理解不能な彼女
思えば初めて会った時からおかしな奴だった。
初対面の時には俺の顔を見るなり奇声をあげ、次に拳を振り上げ、そしてその顔に満面の笑みを浮かべて。正直幼いながらも「あ、コイツやばい」なんて冷や汗だらだらになったものだ。
『はじめまして!あたしはひいらぎみさ。これからどうぞよろしくね』
『は、はじめ、まして』
初対面の少女に差し出された小さな手のひらをとることを戸惑ってしまったのは後にも先にもこれが最初で最後であろう。だが親の手前これから関わっていくであろう少女を蔑ろにすることなど出来なかった幼い俺。
もし当時に戻れたら。そうだな、出会いからやり直したいかもしれない
「・・・あのときは俺も若かったなぁ」
「どうしていきなり年寄りみたいなことゆってるの?ひなちゃんまだ若いよ」
いつの間にか出した湯飲みを片手に件の少女、腐れ縁の幼なじみである柊美沙が首を傾げた。おいその茶葉俺が楽しみに隠してたやつだろ勝手に飲むな
「ひなちゃん言うな。そして何の用件だ。俺は見ての通り忙しい」
「やだぁ。ひなちゃんが忙しくない時なんてないでしょ」
「わかってるなら用件を言え!残り3秒以内に言わないなら放課後まで手伝わせてやる。あと俺にも茶寄越せ」
「流石生徒会長、素直に私のお茶が飲みたいと言えな・・・はいはい睨まないで。用件言うから。あのね、ひなちゃん明日一日暇をとって私に付き合って欲しいんだ」
新しい湯飲みに茶をいれながら「お願い☆」と片目をつむる。可愛くないぞ。
俺の反応が面白くなかったんだろう。頬をまあるく膨らませて上目遣いで睨んできた。
あっはっは、喧嘩売ってるのか?今なら言い値で買ってやろうじゃないか・・・と笑ってやろうかとも思ったがこの幼なじみからの頼み事なんて珍しいことこの上ない。普段どんなに困難なことがあっても頼む、なんてまどろっこしいことしないで人を巻き込んでいくタイプだ。それがわざわざお願いしてくるとは。
・・・十中八九今までよりも厄介なことしようとしてんだろうな。
「・・・理由次第では考えてやらんこともない、な。どうせ明日は仕事なんぞ一切やる気はなかったし」
机の上に積み重なる書類に目を向ける。別に職務怠慢でこんなに書類があるわけではなく、今日一気に片付けて一週間ほど何もせずに過ごそうと考えていただけだ
書類から幼なじみに目を戻せば、なにやらもじもじしている。え・・・これは、予想外
「ど、どうした」
天変地異の前触れか?
「なんでもない!・・・あ、明日、どうしても見たいものがあるんだけど、流石に一人で見るには勇気がいるからついてきて欲しいんだ。別にひなちゃんじゃなくてもいいんだけど、ほら、朝一から学校に来て不思議がられない知り合いってそんなにいないから」
ツンデレ、だと…
「朝一からじゃないとだめなのかよ」
めんどくさい、と顔に出ていたんだろう。「だめなの!」と怒り出す美沙。ふうん、いったい何を見る気だ?まさか朝日とか言わないだろうな
内心恐々と見ていればいきなり湯飲みを俺の机に叩き付けた。
「当然平日だから授業時間とかはいいんだけど、朝と休み時間と放課後は付き合ってね。じゃ、明日5時前には向かえにいくから!ばいばい!」
「ちょ、まだ了承してねぇぞ!!」
大きな音を立てて閉まるドア。騒がしい音が遠のいていく。えー・・・。
右を見れば積み上がった書類。左を見れば中身がこぼれた湯飲み(いつか復讐してやる)。下を見れば書きかけの書類。ほかの生徒会役員が不在の為静まりかえった生徒会室。怒鳴った体制で固まる俺。
窓の外から聞こえる運動部のかけ声を聞きながら、どこか虚しい気分に襲われて椅子に沈む。明日何があるのかいくら考えてみても結局思いつかない。なので、頭を振り思考を逃がす
どうせ明日になればわかることだ。今は、目の前の書類を処理してしまおうか。
「あーあ・・・あいつの考えることは何年たってもわかんねぇなぁ」
思えば初めて会った時からおかしな奴だった。そしてその印象は何年たとうが変わることなどなかった。
初めて会った時から幼子らしからぬ奇怪な少女は、今でも奇怪な少女のままで。成長して行動範囲が広がるとその厄介さは更に増した幼なじみに、いつも付き合っていたのは陽向だった
あの時は幼さもあって思い出すだけで赤面しそうなことを沢山したが、誰よりもあの幼なじみの扱いに慣れていると自負できるほどには一緒にいる記憶がある
そして、彼女の行動を楽しんでいる自分も確かに存在するのだ。
「くだらないことだったら殴るか」
だらけていた身体を起こして、目の前にある書類を片付けにかかった
ことを後悔した。むしろあの時綺麗さっぱり仕事を片した自分に疑問を抱くほどに、すごく後悔した。
俺、高瀬陽向は自分の背負う“生徒会長”という役職に誇りをもっている。
全生徒達の代表として選ばれたからにはその役職に恥じぬ行いを心がけようと誓っているし、その理念に反したことはない。ないったらない。
現に他の役員達との関係も悪くはないし、生徒からの評判だって良い方(美沙談)だ。
で、だ。どうして俺が言い訳がましく自分のことを語っているかというと…。
「何で生徒会長の俺がこんなことを・・・」
「ひなちゃん、しーっ!」
木の陰に隠れつつとある人物を待ち伏せしてます。美沙によればもうすぐ現れることは連日調べて確認済みらしい。おいそれ一歩間違えればストーカーだぞ。
嘆く俺に構わないのか美沙はじっとその場を動かず校門を見つめてる。頼む、美沙。美沙様。今すぐ俺の制服を掴むその手を離してください。
余談だが、俺の幼なじみは馬鹿力だ。軽く世の男のプライドをずたずたに出来るレベル。
「ところで、誰待ってるんだよ。お前もとうとう好きな奴とか出来たのか・・げふっ」
パ、パンチだと・・・っ
「可愛い女の子ですー。ひなちゃんってば馬鹿?」
女の子をにやにや待ち伏せしてる変態に馬鹿なんぞ言われたくない。
ただ、口出しすると顔面を狙った右ストレートが飛んでくるので大人しく目的の人物を待つことに。しばらくすると、美沙が目を光らせ身を乗り出したので視線を向ける。
校門から入ってきたのは一組の男女。仲良さげに話してる二人はぱっと見恋人同士のようだ。どちらも相当顔の造形が整っているので目の保養になんたらと言うか。
こことあちらの距離は近いので会話が聞こえてくる。気の強そうな、女子特有のソプラノが耳をうった
「もう、今日は迎えなんていらないって言ったじゃない」
「桃花はすぐ寝坊するから…」
間髪いれずに告げられた男子の言葉に、彼女は可愛らしくぷくりと膨れ、早足に校舎に向かっていった
「今日からはしない予定だったの!」
「あ、桃花!」
彼らはそのまま校舎に消えていく。特に意識することもない、他人の普通のやりとり。
一体彼らの何が目的だったのだろうと、隣を見やれば、期待するような目とぶつかった。キラキラと光る瞳は不気味な輝きを放つ
「な、なんだよ」
「ひなちゃん…今の女の子を見て、どう思った?可愛いとか、美人だとか、あわよくば押し倒したいとか?」
「変態じゃねぇか!」
馬鹿だろコイツ!あの短時間で初めて見た女子を押し倒したいとか思ったら人間として終わってんだろ!
「思ってないの?」
「美人だとは思ったけどな…あり得ないだろ。押し倒したいとか。」
美沙は些か気が抜けたようにふぅんと呟いて、ずっと掴んでいた腕を離した。どうしてあんな台詞が出たのか小一時間話し合いたいところだが、そろそろ教室に戻るべきかと追及は後回しにしよう。
反応の薄くなった美沙の腕を、今度は俺が掴んで引き摺っていく。
「なあんだ。だったら心配ないやぁ」
ぽつりと落とされた呟きは、俺の耳には届かなかった。
そのうち幼馴染み視点書きます。ここで自分に宣言。