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鰆は美味しい







「ほんっっと、あんたって馬鹿よね~~っ!」


「そんな笑わなくたって……」


 爆笑するミリアにエスラはふてた。やけ食いとばかりに茶碗に盛られた白米を掻き込む。


「だーって、あの珍事を思い出すと、どーしても……」


 エドウィンとクラースの試合を見てから二人は食堂で昼食をとっていた。休日のためか、普段より幾分客は少ない。コアタイムにも関わらず、空席が見られる。


「まぁ確かに、あの試合は思ったより物足らなかったわ。クラース中佐が予想以上にヘボかったしね。けど……」 治まりつつあったミリアの笑いが再発した。


「いくらなんでも、直属の上官に勝負を申し込むとかっ! あの状態でっ! 身の程知らずにも程があるでしょ!!」


「うーっっさい! 思い出すだけで、穴があったら入りたいぐらいなんだからっ。わざわざ掘り返さないでっ!」


 エスラの顔は羞恥心で真っ赤に染まる。


 事のあらましはというと、クラースがリングから出た後、リング内に上がり、エドウィンに声高々に勝負を申し込んだ。結果はというと、瞬殺。1分たたないうちにギブアップした次第である。


「見てる分には相当面白かったけどね。ハガード隊長も目が点でさぁ……」

「だって、隊長の剣捌きを間近で見られると思って感激したら殆ど攻撃しないし、終いには体術で決めちゃうし」


 だから、もっと見ていたかったから、魔が差した。正気に戻ったのは、エドウィンに小手先の技で自分の剣をはね飛ばされた時だ。否が応でも降伏しなければならない状況になってスーッと血の気が引いた。何やってんだ、あたし。その後は、「アイ、リザイン」と小さく言って、逃げるように闘技場を出た。


「まぁ期待外れだったわよね。クラース中佐って主戦力になるタイプじゃないからね、決闘とか1対1むいてないのよ。平たく言えばサポート役って感じだし」 思い出し笑いのミリアを睨み、定食の鰆をつつく。


「そのくらいにしといたらどうだ」



 頭上から降ってきた声に、顔を上げる。と、困ったような表情のエドウィンと度重なるミリアの暴言で傷心モードのクラースがテーブルを挟んだ向かいに立っていた。


「ハ、ハガード隊長っ」


 焦りと動揺と恥辱を感じながら、立ち上がり、敬礼した。


「先程はとんだ無礼を……。申し訳ありませんでした!」


「休日っ。敬礼しないでいいっ」


 エドウィンの言葉に渋々従い、敬礼を下ろす。


「向かい、いいか」


 エスラは一二もなく、頷く。エドウィンとクラースが席についたのを見て、エスラも椅子に座り直した。「まさかあそこでお前が出てくるとは思わなかった……。若干驚いたが、しごいてほしかったのなら訓練中にいくらでもしごいてやるが?」先刻を思い出したか、笑みを含んだ声だ。


「いえ! あの! あれは気の迷いなので、忘れていただけるとありがたいです!」


 先刻の痴態を思い出して顔が真っ赤に染まる。


「それより、こいつを何とかしろ」


 エドウィンが真横のクラースを一瞥いちべつする。クラースもクラースで痴態を思い出したらしい。どんよりとした顔で虚ろに生姜焼きを貪っている。


「いえ? いいんですよ。俺が馬鹿だったんですよ。一瞬でも、先輩に勝てるんじゃないかって思った俺が馬鹿だったんです。後輩に笑われても仕方ないです」


「笑えませんよー、あれは。予想以上にヘボかったので」


「ミリアっ!」牽制けんせいに叫ぶが、時既に遅し。クラースは殊更に沈んだ。


「次期副隊長様ともあろう人が、あの場で冷静さを欠いて突進とか有り得ません。辞退した方がいいんじゃないですか」


「それは一理あるな」


 エドウィンがミリアに同調した。


「副隊長に必要なのは、強さでも部下を率いる牽引力でもない。隊長をサポートし、忠言を与える、いわば隊長の右腕だ。お前が焦って突進してどうする」


「…………ごもっともです」 すっかりしぼんだクラースにエドウィンが慰めの言葉をかける。


「まぁ幸い、お前の隊のタナトス隊長は、騎士団勤めが長いし、判断も的確。統率もとれてる。先走りやすいお前を諫めてくれるだろう」


「それってまるっきり役にたたないってことですよね!」


「当たり前だ。お前が役にたつのなんて、まだまだ先だ。ただ、25で副隊長を任せられるのは上がお前の実力を認めてるってことだ。そこは素直に喜んでおけ」


「まぁ確かに、光栄ですが……、先輩は25で隊長でしたよね?22で副隊長だったし」


 途端にエドウィンの顔が苦くなる。「あれは運が良かっただけだ」

「そうは言っても、クラース中佐の昇格はやっぱりすごいですよ。副隊長の就任なんて平均30前後じゃないですか」


 とりなすエスラにクラースはますます落ち込む。

「他隊の後輩の女子にまで励まされるとか……。……うん、気ィ使わせちゃって悪いね」


 どんよりとした空気に、エスラは味噌汁を砂を噛むようにして飲み込んだ。この空気なんとかしてくれないかなぁ…?助けを懇願してミリアに視線を向ける。気付いたミリアはやれやれといった表情で「ところで、」と話題を切り出した。


「試合のときも気になってたんですけど、ハガード隊長の制服、今日正装用ですよね? 臨時の会議でもあったんですか?」 ッッナイス!


 話題の転換に見事に成功し、エスラは内心ガッツポーズを決める。


「あぁ、今朝方団長に呼び出されてな。何でも国王陛下たっての希望らしく、隊長、副隊長全員収集令が発令された」


「陛下自らですか。余程重要な案件だったんですね。次の会議まであと2週間もないのに」


 民事課、国防課、含め60数隊ある騎士団本部は、3ヵ月毎に会議が行われる。本部は首都の郊外にある為、毎会議にアイリア国王が各大臣を連れて出席する。その為、同席する各隊の隊長格は、通常の群青の制服ではなく、パーティーや祝祭に用いる、紅蓮に銀糸をあしらった正装用を着衣する。 その際、年度始めには予算などの決算が行われるが、それ以外の月は、大した議論もないので、国王の出張る理由もさしてない。その国王が自ら会議を行うとは、余程の事があったに違いない。


「それが最近多発している、各地の超常現象の打開策だそうで……」


 超常現象とは、各所で起きる天変地異だ。噂では、未確認生物の発見、急激な海面上昇などだが、未だ定かではない。


 エドウィンはそこで言葉を切って、頭を抱えた。

「まぁ打開策といっても、超常現象を解明できそうな民間人を見つけただけなんだがな」


 ようやくショックから立ち直りつつあったクラースがその後を継いだ。次期副隊長として共に同席したらしい。「その人、人前に姿を現さないから所在も今まで掴めなかったワケ。今回住所とか個人情報入手に成功したんだけど、色々難ありで……」


「一筋縄ではいかないって事ですか?」


 エスラが問いかけると、クラースが難しい顔をする。


「まず、アイリアに戸籍がない」


「はぁ!?」


 ついタメ口を使ってしまい、即座に詫びる。彼も曲がりなりにもエスラの上官にあたる人物だ。失礼な言動は慎まねばならない。


 クラースはエスラの失態にあまり頓着せず、話の続きに入った。


「不法入国なのか、出生届だしていないのか分からないけど、その時点で非常に厄介だ。しかも、人前には姿を見せない、っていうんだから余程周囲に対して警戒心を持ってる。そんな人物が国の要求に応じてくれるか……」


「それは大変ですね。で、誰がその交渉役を?」


 クラースが一点に視線をぶつける。その箇所とはクラースのほぼ真横。


 エドウィンがムスッとした顔で答えた。「対象と年齢が近いという理由で抜擢された」


「他隊の隊長方に押し付けられたんだってさ。ほら、一応ハガード先輩は一番年少だから断れなかったって」


「やかましいっ! 余計な事は言わんでいい!」


 噛みつくように言い、席を立ち上がった。食べ終わった定食が乗ったトレイを片手に返却口にと向かう。 と、何か用を思いだしたかクルッと半身こちらを向けた。


「サーティス、これから時間あるか?」


「え、あ、はい」


「なら、丁度いい。今からその無法者を訪問しに行くから付き合え」


「え、その指令って隊長が受けたんじゃないんですか!?」


「二十も半ば超えた男が単身乗り込んだってむさ苦しいだけだろうが! 女性団員がいると華やかになる、っていらんアドバイスくれた隊長もいたしな」


 そう吐き捨てたエドウィンは完全に自棄やけになっている。ただ、1人で行きたくないだけだろう、ということは容易に察することができた。 その訪問は非常に面倒くさそうだが、憧れの隊長と一緒だというオマケがあると、検討も前向きになってしまう。結局了承してしまった。


「一時間後、本部出入り口で。制服のままでいい、相手に威圧感与えられるしな」


 そう言って、エドウィンはトレイを片しにいった。

 小声で「よかったわねー」と茶目っ気たっぷりにからかうミリアを肘で小突いた。






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