特務につき
一週間後、会議堂に大勢の団員が押し寄せた。その理由とは、アーノルド・クロノスを一目見んが為である。過去に例のない、騎士団が要請した民間人の特務協力だ。団員たちも興味津々だ。
先日のアーノルドの様子を見て、出頭するかどうかも危うかったが、逮捕の脅しが聞いたのだろう、正午ぴったりに騎士団本部に出頭した。
エスラもミリアと一緒に来て、会議堂の外から様子を伺っていた。今も特務の詳細を国王並びに各大臣と、隊長格が同席して伝えている。
アーノルドが会議堂に入ってから30分しただろうか、会議堂の物々しい扉が開いた。団員がゴクリと唾を呑み込み、アーノルドを目で探す。隊長、副隊長などが三々五々出て行く中で、まず耳を突いたのは、エドウィンの怒声だった。
「貴様は陛下になんて無礼を……!」
その後、エドウィンが怒鳴り散らしているので団員がアーノルドの野次馬をすることは適わず、少し離れた所で様子を伺う事になった次第である。
エスラも状況の把握が出来ず、傍観していたが、会議堂から出てきた副隊長の姿を見て、駆け寄った。第三隊副隊長サナス・ロードウェイ大佐だ。
「副隊長、会議お疲れ様です。」敬礼すると、30過ぎの人懐こい笑顔をくれた。
「サーティスか。」
「あの、副隊長、あれは一体……」
エドウィンとアーノルドの方を一瞥すると、ロードウェイは声を上げて笑った。
「アーノルド・クロノスだったな。あいつの肝の太さは凄いな。陛下の前であの言動はただ者じゃない。」
「……何かあったんですね。」
沈痛な面立ちで頭を抱える。一週間前、あそこまで陛下をコケにした彼が何も起こさない方がおかしい。
「いやぁ、陛下が“何か質問あるか?”って聞かれたから、何でも聞いて良いのかって問い返したんだよ。陛下が頷かれて、その後………」
笑みをかみ殺してロードウェイがやっとのことで言葉した。
「“何故あなたはカツラをかぶっているんですか”……って」
あいつは~~~!!
全国民が気付いていながら、密やかにしていた陛下の秘密を本人の前であっさり暴露しやがった!
「凄いよな。あそこまでくると尊敬に値する」
「笑い事じゃありませんよ……。陛下はなんて」仰ったんですか?」
「ノーコメント。そのまま閉会した。」
それで、あの有様というわけか。エドウィンが怒り狂うのも当然といえよう。にしても、まさか陛下の前であの態度でいられるとは、身の程知らずというかなんていうか。
エドウィンががなっているのは聞こえるが、アーノルドが話している様はよく分からない。ただ、エドウィンがの言葉を聞き入れる人物ではないことだけは一週間前に思い知っている。一切合切気にとめず飄々としていることは確かだ。
「で、彼は特務を受けるんですか?」
「まぁ、うだうだ言ってたけど受けるらしいよ。」
「受ける……んですか。」
あれだけ騎士団をこき下ろし、できないやらないやりたくない、の三拍子だった彼がどういう風の吹き回しだろうか。
そして、ふと国王の文書を思い出した。あの日も、あの手紙を読んで、アーノルドの態度が豹変した。大方、アーノルドを特務に誘い込む文句が書いてあったのだろうがそんな簡単になびくとは思えない。何が書いてあったか気になる所だ。
その日は結局、アーノルドともエドウィンとも話すことなかった。
アーノルドが特務を受ける事が決まり、それについて騎士団も準備を粛々と行っていた。嫌でも会議が増え、隊長が日々の訓練に参加する事が少なくなった。勿論、エドウィンもその例に漏れなかった。
そして度々の会議の末、エドウィンにアーノルドの供につく指令が出された。
「アーノルド・クロノスが特務につくって決まったとき、特務の危険性を話しあったんだ。はっきり言って超常現象に関しては、解明されてないから、未知数なんだけど危険ランク最高のSいくだろう、って。それで、隊長が1人つくって決まったんだ。
ハガードに決まったのは、他隊長からの押しつけだね。建前は、訪問時の担当だったって事と年齢が近く、腕前も申し分ないって事で。実際は、あの会議でクロノスの人柄とか態度を見て自分達では手に余ると思ったんだろうけど。」会議に参加したロードウェイは朗らかにそう語った。
エドウィンは、その後訓練には一度も参加せず、きたる特務に向けて、数々の書類の提出を余儀なくされた。
隊長と暫く会えなくなるのかと思うと、心寂しくなり、訓練に身が入らなくなったのは余談だ。特務が始まる日が迫り来る中、久しぶりにエドウィンに会った。
それは、アーノルドを訪問してから三週間もたった日の夜である。エドウィンが街中のベンチで分厚い書類と格闘していたのを見つけた。
「隊長、ご無沙汰です。こんな夜中にいかがされましたか?」
敬礼して挨拶すると、難しそうな顔のまま、こちらを向いた。「サーティス。」
「お前こそ何の用だ。女が夜にあまり出歩くもんじゃない。格好の的にされるぞ。」
「コンビニです。だてに戦闘職種じゃありませんよ。日々の鍛錬は欠かしていませんから、痴漢程度なら一捻りですよ。」
そういうもんでもないだろ、とエドウィンの顔が苦くなる。
「知っているだろうが、アーノルド・クロノスの特務に同行することになったから色々確認事項があってな。部屋に居るより、夜風に当たる方がものを考えやすい。」
紙束を指して溜め息をついた。
「あいつと四六時中いて、気がおかしくならないかが一番の不安要項だがな。」
私は隊長が殺人事件を犯さないかどうかが一番の不安要項ですが。端から見て犬猿の仲である彼らが共同生活を送るなんて三日と保たないだろう。
「あと、出発まで10日だというのに、もう一人の同行者が決まらない。あまり有望な人材は連れていけないが、あまりの足手まといにするわけにはいかない。中々難しくてな。」
投げ出すように書類をサーティスに手渡した。見ていい、ということだろうか。
拝見させて頂きます、と一言入れ、ページを繰る。印刷されていたのは全団員の名簿だ。相当数の団員名にバツが入っていて、何十とあるページ数に対して残っている名前は50もない。バツが付いている名前は優秀な剣士か落ちこぼれに値する者。そして、入団から時間がたっている団員は弾かれている。
「入団から三年以内の若い団員にしろ、と上からのお達しだ。若い連中に経験を積ませてやりたいんだと。」
エスラの心中を読んだか忌々しくそう吐き捨てた。鬱陶しい制約をつけられて相当苛々しているようだ。
「大変ですね……。っと、ノノス・ダーリーは外した方がいいですよ。彼はああみえて相当短気なほうですから。アーノルド・クロノスとはウマが合わないと思います。」
その後も、紙に記された名前の添削を手伝った。何せ、入団三年以内とくれば、同期や見知る先輩が多く在籍している。それぞれの人格は何となくは理解しているつもりだ。
十人もの添削を行って次のページをめくったとき、見覚えある名前が目に飛び込んだ。
エスラ・サーティス
ページに印刷された百を越える名の中で一際目立って見えた。
ドゥイスとかは腕はいいんだが協調性がないんだったな、どう思う?エドウィンの問いにええそうですね、と半ば放心しながら適当な相槌をうつ。
だって、この名簿にあたしの名前をまだ残してあるなんて。あたしは、隊長にとって供につける程度には信頼できて足手まといにはならない人材って事ですよね?それは、隊長に認められてるって考えていいんですか?憧れの上官に少なからず認められている、これ以上の至福はない。
今がチャンスだ。この機会を掴んで離すな。あたしはこの人に憧れて高みを目指してきたんだ。これを逃して彼に追いつけるものか。
ううむと唸るエドウィンを真剣に見据え、背筋をしゃんと伸ばし、堂々たる敬礼を決めた。
「どうした……?」
その様子をみたエドウィンが、怪訝な目で視線をぶつける。視線を受けて、声高に告げる。
「不肖エスラ・サーティス、特務の供についても宜しいでしょうか!?」
言った。言ったぞ。言ってやった。自分には勝った。あとは、隊長次第だ。ばくばくする胸を押さえてエドウィンを流し見る。エドウィンは、目を丸くさせて、エスラを見つめていた。初めは驚愕の表情をもって、それから困惑したように目を泳がせたが、しばしの時を要してエスラを真摯に見つめ返した。
「遊びじゃないぞ。」
「はい。」
「何年かかるか分からない。」
「分かってます。」
「命を落とす危険もある」
「覚悟の上です。」
瞬きするのを忘れるほどに緊迫した空気が張り詰めた。エドウィンの顔は今までになく真剣で怖いくらいだった。だが、引くわけにはいかない。だが、引くわけにはいかない精一杯の勇気を振り絞り、エドウィンと真っ向から立ち向かった。
無言の問答が何分続いただろうか。こらえかねたようにエドウィンが息をついた。
「理由は。わざわざ頼み込むんならそれなりの動機があるんだろ?」
「はい。」
理由なら、いくらでも言える。もっと強くなって騎士団の中枢に立つ人になりたい、とか。超常現象に襲われる国民を助けたい、とか。……あなたの背中を追い続けたい、とか。流石にこれは言えなかったが。
言葉をうまくまとめられず、同じことを反復したり、どもったりしていたが、その思いの丈を伝えようと奮闘した。
エドウィンは静かにエスラの言葉に耳を傾けていたが、ついに「もういい。」と話を打ち切った。
「お前の言いたいことはよく分かった。」
ひやり、と背筋が凍った。切り捨てられたのだろうか。不安が心を取り巻いて消えようとしない。
「本気なんだな?」
「ほ、本気です。」
よし、と力強く頷いてエドウィンが屹然とした所作で敬礼をした。
「二等隊士エスラ・サーティスに、エドウィン・ハガードの名をもって、特務に受務することを命ずる!」
凜、と張る声に唖然として聞き入っていたエスラは、咄嗟に反応することができなかった。ぽかんと口を開けたまま、状況を理解することができず、脳内凍結が起こっていたのだと思う。
「どうした、特務に参加したかったんじゃないのか?」
不信感を滲ませて問うエドウィンに声で、やっとのことで思考回路が解凍してきた。
「え、あの、私なんかでいいんですか!?」
自分から懇願したくせにこんな言葉がでてくるのには、我ながら呆れる。
「……嫌なら辞退しても構わんが。」
エドウィンが不機嫌さを露わにし始めた。雲行きが怪しいと踏んで、即答する。
「いえ!やります、やりたいです、やらせてくださいっ!エスラ・サーティス慎んで特務を受諾させて頂きます!」ただただ興奮していて、状況をいまいち把握できていなかった。大体、駄目もとで聞いたのにたまたま叶ってしまったので、話す言葉を用意していなかったというのもあるが。
やれやれとエドウィンが溜め息混じりに興奮状態のエスラを戒める。
「お前はあの唐変木を護衛することになるんだ。お前がそんな状態でどうする。」
唐変木とは言わずもがなアーノルド・クロノスのことである。
「はいっ、以後気を付けます!」
「それから、途中で絶対逃げ出さないように。自分の責を投げ出す奴は騎士団に居られないと思え。」
「はいっ!」
「それから………」エドウィンは言葉を続けようとしたが、エスラを一瞥して口を閉じた。今の状態では、何を言ってもまともに頭に入っていかないと踏んだか。
「……とりあえず帰るぞ。」
「はいっ!」
歩き出したエドウィンの後をついていく。帰路の途中のゴミ箱で、エドウィンがあの分厚い書類を捨てたのが嬉しかったのは、内緒だ。先刻までエドウィンの頭を悩ませていたものを不必要にさせたのが自分だ、とやや自意識過剰気味に解釈してつい顔がにやけた。