第七話
「敵機直上!!!急降下!!!」
赤城の艦橋は凍り付いた、
丁度戦闘隊を発艦している最中だったからだ、
そして狙われたのは蒼龍、
この時南雲機動部隊の司令部の脳裏にインド洋の悪夢が呼び起こされた、
誰もが祈る、避けろ、避けてくれ、
もはや急降下に入った艦爆を迎撃するのは不可能、
対空砲火でなんとか射線をずらして舵を切って回避するくらいだ、
しかし、ダイブブレーキを装備しているのは艦爆だけとは限らない、
奇跡的な快調水冷発動機を目一杯全開にしてダイブブレーキを開く戦闘隊もまた、
その空に居た、
『Es war schade』
艦爆の機体下半分に隠れながら確実に弾を叩き込む、
戦闘機が艦爆を追いかけている、
誰もが我が目をうたがった、
「馬鹿な!?空中分解するぞ!?」
源田が急いで双眼鏡をのぞき込む、
対空砲火をあげる蒼龍の後方に水柱を確認すると先ほどの戦闘機を探した、
「何だあの戦闘機は………」
スラッとした水冷特有のスマートな機体だった、
一瞬頭によぎるのは十三試艦爆、
しかしあれは複座で中翼、
おまけに機首にラジエーターがある、
様々な機体のシルエットを思い出していると艦橋に入電が入った、
『我攻撃ヲ受ク』
二つの急降下爆撃隊およそ20機に狙われた隼鷹は皮肉にも当初の目的だった囮には成功した事になる、
しかし上空は空っぽなので急遽南雲機動部隊へ向けたA6Nを呼び戻しさらに攻撃隊護衛の帰りの一式陸戦にも召集をかけた、
この時隼鷹艦橋では南雲機動部隊へ向けた一式陸戦隊はまだ戦闘中として認識されており、
エンタープライズから発艦した最後の攻撃隊がたまたま針路上にいた隼鷹を南雲機動部隊と勘違いしたのだ、
しかし近付いてみると南雲機動部隊のどの艦にも当てはまらないシルエットで確認のために母艦へ報告しようとしたその時に隼鷹護衛のため第六戦隊所属の重巡青葉の対空砲火が運悪く始まった、
既にヨークタウンもホーネットも傾斜と浸水が激しく曳航作業を行っている最中であり、
最後の一太刀と20ばかりの小さな二つの爆撃隊は目標を隼鷹と定めたのだ、
「駄目だ間に合わない」
A6Nを呼び戻したはいいが、
とてもじゃないが爆撃隊の迎撃には間に合わない、
帰りの一式陸戦は燃料と機体の数が不安要素、
栗城の額の汗が一層ひどくなった、
南雲機動部隊上空にいるミエール隊も既にこちらへ向かっていたが艦橋の慌しさから見逃されていた、
急降下の甲高い音が空を覆う、
石井艦長の必死の操艦で第一波第二波と避けていく、
しかし隼鷹は元々は改装空母、
速度も正規空母と比べれば遅い、
とてもじゃないが連続した爆撃を避けるわけにはいかなかった、
護衛の第六戦隊や第十八戦隊、さらに六水戦の対空砲火にて迎撃するも阻止出来ず、
爆撃を許す形となってしまった、
「敵機直上!!!急降下!!!」
「とーりかーじ!!!」
爆弾が落ちてくる時、
たまに人は当たると勘が騒ぐ時がある、
「当たる………」
丁度こう呟いた栗城のように、
大小三つの爆弾がゆっくりと隼鷹に落ちてくる、
そして、
「………あれ?」
艦尾の飛行甲板にかろうじて命中した小型爆弾が炸裂した、
艦橋の横、艦首にめり込んだ爆弾は、
ただただ無言の威圧を放つばかりだった、
と同時に太陽を背にした第四波爆撃が始まった、
弧を描く回避行動でたまたま近くにいた第六戦隊の加古と衣笠が対空砲火にて急降下の阻止を行うが失敗、
完全に光に包まれて照準や発見は困難だった、
一方で第十八戦隊も機銃による援護を行うも失敗、
六水戦もまた対空砲火を形成するも効果は無し、
第四波攻撃は三発の爆弾を隼鷹へ叩き込んだ、
飛行甲板は歪み火災発生、艦橋は衝撃波により窓ガラスが吹き飛ばされていた、
「………君の出番だ」
「………はい」
顔をガラスの破片で切ってしまった原はゆっくりとした口調で栗城に話しかけた、
栗城も何を意味しているのかそれを汲み取るとすぐさま通路の奥へ走っていく、
「艦長被弾は気にするな、うちには直すプロがいるからな」
「さ、さようでありますか」
やがて爆撃隊か空から消えると今度はA6Nや一式陸戦に埋め尽くされた、
ミエール隊はまだ帰艦途中だがほとんど揃っている、
隼鷹を心配そうに上空を旋回し周りを警戒していた、
一方で送り狼として発進していた第六戦隊の古鷹の水偵が筑摩の水偵に続き丁度敵機動部隊に接触、
誘導信号を出していた、
「速いもんだな、もう火が消えてる」
感心していると甲板に木材などが運び出され穴の空いた箇所の木材を取り外しにかかる、
まだ内部で煙がいぶるこの状態での作業である、
米空母には負けるがそれでも日本海軍では速い方の復旧である、
その後は、
南雲機動部隊による第二次攻撃でヨークタウンが撃沈、
エンタープライズは大破するも海域を脱出、
ホーネットは漂流していたところを伊168に発見された、
ホーネットの発見により隼鷹は戦闘隊収容後は南雲機動部隊へ合流、
派遣された戦艦二隻を主軸に、
第六戦隊、第十八戦隊、六水戦は現場へ急行、
夜戦覚悟で突入するも既にもぬけの殻で、
ホーネットの処理についてひと悶着があったくらいだった、
もっとも、ホーネットの回収に大きく傾くのは栗城による発言、
「うちは一応艦上航空隊なんだよなぁ………」
の余計な一言が大きいと言われていたり、
山本五十六の空母戦力確保など様々な情報がある、
さらに第二八〇海軍航空隊は初の試みである水冷の統一へと動き出し、
愛知の一式陸戦と彗星が試験的に配備される事になる、
「次の辞令が届いたぞー」
「今度は北ですか?」
「逆の南だ」
「また呉ですか?」
「いや、舞鶴から佐世保だってさ」
「?」
「とにかく行ってみなきゃわからないか、みんな荷物をまとめろよー」
「はーい」
「訓練生には申し訳ないがしばらくは九六艦戦二機で我慢してもらうか………」
昭和十七年九月
辞令
蜂鷹ヘ異動セヨ