第一印象は最悪です
メインキャラクターが揃いました!
エドウィン・ハガード、27歳。戦闘職種に共通する体格の良さは勿論、顔の作りも男前で、その見てくれは陰ながらファンクラブができていると噂される程だ。騎士団養成学校卒業試験では次席で合格。
卒業後、騎士団精鋭部隊たる第1隊に所属。21歳時には第18隊に転移。その一年後に副隊長に昇格した。25歳からは、第3隊の隊長を務めている。25歳での隊長就任は過去最年少。とにかくエラい経歴をもつ実力者である。
初めて、彼を見たのは九年前のことだ。民間人も画面を通しての見物可である養成学校の卒業試験でエドウィンを見た。狂暴な獣を次々と屠る(ほふる)姿は今でも印象に残っている。 対人格闘の試験では、試験官として試合した当時の一隊長が学生相手に敗北するという前代未聞の珍事が起きた。一般開放していた騎士団本部映像室で食い入るようにその様子を見ていた。
元々、騎士団所属を夢見ていた少女だったが、エドウィンを見てその思いは殊更に強くなった。あの華麗な剣捌き、力強い剣突、思い出しただけでゾクゾクする。あの人みたいな、強い剣士になって、この国を担う存在になろう。そう心に秘めた。
中学卒業後、すぐに養成学校に入学し、三年間座学や剣技、対人格闘術などを学び、一年前に入団した。そして、奇跡的なことに憧れの剣士が隊長の隊に采配された。
ずっとあなたの背中を追ってきました。 だから、もっと強くなって、あなたと肩を揃えて並びたい。そう思って、日々鍛錬しているが、中々うまくいかない。女子のハンディは仕方ないとしても、将来的には隊を預かれる立場になりたい。他人に話したら高望みだ、と一笑に付すだろう。けれど、あたしはこの国を守る強き剣士でいたい。そのために、彼に追い付きたい。
それが、入団一年目、御年20になるエスラが常々考える目標だった。
「アーノルド・クロノス、24歳。性別、男。コリシア村、コリアの林内に住居があるらしい」
「コリアの林って、国の自然保護区内ですよね?」
「あぁ。その上、民間人の立ち入り禁止。管理している政府のチェックも半世紀に一度くらいの割合だ。道理で、今まで所在が掴めなかったわけだ」エドウィンが苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。
2人は騎士団基地を出て、徒歩で一時間弱でコリシア村にたどり着いた。アイリアの首都たるリニア近辺にそぐわない辺鄙な田舎だ。
「立ち入り禁止区内にいけしゃあしゃあと住み着く神経が逆にすごいですね……」エスラは苦笑する。
「でも、立ち入り禁止区内なのに、何故所在が特定できたのでしょうか?国王陛下が情報のソースですよね?」
途端にエドウィンは口ごもった。しばし沈黙してから「あまり公には言えないが」と前置きした。
「王宮お抱えの情報屋から買い取ったものだろう。隊長格でも、その件は話題になったが、その線が濃いと考えている」
「陛下は、情報屋なんてものを雇ってるんですか!?」
「あくまで噂だ。ただそういうものがいてもおかしくはないだろう。政治は綺麗事だけでは、上手く回らない。表向きにはみとめてはいけないことも時には扱わないといけない」
「……ダークサイド、ってことですね」
エスラが厳粛な口調でそう締めると「そんなとこだ。無闇に触れるなよ」と窘めた(なだめた)。
そうこう話しているうちに、眼前に林が見えてきた。管理が行き届いていないためか、雑草が生い茂り、木々は密集していた。林の中に入るのも一苦労といったところか。
木の枝枝が重なってるため、日光は殆ど差し込まない。真っ昼間なのに、夜更けのような暗澹とした雰囲気を感じる。
草木をかき分けかき分け、前へと進む。エドウィンは時折地図と方位磁針を確認して道を示した。
こんなときは、制服が男女共通してパンツになっていたことがありがたく思う。まかり間違って、スカートで生足なんかになったら生い茂る草花でかぶれるだろう。
そうして苦労しながら進んで、15分といったところか。日の光で照らされている開拓した土地にたどり着いた。
「ここが……でしょうか?」
「地図上では、目的地に一致する」
エスラは絶句した。ここはとても人の住める土地じゃない。眼前にあるは、一軒の家。しかし、家と呼ぶのも憚られる(はばかれる)代物だった。
外壁はひび割れ、屋根の瓦はついていないにも等しい。ほぼ全て剥がれきっている。本当に“雨風を凌ぐ”だけの家屋だった。
エドウィンは言葉を失っているエスラと違い、淡々としている。ある程度予想がついてたのか、そもそも法を犯している者にまともな住居を期待していなかったのか。「ノックするぞ」と既に次の段階に入っている。
「在宅してるでしょうか?」ここに人が住める訳がない。そんな思いがこの馬鹿な質問に結び付いたのだと思う。
「……今まで目撃情報がなかったやつが今日に限ってフラフラ出歩いていたら逆に奇跡的だがな。居留守を使ってやり過ごすことはあるかもしれんが」
「あ、あぁ~……、そうですね……」よく考えれば気付く愚問に恥ずかしさで身が縮む。
「堂々と身構えていろ。舐められたら交渉に差し支える」
「はいっ」恥ずかしさを紛らわすためか自然と声が大きくなる。
エドウィンはひび入った木製扉を居丈高にノックする。
「失礼、アーノルド・クロノス殿はご在宅か」勿論、インターホンや呼び鈴など気の利いたものはついていない。
初めのうちは、音沙汰なく、静寂が続いた。エドウィンが痺れを切らし、再び扉を叩こうと拳を振り上げたとき、物音がした。屋内から玄関口に近寄る足音だ。それから、開錠の音。ギギィー…と軋む扉が僅かに開いた。
「はい?」
扉を僅かに開けて、半身覗かせたのは、白髪の男だった。前髪が異常に長く、表情はおろか、顔の造作さえもよく分からない。辛うじて口元だけ見える状態だ。家の外壁から野生人みたいなのを想像していたため、意表を突かれた。少しほっとしたというのもあるが。 彼は、エスラとエドウィンを一瞥して、――正確に言うと、2人の制服を見て、問いかけた。
「騎士団の方が何の用ですか?」
エドウィンが毅然と敬礼をしたので、エスラもそれに続く。
「申し遅れた。私は王宮騎士団国防課所属、第三隊を牽引しているエドウィン・ハガードと言う」
「同じく第三隊所属エスラ・サーティスです」
2人の自己紹介を聞き終わって、彼が一言。「で? 俺はあなた方の名前や所属なんて聞いていないんですけど。時間は有限なんですから、さっさと用件だけ述べてもらえますか」
――……一瞬呆気にとられた。それから、ハッと正気に戻った。よもや、突然押し掛けた騎士団に向かってこのようなふてぶてしい態度をとられるとは思わなかったのである。
横目でエドウィンを見ると、苛立っている様子がありありと窺えた。
「では、本題に入らせてもらおう」
苛立ちを滲ませた咳払い一つして、言葉を続ける。
「我らは国王陛下直々の勅命を貴殿に伝えるがため、やってきた。貴殿に特務が言い渡されている。詳しいことは首都に出頭して……――」
言葉は言い終わらなかった。否、言い終わる前に彼が扉を閉めた。しかし、エドウィンが壁と扉との間に間一髪で靴先を突っ込んで、扉が辛うじて空いている状態だ。 エドウィンは扉を開けようとし、彼は閉めようと奮闘している。
「アーノルド・クロノスッ! 貴様は陛下の特務令に従わぬつもりかッ!」
「俺は一度もアーノルド・クロノスなんて名乗ってませんけど。勘違いも甚だしい。住民票確認したんですか?」
「貴様の戸籍がこの国に存在しなかった! それで、住民票とか片腹痛いわッ!」
「とりあえずレオナルド・ティーチで調べてみてください。それでは、一旦帰還して、また後日ということで」
「よく、一瞬で偽名が思いつけるな!? どうせ、帰還したら、とんずらこくんだろうが!帰るわけにいくかッ!」
およそ3分45秒の攻防で、勝利したのはエドウィンである。結果は分かりきっていたが、戦闘職種とそこまで張り合えるとは、正直思わなかった。エドウィンは、怒鳴り散らしながら、腕力で扉を開けきった。
開けた扉の向こうで彼は息を切らしていた。エドウィンとは冷静に応答していたが、流石に疲労したらしい。汗が頬にまで伝っている。
扉を挟んで会話していたときは分からなかったが、彼は、全身をみると非常に長身痩躯であった。手足が長くスルメを思わせる体格で、身長だけならエドウィンを裕に超える。190前後といったところか。そして、小脇に抱えていたのは、古皮の巨本。途中のページに指を挟んでいた。
「改めて問うが、貴様はアーノルド・クロノスだな?」
エドウィンが聞くと、彼が大きな溜め息をつく。
「さっき、あんなに否定していたのに認めなかった人の台詞とは思えませんね」
彼は顔を上げて、ねめるようにこちらを見た。「確かに俺はアーノルド・クロノスです。他に何か聞きたいことは?」
「聞きたいことはないが、特務について説明しなければならないことが幾つかある」
「立ち話もなんですので、中へどうぞ。どうせ、帰れと言ったって、聞き入れないでしょうし」
彼――アーノルド・クロノスが家の中に引き返したので、エドウィンは「失礼する」と一言いれてアーノルドに次いだ。
「失礼します。」
エスラも続いて入って、扉を後ろ手で閉めた。