勇者ミコトの敵対心。2
ミコトは再び目を覚ました。今日はもう二度めだ。起きるのが億劫になって、そのままの状態でまた状況を考える。
ミコトが気絶した原因は魔王だ。それには絶対的な記憶が残っていた。自分はぶっとばされた、これは鮮明に覚えている。
彼はまた横になって寝ていた。石の床の上で頭だけが温かい。おそらく膝枕だ。
まだ涎は垂れてこない。つまり、魔王は今さっき寝たばかりなのか、それとも起きているかの二つに一つだ。
だが、その賭けをミコトは利用した。
自分の頭の下にある柔らかな白い肌を求めて、彼の手が動き出す。スカートの中へ浸入し、そして──触れた。
驚くほどに柔らかく、吸い付くような手触りだ。触るだけではもの足りなくなったのか、ミコトは少し揉んでみた。手に籠める力を弱めたくないほどの気持ちよさ。
「太股フェチなのか?」
どうやら魔王は起きていたようだ。賭けには失敗。この先には、おそらく死あるのみ。
なぜこんなことをしたのか、ミコトは後悔した。命と太股を触ること、天秤にかけたら重いのは迷いなく命。馬鹿だ。
「すまなかった!」
彼は咄嗟に飛び起きて、そのまま土下座を決めた。このまま石膏で固めれば、美術展すら開けるかもしれないほどに、芸術的な美しさが溢れている。
プライドは、剣と共に折れてしまっているようだ。
「さすがに胸なら怒るが、太股ならギリギリ緩そう」
「ありがたき幸せぇ!」
死なないだけでもマシだ。勇者が魔王城に長時間滞在している、という事実は死よりも辛いはずなのだが。
「もっと触っててもよかったのに……」
「ん?何か言ったか?」
「なんでもないっ!以後気をつけてくれ」
「あぁ、悪かった」
魔王、もといルカは残念そうに自分の太股に視線を落とした。
「私の太股はどうだった?」
「それはもう、大変よろしゅうございました。星の砂のごとくキメ細やかな肌は柔らかく、思わず舐めたいと思ったほどでした──はっ!?」
「勇者は、変態なんだな」
「違うっ!違うんだ!」
ルカは冷たい視線をミコトに浴びせている。このまま浴びせ続ければ、おそらくミコトは凍え死ぬだろう。
「まぁ、舐めたいというなら、舐めさせてもいいんだが……」
「はぁ?」
勇者ミコトの冗談のような本気を、許容する魔王ルカ。相当なまでに器が広いとしか思えない。
「い、いいのか?」
そして全く遠慮しないミコト。相当なまでに器が変態としか思えない。
「い、いや。ダメに決まっているだろう」
「だよなぁ……」
肩を落とすミコト。その姿に呆れたのか、はたまた同情したのか、ルカはスカートをたくしあげて、
「い、一度だけだからな!」
「魔王、本気で言ってるのか?」
「ルカ・デュレンディールゼインだ。デュレンディールゼインと呼んでくれないと、させないぞ」
「デュレンディールゼイン!」
「ひゃい!」
即答するミコト。どうやら完全にスイッチが入っているようで、おそらく誰も止められない。
いつも理性的な彼でも、本能が勝る時だってある。それは仕方のない現象なのだ。
何故か返事をしたルカは、緊張しているのか表情が固い。
「大丈夫、すぐに終わるから」
「ほ、ほんとに一度だけだからなっ!」
「そこまで言わなくてもわかってる。さぁ、するぞ」
顔を近づけて、一舐め。やりやがった彼は、確実に変態の烙印を押されたに違いない。
「あぁん……」
妙に色っぽい声を出したルカ。顔は赤く上気して、体はぞくぞくと震えている。
「悪い、魔王」
「デュレンディールゼイン、だ」
なんだか妙にしっとりとした雰囲気に包まれた室内。ミコトもルカも、余韻に浸っている。
「なんで魔王にこんなことしてしまったんだ!」
ミコトの理性が戻ってきて、自分のしたことを嘆く。魔王が許した事なので殺されはしないだろうが、良いことだけは絶対に起きないと思っていた。
舐めたついでに、白のパンティを見たことだけは絶対に伏せようと心に誓う。
「舐めてみてどうだった?」
「大変良い味でした──まただっ!」
「私もなんであんなことさせたんだろうか……」
各々が自分の行動を省みて、後悔の念に駆られる。
「そういえば、結局俺によくしてくれる理由はなんなんだ?今だって許してくれたし」
「しゅ、宿泊客をもてなそうという心意気だ!」
「にしては随分と過激だな。スカートをたくしあげた時にはパンチラのサービスだって──しまったぁ!」
思わず口を滑らせたミコト。その目には、黒いオーラを発する魔王の姿が映されている。
「見たのか?」
「いや、あれは事故というかなんというか。目に入っただけなんだ!俺が故意に見たわけじゃない!見たい訳じゃなかったんだ!」
「見たく、なかったのか……」
黒いオーラが一瞬にして消えた。
何事だ?とミコトがいぶかしんでいると、悲しみに顔を染めたルカが口を開いた。
「私のパンチラは見るに値しないのか。そ、それならブラはどうだ?きちんと全て見せるぞ」
「服を脱ごうとするのをやめてくれ。というか、お前はなんでそんなに俺の要求を飲もうとするんだ?客をもてなすには、些か度が過ぎてないか?」
その発言に、ルカは分かりやすく焦る。
「うっ!そ、そんなことはないぞ!魔族では当たり前だ!」
「そうなのか。だったら俺達パーティが来た時ももてなしてくれたらよかったのに……」
「お前達だって殺しに来てるんだ。こっちだけ呑気に紅茶と茶菓子を用意するわけにはいかないだろう」
「逆に魔王が紅茶用意してたら驚くわ」
ルカがふと、何かを思い付いたように玉座へ向かった。
「んしょ」
「玉座開くのかよ!?」
座る部分が持ち上げられ、そこから大きさを無視した大きなテーブルが出てきた。さらに椅子2脚もルカが取り出す。
「まぁ座って話そうではないか。紅茶と茶菓子も用意しよう」
ぱきん、とルカが指を鳴らすと、どこからともなくメイドが現れて、ケーキと紅茶を用意して去っていった。
(今、俺って確実に姿見られたよな?)
「あやつはメイドゴースト。私に忠実に仕える者で、意思もないし記憶も残らないから安心してくれ」
ミコトの考えを読んだかのように、ルカがさっきのメイドを説明する。彼がここにいるとはバレないようで、それが一番の救いだった。
小腹が空いていたミコトは、ケーキに手を伸ばして思い止まる。
(今まで俺に優しくしておいて、油断させて毒殺とか考えられる。相手は魔王だ、警戒して悪いことは起きないはずだ)
ケーキに目を凝らして、怪しい部分がないかを探す。見た目には何も疑うことはない。
「食べないのか?私のお気に入りなのだが──」
「毒とか入ってないか?」
「勇者は私を疑うのか?酷いな……」
「そりゃもちろん勇者と魔王は敵対関係であって──わかったわかった、食べるから泣かないでくれ。俺だって泣きたいんだ」
魔王城に泊まることでな、とミコトは付け加える。
ルカは両目から大粒の雫が、紅茶に向かって垂れ落ちている。おそらく、紅茶はもう塩風味。
ミコトは仕方なしに右手にフォークを持って、ケーキを一口。久々に食べた甘味に感動を覚える。
「美味しいな」
「だろ?わざわざ私が人間の国に行って、自分で買っているのだ。美味しい物しか買いたくないのでな」
ミコトは、ルカの笑顔に戸惑う。これが魔王でなければどんなに幸せか、と改めて感じる。
(ここで暮らしてもいいかなぁ──いや、ダメだ絶対ダメだ)
勇者としての決意が、だんだんと揺らいでいく。