で攻撃する──そうだった。
しかし、ルカのやけに乙女な顔を見ると、ミコトは彼女の存在を疑ってしまう。
「いや、言いたいか言いたくないかと言えば、もちろん言いたい。だが、もしこれを言うと、魔王と勇者の関係が崩れてしまいそうで」
「いいじゃん、言ってみろって。どんなことがあっても、俺が勇者で魔王は魔王だって事実は変わらねぇからよ。さすがに、死んでくれ、とかなら変わるけどな」
「ほんとか?」
うー、とルカは唸っている。
何かを考えるように目を閉じて、顎に手を当てる。ミコトはじっと、回答を待つ。
そして、ルカは決意したように重たい口を開いた。
「わ、私は──」
そこから放たれた言葉は、ミコトにとって予想外で、衝撃的で、彼の決断次第で今後の運命を左右するものだった。
「私は!勇者が好きなんだ――!」