第五話
昭和十七年五月二十日、
この日、呉の航空基地には大量の機体が集められていた、
航空基地と言ってもバッテンのように重なり合った短い二本の滑走路がある正方形の土地である、
その正方形の土地に大量の機体が並べられていた、
一機一機を板を並べて横幅を確保している小さなボートに乗せて空母の近くまで持っていき、
空母のクレーンで甲板に並べられエレベーターで格納庫に詰め込んでいた、
「訓練も殆ど無しですか」
艦橋では日程の確認を行っていた栗城がそう呟いた、
その向かい側に立つ大柄な男はただただ黙り込んでいた、
「………せめてあと一ヶ月くれれば我が航空隊も物になるんですけどね」
「………その頃には我が五航戦の航空隊も翔鶴も復帰するだろうな」
そうですかと物思いにふけた顔を再び書類に向ける、
エレベーターがまた一機戦闘機を飲み込んで行く、
大柄な男は私も一応上には掛け合ったと呟くと栗城は思わずため息をついた、
「長官の決定だ、もう曲げれないだろう」
「困りましたねぇ………」
いかんせん第二八〇海軍航空隊は二人を除いてはほぼ実戦経験なしのひよこ部隊、
一方の被害はあるものの五航戦の航空隊はちゃんとした熟練部隊、
むしろこちらに機体を渡すべきなんじゃないかと栗城はどんどん深く考え込んでいた、
「とにかくだ栗城少佐、我々はミッドウェーで上空の援護が最優先だ」
「わかっております原司令、出来ることはします」
夏の炎天下、工事の音でうるさい艦橋を横目に、
エレベーターがまた一機戦闘機を飲み込んで行く、
翌日、呉に水雷戦隊が到着、
護衛のために第四艦隊からわざわざ引き抜いた老兵たちが集う第六水雷戦隊、栗城からはもっぱら低評価だった、
「こう言っちゃ失礼かもしれませんがいささか頼りないですな」
この時第六水雷戦隊の広島湾入港に気を取られ大和と反航ですれ違っているため、
あとから艦長の石井大佐には呼び出しが届くことになったのはまだ誰も知らなかった、
そして護衛のために整備点検休暇中の第六戦隊と第十八戦隊も引き抜かれることになる、
ちなみに栗城の日記にはこう書かれている、
『特設航空艦隊』
実際今回の海戦が終われば栗城たちは再び航空基地へ戻され、
第六水雷戦隊は第四艦隊へ、
第六戦隊は南方へ、
第十八戦隊も南方へ、
そしてこの空母隼鷹も別の部隊へ、
「せめて離着艦の訓練だけでも完璧にしませんとね」
「ある程度はできているがやはり機体が跳ねてるな」
「危なっかしくてもう見たくないですね」
「航空隊の司令だから直視しろ」
「嗚呼予備部品少ないのに…」
日記にはここ数日間は飛行甲板に行くだけで腹痛が起きたと記されており、
整備目線からの着艦の荒々しさに心を痛めていたようだ、
「コラー!!!着艦が荒いぞやり直し!!!」
「一航戦の方から女子は大丈夫かと届いてるぞ」
「大丈夫も何も珊瑚海経験者ですから!!!」
「なら大丈夫かな…」
ストレスで日に日に言動がおかしくなる栗城を心配してか原はたまに酒をすすめるようになった、
実際部屋のタバコの受け皿は盆栽並みの芸術品に生まれ変わろうとしていたし、
部屋の床には鉛筆の削りカスが散乱していた、
昭和十七年五月二十七日
柱島泊地より出撃、
昭和十七年六月二日
潜水艦による哨戒線にて敵機動部隊らしきものを目撃、
昭和十七年六月五日
南雲機動部隊がミッドウェー北西に到着、
運命が大きく回りだした、
そんなことも知らずに原率いる特設航空艦隊はミッドウェー北方に展開していた、
丁度、敵機動部隊と南雲機動部隊の中間に食い込もうとする形であった、
ミッドウェー海戦の、始まりである