魔術師の苦悩
二人の決闘の場に降りたったのは、既に決着がついたときだった。雷光が轟き、満身創痍となったストロジアがぼんやりと空を仰いでいた。戦意喪失だろうか。
素直に勝利の賛辞を述べようと、アーノルドに近付いたとき、ストロジアが虚ろな目でアーノルドを見つめた。
「なぁ、アーノルド・クロノス。
……俺を殺してくれ」
どくんと鼓動が跳ね、心拍数が早まった。
決闘をする前とは違い、何かを悟った様子のストロジアは悲しみや寂しさ、その他負の感情が渦巻いているように感じた。
対して、アーノルドは首を傾げただけだ。
「随分唐突ですね」
「疲れたんだよ、何もかも。お前も分かるだろ?」
振られたアーノルドは何も言わなかった。無言の肯定のように感じる。
「ずっとお前に勝つことを望んで結局勝てなくて。勝ったところで何もない、って気付いちまったら、急に馬鹿らしくなって。
楽になりたくなった」
自嘲するストロジアにティアルディリシアは難しい顔をする。何か思うところがあるのだろう。
「お前に引導渡されんなら悪くないな、って。昔からのよしみでさ、頼むよ」
今朝方の勝ち気な様子の欠片もない。生気が抜けた人形のようだ。見るに耐えないストロジアにエスラは口をつぐんだ。
事情は分からない。ただティアルディリシアの言ったとおり、神童と謳われた彼には想像以上の苦難があったのだろう。プライドが高そうな様子からしてアーノルドに何度も敗北したのも心の傷なのかもしれない。
固唾を呑んで、見守っていると、アーノルドが言い捨てた。「嫌ですよ、そんな面倒なこと。死にたいのなら身投げでも勝手にすればいいじゃないですか」
一瞬飛びかかりそうになった。
いや、今も飛びかかろうとしている。だが、ティアルディリシアに抑えられ、動くことができない。
「放してくださいっ。あんな言い方って……!!」
目を怒らせて訴えるエスラにティアルディリシアは首を振るだけだ。
「黙って見ていろ」
唇を噛みながら、渋々従うと、ストロジアは笑い始めた。
「言うと思ったよ、お前は。」
苦笑しながら剣を杖にして立ち上がると、ストロジアはくるりと背を向けた。
「……どこ行くんですか」
「どっか適当に。行けるとこまでほっつき歩いて野垂れ死のうかな、なんて」
ジョークとも思えない言葉を吐いて、ストロジアはそのまま歩き続ける。怪我のせいで歩調は遅く、時間の割に距離は稼げてない。下手したら二、三日で明言どおりとなるだろう。
五メートルほど離れたところで、アーノルドが口を開けた。
「分かってますか?
あなた今相当カッコ悪いですよ」
「……あ?」
凶暴な獣のように睨みを利かせて振り返ったストロジアにアーノルドは近づいていく。
「今までの威勢はどうしたんですか?
今日こそは今度こそは、って意気込むあなたらしくもない。頑張ったけど無理なので諦めます、っていつの間に負け犬に成り下がったんですか?」
「違うッ!俺は諦めたんじゃない。無意味だと悟っただけだ。」
「違わないでしょう。そういうのは言い逃れというんです。
あなたはただ家のためだけに俺に勝負を挑んでいたんですか?勝ちたかったに理由が要るんですか?
それを曲げてまで、格好付けて、分かった振りして、諦めて、賢くなったつもりですか?」
「……ッッ!」
ストロジアはアーノルドの襟を掴みあげた。握る拳は震え、瞳は揺らぎながらもアーノルドを睨みつける。
今にも倒れそうなストロジアの拘束を抜け出すことは安易だろうが、アーノルドは振り払うことはなかった。
「どんなにやっても勝てなくてッ、勝てたところで虚無しかなくてッ、今までの自分がアホらしいって感じちまっても、今の俺の方がアホらしいってお前は言うのかよッ!!」
「そうです」
淡々と答えたアーノルド。だが、言葉には僅かながら敬意がにじみ出ていた。
「どんなに格好悪く負けても、血反吐吐くまで愚直に鍛錬したあなたは、馬鹿だったし、阿呆だと思ったし、面倒くさいとも思ったけれど、カッコ良かったんですッ!
今のあなたは無理やり自分が納得する理屈をつけて諦めたいだけでしょう!?」
珍しく感情を荒げたアーノルドにエスラは目を見張る。
ストロジアは目を伏して言葉を零した。
「……なんだよ」
「……はい?」
「勝つッ!負けたままなんてみっともなくてやってられるかッ!!」
威勢のいい言葉とは裏腹に彼の顔は溢れ出す涙を必死に抑えてしわくちゃになっていた。
「………畜生ッ」
アーノルドから手を放し、その場にうずくまるストロジアにアーノルドは佇むだけだ。
励ましも慰めもない。だが、それがライバルたる者同士の距離なのだろう。
「……あいつもたまにはまともな事も言うんだな」
ぼやいたエドウィンにエスラも首肯。
「……小僧も重荷を降ろせて良かったな」
ティアルディリシアの呟きはエスラには理解できない。だが、理解できなくていいのだろうと思った。ストロジアにはストロジアの過去がある。昼間の好青年がアーノルドが絡むと鬼気迫るものと変化したのも“重荷”が一因なのだろう。彼が楽になれるならそれが良い。
―――――――――――
「すみません。時間がかかりました」
事が収まった後、飄々(ひょうひょう)と言い放ったアーノルドにエドウィンは頭をはたいた。
「……おい。あんなに俊敏に動けるなんて知らなかったぞ」
凄むようなエドウィンにアーノルドは怖じ気づくことはなくぬけぬけと言う。
「当たり前です。言ってませんでしたから」
「何故だ?」
「言ったら更に旅路を急ごうとペース早めるでしょう?疲れるので。」
年甲斐もなくぎゃいぎゃい騒ぐ二人はいつも通りだ。
ストロジアは呆れたようにその様子を見つめた。
「大の大人が……」
「……すみません。うちの上官もです」
まだ目のふちがほんのり赤いストロジアが苦笑しながら「珍しいな」と呟いた。
「ソツなく人間関係を築くタイプだと思ってたんだが」
話題はアーノルドのことだろう。エスラもふと浮かんだことを口にする。
「私は1ヶ月行動を共にしてましたが、感情を高ぶらせるアーノルドさんは初めて見ました」
「案外知らないことも多いもんだな。俺は17も前から知っていたんだが」
ううむと唸るストロジアはところで、と話題を転換する。
「あいつが騎士団と提携してる理由は何なんだ?」
「騎士団というより陛下とですね。最近起こってる超常現象の解明です。アーノルドさんが魔術師だとバラされない代わりに。」
「成る程。あいつが無償で騎士団に付き従ってるなんて珍しいと思ったよ。確かに脅しなら効果的だな。」
しかし、あいつがどこで弱味を洩らすなんてポカしたんだか…と首を傾げた。
「超常現象か。最近妙に魔力のざわめきが気になると思った。昼間の血吸蝙蝠の出現もそれが原因か。あれは夜行性だからな」
血吸蝙蝠とはエスラも出くわした蝙蝠の大群のことだろう。
「まぁ念の為、数日くらいは様子見で街の監視くらいしといてやるか」
完全に良心からの申し出に有り難いを超えて申し訳なく感じる。アーノルドの企て通りである。
すると、ストロジアは急に神妙な顔つきに変わった。
「そういえば……、なんだが。」
「はい」
「アーノルド・クロノスとはあまり深く関わんないほうがいい」
「心配しなくても仕事上のドライな関係です」
相談に乗ったり乗られたり、まかり間違ってベッドインなんて流れにはならないと自負している。特務においてそれなりに友好的でなければならないが、いざとなったら切り捨てられるくらい情に留めている。
大体、初っぱなから毒舌が出てくる人にそこまで好意を抱いていないし。出会って1日のストロジアの方がまだ好感が持てるというものだ。
「そりゃー、よかった」
安堵の声なのに何故かしら儚さを感じる。寂寥感のようなものが顔に浮かんでいた。
「魔術師と中途半端に付き合うと、どっちも浮かばれないからな」
ストロジアの意味深な言葉にエスラは首を傾げる。
結局、ストロジアの真意はわからずじまいだった。
―――――――――――
「…じゃあ、とっとと修行してお前をぶちのめしてやるから首を洗って待ってろ」
去り際のストロジアの挑戦的な言葉にアーノルドは……、
「え、嫌ですよ?面倒くさいですし」
「…あぁん?」
ストロジアの声が荒げて、アーノルドに詰め寄る。
「お前、諦める俺がカッコ悪いって吐き捨てたよな?」
「カッコ悪いはカッコ悪いですけど、面倒なのはごめんですから。大体俺がカッコ悪いって言ったのは、俺に負けた挙げ句、腹いせに死のうとかほざく、ふざけた行為のことです。爽やかに負けて、悔いがなさそうに去ってくれれば俺は満足ですから」
「……本当にお前は腹立つ奴だな」
やれやれと首を振るストロジア。
ふとエスラと目があって、ちょいちょいと手招きされた。「小娘」
おっかなびっくり近付くと、耳元で囁かれた。
「お前らあいつの力を安く見すぎ。あいつの本気はあんなもんじゃねェぞ……悔しいけどな」
思わず瞬いて、ストロジアを見つめ直す。
「それって……」
しかし、ストロジアはそれ以上は何も言わずにエスラから離れた。
肝心なことは何も聞けていない。
「じゃ、せいぜいお前も頑張れや」
言うと、剣先から炎を噴射し、ドノスの方角に飛んでいってしまった。
「……行っちゃいましたね」
「あぁ」
感慨深くストロジアの去った方角を見つめる。
「いつにもまして疲れましたよ」
どんよりとした風情で言い放ったアーノルドに見るからに疲弊している。
「観戦してて思ったが、お前は筋力や体力が足りん。筋トレくらいしたらどうだ?」
「勘弁してください。真面目に死にます」
欠伸がてら応答する姿を見る限りではそうは思えないが。
そういえば、と心に引っかかる何かを尋ねてみる。
「アーノルドさん」
「何でしょうか」
「アーノルドさんって、魔術師の中ではどれくらいの力量なんですか?」
エドウィンも称える程の猛者に難なく勝利したアーノルドが魔術師の普通に値するとは到底思えない。去り際のストロジアの言葉も気にかかる。
エスラの問いを受けてのアーノルドの態度は動転したような焦ったような、効果音をつけるなら“ギクッ”だ。
「……別にとるに足らない一魔術師です」
ぼそりと漏らした言葉に反駁しないわけにはいかない。
「嘘ですよね、それ。絶対何かありますよね?」
「……ありません。ただの魔術師です。」
“ただの”を強調するが、益々怪しい。
問い詰めるが、するりと躱される。
納得しないまま、夜は更けていった………。
第三章、終わりです!
第四章は、ストックがなくなったので、随分先になってしまうかもしれません……。




