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超常現象





エドウィンが向かった先は、ナドニスの中枢にある図書館だ。割と堂の入った古さである。聞くところによると、改修を重ね、千年近くナドニスが存続してきた館らしい。館内に入ると、新刊の本がまず展示されており、古本は館の奥まった所に保管されていた。歴史ある図書館だというのに、利用者はまばらで、その数少ない利用者もほとんどが高齢者が占めている。過疎化の影響の一端を見た気がする。


エドウィンは手頃な席を山程の本を積んで占領した。タイトルは、上から“マナス大地震126”“世界のオカルト現象厳選100”“アイリア歴史”“天変地異はこうして起こる!?”など占めて15冊。




「それ……、どうするんですか?」分厚い本の山に腰が引け、おどろおどろしく尋ねた。


「超常現象を解決せねばならないからな。事前調査は書かせないだろう。」さも当たり前のように言い放った口調には、最早アーノルドを意識の隅にも入れていない。


いや、マジで。いいの?コレ。直属の上官が職務放棄とは嘆かわしい。とはいえ、軽く正気から外れた上官を放っておくわけにもいかない。


アーノルドの所在も気になるが、よもやこんな田舎町で暴漢に襲われることも無かろうし、丸1日おいて山を下っても、エドウィンとエスラの体力なら追い付けるはずだ。まずはエドウィンの機嫌が直るまでは下手に動かないほうがいいだろう。午後一時過ぎに図書館に入り、エドウィンが本をとっかえひっかえしているうちに、外の景色は段々と暗くなっていった。エドウィンが選んでくる本も異色めいたものが増えてきて、マジック関連、古代の魔法、さる国のまじない、超能力etc.。自棄になりつつある様である。


もうそろそろ終わりにしません?何度この言葉を飲み込んだことか。


しかし、閉館時間も迫りつつある。一心不乱に読み進めているエドウィンに声をかけようかと悩んだとき……――、エドウィンが何かに反応した。


「これは……、」


抱えた本は随分と年季の入った古書だ。眉間を顰めて(ひそめて)、ページをくくる。

どうしたんですか?、と聞くのも憚られるほどの真剣さだ。


黙ってその様子を見守っていると、突然エドウィンが立ち上がった。そして、すぐそばにいた女性図書館員に「すまない、急用ができた。かたしてもらえるか」と机上に重なった幾冊もの本を指した。一般からみても相当上等な顔立ちをしたエドウィンである。女性館員は頬を赤らめながら一二もなく頷いた。


エドウィンは、礼を言い、図書館出口に向かい大股で闊歩する。エスラもそのあとを急いで追う。


険しい顔したエドウィンに、勇気を振り絞り、どうにか問うことができた。「いきなりどうしたんですか!?」


これに対し、一瞬で返答が返ってきた。


「クロノスを探すぞ。」思いもよらない答えに目を見張る。


エドウィンは、付け加えるかのように、「あいつに聞かなければならないことがある。」


「え?」


だって、今の今まで脳内から存在を抹消していたのに?必要ないってやけのように言ってたのに?


とめどなく疑問が溢れてくるが、エドウィン自身で、正気に戻ったのならそれにこしたことはない。


承知しました、そう言おうと口を開いたとき、悲鳴が聞こえた。


悲鳴の元は外から。初めは女の甲高い叫喚だった。次いで老若男女様々な悲鳴がきこえた。


「行くぞ。」


短く、端的な命令に、答えは一つ。「はいっ。」

図書館内を全力疾走するが、非常事態に誰も咎める声はない。


物々しい両扉を開けるのももどかしく、乱雑に跳ね飛ばしたとき、信じられない光景がそこにあった。


赤い塵。一目にはそう見えた。しかし、よくよく見ると、火の粉だ。空に無数に飛び交っている。


「火事、でしょうか。」

しかし、火の発生源はどこにも見当たらない。

「火、か。」


エドウィンは努めて平静にそう呟くと飛び交う火の粉を手で掴んだ。しかし、火の粉を掴んだところで火は消えるだけで、手の中には何も残らないはずだ。エドウィンは、火の粉の熱さに一瞬顔をしかめて、それから手を開いた。


思った通り、何も残っていない。火の熱さで、僅かに手に黒点が残っていただけだ。


だが、エドウィンは手の平に残る何かに気付き、注視していた。


「これは、ただの火の粉じゃない。よく見ろ。」


言われるがまま、エドウィンの手の平を見る。次は目を皿のようにして、見つめた。すると、限りなく微小な粒を発見した。小石なんてものじゃない、砂利のように小さな石粒だ。


「なんで、こんなものが……。」


「多分、砂利が火を纏って、ってことだ。」


「そんなことあるんですか!?」


「だから、超常現象なんだろう?」


言われてぐうの音も出ない。こんな摩訶不思議を私達が解決なんて無理だ。専門が違う。科学的に考えても不可能に近い。エスラの思考がネガティブに進んでいく。言い訳のように“だって”が積もる。


「サーティスッ!ぼやぼやするな!今は考えている暇はない、住民を屋内に避難させる。誘導するぞ。」


喝、の声で現実に戻った。そうだ、私達は超常現象を解決するために来た、何のために?この国に住む国民を守るためにだ。まずは、彼らを安全な場所に避難させねば、超常現象の解決なんて大それたことなど言ってられない。


「はいっ」


威勢良く応えたとき、第二の異変が訪れた。

空中を飛び交う火の粉が突然に動きが止まった。滞空したまま、漂う。そして、一つ二つ三つと火が集まってきた。瞬く間に、火の粉が小石くらいの大きさへと合体した。先刻より随分飛び交う火球は少なくなったが、その分大きさが増した。再び、火球は町を飛び交う。


「これは……、ヤバいな。……死傷者がでるぞ。」緊迫とした面立ちでエドウィンが言った。


それもその筈だ。火の粉と間違える程に小さかった石が、拳半分くらいにまで成長した。空を飛び交う速度というと、100キロの野球ボールを投げられたのと等しい。殺傷能力はさっきの比ではない。そして、先刻の様子からして更に合併して、大きさを増す可能性は充分過ぎるほどある。最早、一刻の猶予も残されていない。


「屋外は危険です!建物の中へ逃げてください!」

エドウィンが町民に向かって声を張り上げる。高齢者や怪我人の補助をしつつ、誘導をする。その間、徐々に徐々に火球は勢力を増す。いつの間に火球は人の頭ほどに成長していた。


エドウィンとエスラは火球の動きを見て誘導していたが、避けられないくらいにまで威力が上がってきた。


刹那、扉の前で入るのにもたついている老人に火球が飛んできた。老人は、火球が迫りくるのに気付いたが、竦んで動けない。


「危なっ……!」


庇うために走るが間に合わない。火球はすでに老人の目の前だ。


「あっ、あっ、あっ、………!」


恐怖で老人は、叫ぶ声もでない。ただ掠れた声で一定の言葉を繰り返すだけだ。


「駄目ッ!!」

お願い、間一髪で当たらないで。避けて。動いて。


エスラの祈りは届くことなく、吸い込まれるかのように老人の顔面へと向かっていった。


ガツンッ!


火球が衝突した音。


何と?


思わず目を見張った。


エドウィンが剣を抜き、向かってくる火球を抑えていた。威力は減殺すらもされていないが、老人を庇うには事足りる。


「早く中へッ!」


エドウィンは、切迫とした声で促す。エスラは動けなくなった老人を半ば押し込むように建物へ入れる。それから人はスムーズに流れ、外にいた町民全員の避難が済んだ。


エスラは急いで抜刀した。エドウィンの加勢をせねばならない。見ると、火球の威力は凄まじくエドウィンが押しやられていた。


「エドウィンさんっ、助太刀します!」


しかし、「いいっ、要らん!」


強い声で反駁はんばくされた。


「でもっ……!」


なおも引かないエスラに、「こんな石ころ程度が斬れなくて、隊長が務まるかっ!」


ふんっ、と荒い鼻息とともにまさしく一刀両断。スパッと二つに分かれた火球は纏っていた炎が消え、さっきまで自由に飛び交っていたのが嘘だったかのように、たちまち動かなくなり地面に落ちた。


「見くびるなよ。」


そう言い放ち、剣を鞘へと納める。


エスラは暫し呆気にとられ、感嘆とした表情で「はいっ。」と応じた。


「もう、町民の避難はおわりましたし、私達も事態が収集するまで、屋内に避難した方がいいんじゃないでしょうか。」


火球が飛び回る野外にいるのは命知らずというものだ。火球は更に合体する気配をみせている。


しかし、エドウィンは、「いや、クロノスを探す。多分外にいるはずだ。」


「アーノルドさんを?危なくないですか!?」


ひ弱そうな長身痩躯を思い出す。今更彼が来て何が出来るというのだろう。


「私の予想が正しければ、奴ならこの事態を収拾出来るはずだ。」


行くぞ、と身を翻して山に向かって駆ける。勿論、エスラについて行かない、という選択肢はない。





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