赤髪の青年の暗影
そもそも俺はアーノルド・クロノスが嫌いだったわけじゃない。
ただ家の事情でクロノス家とは敵対せねばならず、また周囲から敵対関係としてあおられていたからに過ぎない。
事の始まりは、俺が生まれた頃から遡らなければならないだろう。
俺は、ゼウスの分家、それも本家からかなり血の繋がりが薄い末端の家から生まれた。
本来なら本家との関わらは無きに等しいはずだった。本来なら。
幸か不幸か、俺は生まれつき魔術師としての才能に長けていた。生まれたばかりの赤子にも関わらず、だ。
ゼウスにはクロノスと対抗せんがために、実力のある者を本家に引き入れようとする風習がある。生まれたての赤ん坊でも才能があれば、例外なく引き取られる。かくいう俺も無理矢理両親から引き離されて、養子にされた。
それが良かったか悪かったかは分からない。虐待にあっていた可能性だって昨今の風潮では無きにしろあらずだし、逆に物凄く愛されて育ったかもしれない。赤ん坊だった俺には本当の両親の顔だって知らないし、どういう両親だったかも分からない。ただ全く違う人生を辿っていただろうことは確かだ。
本家に養子として迎え入れられると、魔術師としてのスパルタ教育を受けさせられた。大元の期待と違わず、神童と謳われるようになり、周囲の大人は俺を讃えた。
さすがストロジア。
ゼウスの名に恥じない魔術の使い手だ。
けれど、本当の息子や娘にするように愛情を向けてくれることはなかった。
がむしゃらに頑張り、齢5才にして二回りも大きい魔術師を倒した。周りは皆褒め称え、戦ったクロノスの魔術師は悔しそうに顔を歪めた。
それでもストロジアを我が子のように慈しんでくれる人は誰一人いなかった。養子として引き入れた義理の両親でさえも。
どうやったら俺を見てくれる?どうやったら俺を愛してくれる?
ただただ強さを求めて認められることを望んだ。
そんな折りにアーノルド・クロノスと出会ったのだ。
七才にしてアーノルド・クロノスの名を初めて耳にした。
クロノス本家に居候することになった子供だと噂になった。何故たかだか七才の幼子に大人たちが関心を持ったかというと、彼の境遇が色々と複雑だったからだ。
確かクロノス現当主の兄の子供らしいわね。
本当は家を継ぐはずだった兄が駆け落ちしてできた男子だと。
その伴侶はクロノス分家の中で一番落ちぶれているって言われる家柄よ。まぁ何てみっともない家系でしょう。
大声で言いふらす大人の話を耳にして大体のことは分かった。要するに、クロノス本家からしてもあまり歓迎したくない子供なのだろう。そして、ゼウスはそれをあげつらうのだ。
何と浅ましい奴らだろう。幼心にそう思ったが、本当の両親と切り離された俺の唯一の繋がりを捨てることはできず、振られるがままに同調した。ちなみにアーノルド・クロノスがクロノス本家に来た経緯を知ったのはもう少しあとのことだ。
余談だが、クロノスとゼウスは二年毎に懇親会と称して互いの腹をさぐりあう会談がある。体裁だけでも整えようと、懇親会とついている。勿論、親睦を深める気はさらさらない。
そして、その余興として互いの家の子供同士を闘わせるのも定番だ。
決闘の目的は、ある意味自慢大会ともいえよう。うちにはあんなに実力のある子供がいる、と張り合いたいがためだ。そして、子供達にクロノスに対する敵対心を持たせる為ともいえる。
大人同士では決して闘うことはない。何故なら、本気でやりあったらそこら数キロにわたって焼け野原になること必至だからた。
七才の時、三回目の懇親会の決闘であたったのが、アーノルド・クロノスだった。
細身の少年で、白髪。クロノス本家の血筋であることは一目瞭然だった。初代クロノス家当主の白髪は、その血を色濃く継いだ一部の男子にしか顕れない特徴だからだ。
『あんな境遇の子供に負ける訳ないわよね』
義理母に言われたその言葉を鵜呑みにしたわけでも、彼を軽んじたわけでもなかったが、負けるとは到底思っていなかった。
俺は同年代の子供に負けことはなかったし、年上の連中にも幾度も勝ったことがある。
だから、ひょっと出の同い年に対して、た警戒心など抱いていなかった。そして、そのまま決闘に臨んだ。ただクロノス側の大人がニヤニヤと意地悪く笑みを浮かべていたことに気がかりがあったくらいで。
結果として、勝った。
どちらが?アーノルド・クロノスが。
圧倒的にあっという間に決着がついた。
何があったかも分からず、気が付いたら地面に伏していた。
クロノス側は歓声をあげ、ゼウス側は呆気にとられていた。
たまたま、偶然、油断していただけ。
そう大人は俺を慰めるふりして、自らの家系がクロノスに劣ったことを頑として認めようとしなかった。
そして、俺は今までより更に鍛錬を積んだ。次こそは、絶対に。
しかし、血が滲むような努力もかなわなかった。
その二年後の決闘も瞬殺。その二年後も。
その頃から大人達の俺を見る目が変わった。
言葉に出すことはなかったが、役立たずと罵る視線があった。
お前を引き取ったのは、クロノスと対抗するためだったのに。
なのに、みっともなくみじめに負けて。
お前なんて魔術がなければ、ゼウスの尊き血もないに等しい生まれのくせに。
この恥さらしめ。
本家の子供にもあざ笑われた。
クロノス如きに負けて。
お前はなんのためにここにいるんだ?
役立たず役立たず役立たず。
自分らのことは棚に上げ、俺を罵る。お前らが俺に勝ったことがあったか?俺に勝ったこともないくせに何故俺は馬鹿にされなければならないんだ?
手の皮が破れるまで剣を握り締め、嘔吐しても身体に鞭打ち、魔術を行使した。
周囲の奴らに俺を認めさせたかった。
そのために、敵家のクロノス本家にわざわざ出向いてアーノルド・クロノスに決闘を挑んだ。毎回渋っていたが、最後は闘い、そして毎回負けた。
クロノスの連中はそんな俺を嘲笑い、けなした。過去に俺に負けた奴さえそうだ。
いつからかアーノルド・クロノスの瞳に同情、憐れみ、そして共感が浮かんでいるのに気付いた。
違う。俺はお前とは違う。
奴は親に愛された記憶があって、俺にはそれがなくて。
奴は周囲に期待されてて、俺は失望されてて。
奴は周囲に対して諦めを持って接してて、俺は未練がましく縋ってて。
奴との違いを見つける度にどんどん自分がみじめになる。
それでも俺がアーノルド・クロノスに勝たなければならなかった。
奴に勝ちさえすれば周りは俺を見直し、きっと愛を持ってくれるだろう。願望に近い、予想に縋り、俺はアーノルド・クロノスに勝つことだけに固執していた。
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落雷で満身創痍となったが、意識は残っている。その気になれば、命をとるくらい奴にとってみれば些細なことなのだろう。それほどまでに力量の差があった。
アーノルド・クロノスに勝てればきっと。そんな希望的観測が馬鹿らしく思えてくる。俺は結局勝つことはできない。よしんば、勝てたとしても、義理母も義理父も息子として愛を向けることはなく、ただゼウスの誇りだと褒め称えるだけだ。
アーノルド・クロノスがクロノス本家から出たと耳にしたとき、ゼウスは怖じ気づいたとか逃げ出したとか勝ち誇っていて、俺もそう思うことにしていたが、本当に逃げていたのは俺だったのだろう。現実から目を逸らし、いつまでもおあずけを食らった犬のように芸をしていただけだ。滑稽だ。
あいつはただ独り立ちができるようになったから家を出ただけなのだろう。あそこには自分の家族がいないと分かっていたから。
実力の差、格の差。
当てつけのようにアーノルド・クロノスに挑んでいたのが、馬鹿らしい。
俺は何のために強さを求めていたのだろうか。目標も目的も失った俺に生きる意味が見つからない。
疲れた。ただ疲れた。
もう面倒くさい。面倒なしがらみから楽になりたい。心に詰まった言葉を自然と口から出た。
「なぁ、アーノルド・クロノス。
……俺を殺してくれ」




