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やるからには勝ちましょう





「所詮“クロノス”は最高神の“ゼウス”にかなわない、ってことなのかな」


ストロジアは瞳を狭めて静かに言った。


眼前には満身創痍とまでには及ぶまいが、幾度か蹴りや拳を入れられて疲弊したアーノルドの姿があった。前髪で表情は読み取れないが、苦悶の表情を浮かべていることだろう。


「大口叩いてた割にはその程度か。引きこもってたって聞いてたが、七年見ないうちにそこまで墜ちたか。無様だな」


「……まぁ、久々の対決ですし、身体が鈍っていたのは否定しませんが、」


魔術書に視線を落とし、声音を低くする。



「墜ちたかどうかの如何を決めるのはまだ早いんじゃないんですか?」


前髪に隠れた“紅蓮”の双眸が一際“紅く”光る。ぞわり、とストロジアの背筋に悪寒がはしった。


「…ところで、俺は闘いにおいては勝ったほうが勝ちという持論を持ってまして。どんな卑劣な手を使おうとどれだけみっともなくとも勝てば官軍ともいいますし」


唐突な話の切り替えにストロジアは戸惑いながらも同意した。


「それは確かに思うな。要は勝ちゃーいいわけだし」


「スポーツと違いますから反則なんてありませんし、卑怯だと糾弾されても、関係ないと思うんですよね」


「というかその場合、卑怯だと言った奴がはたちがいだ。それならば初めから双方の同意の上で

ルールを定めればいい。……でお前は何を言いたいんだ?」


すると、アーノルドの口元が歪んだ。笑っている、ように見えるが、不気味な雰囲気が漂う。


「話が分かる人で助かりました。……いえ大したことではありません。


要するに……、これから“勝ちにいく闘いをする”、ということです」


茫々と立ち向かっていたアーノルドから覇気がみなぎってくるように感じる。彼を纏う空気が怠惰なものから一変して勢いづいた水流のような強かさを秘めた。


「随分曖昧な答えだな。具体的に何をするんだ?」


アーノルドの迫力に圧されたのか、無意識に後ずさりしたストロジアが訊ねる。


「そうですね。具体的に言うと、ぬるくたゆたう世界に合わせ、合掌せしは力の―――」


不意に始まった詠唱にストロジアは一瞬何事かと身を固まらせたが、状況を理解して、素早くアーノルドに剣を叩き込んだ。


「……させねェよッ!」


前触れもなく始まった詠唱に僅かに反応が遅れたが、アーノルドの詠唱完了には間に合った。回避に集中して詠唱は中断されるはずである。


しかし、


「――、は大地の息吹、太陽の恵み。仕掛けし穴にが犠牲になろう」


「なッ!?」


自らはしっかり回避した上に、気を逸らさずに、詠唱を完了したアーノルド。ストロジアは目を見張りながらも、行使される魔術に身構えた。


アーノルドの右掌が薄暗くほのかに輝き……、そして消えた。


魔力の注入を間違えたか、それとも詠唱をトチったのか。どちらにしろ不発という結果だろう。

ストロジアはそう片付けて攻撃を再開する。アーノルドを追い詰めながら声を張り上げる。


「言った途端に不意打ちか。しかし、焦って失敗したようだな」


「不意打ちなんて可愛いもんじゃないですか。ああは言いましたが卑怯をするつもりじゃないですよ?」


「へぇ?

じゃあ何の宣戦布告だったんだ?、っと」


ストロジアはアーノルドの上半身を狙って斜め上に切り払う。

アーノルドは、紙一重で避けたものの、バランスを崩し、身体を支えるために砂地に手をつき、体勢を直す。


ストロジアはその隙を突いて薙ぎ払おうと一歩踏み込んだ。



そのとき、


地面から魔力がほとばしり、吹き上がった。



熱い。ストロジアは最初にそう思った。

ふと、気が付いたら自分の身体は火柱の中にあり、体中が熱さで悲鳴を上げる。


「ちっ…」


咄嗟とっさに火柱から身体を解放するが、身に纏う炎は消えない。

ストロジアは砂の上に転がり、鎮火する。火傷で皮膚はただれ、髪も少し焦げたようだ。


起きあがろうと、上半身を起こしたとき、ストロジアより細い脚がしなやかに反った。充分に反った後、その脚はばねのように跳ねかえり、ストロジアの顔に強烈に蹴りが入った。



「ぐっ……」


吹き飛ばされた拍子にアーノルドと距離を置いて、追撃に身構える。


しかし、追い詰めることはなくアーノルドは不敵に口元を歪めるだけだ。


「さすがに俺でも静止体には思いっきり蹴ることはできますよ?」


妙に気に障る言い草にストロジアは顔をしかめる。


「……さっきの魔術は不発じゃなかったのか。」


恐らく据え置き型のトラップ。しかし、彼はギリギリまで掌に留めて必ずストロジアが踏むであろう場所を予測して仕掛けたのだ。


「さっさと適当な場所に仕掛けりゃーよかったのに」


「動きが特定できないと避けられる可能性がありましたし。誘導しようにも、魔力の波長が独立してたら気付くでしょう?ギリギリまで同化してないと引っかからないと思ってましたし」


さて、とアーノルドは構えなおした。余裕はとれるが、決して油断はしていない。360゜回っても隙が無さそうに彼を纏う空気が凍てつく。不穏な声音に氷点下を感じる。


「さて。“仕切り直し”と行きましょうか?」





―――――――――――





回避、相殺、反撃。

依然押しているのはストロジアだが、アーノルドの攻撃に転じている姿が多く見られるようになった。しかし、アーノルドの劣勢は変わらない。


じれったくも観戦していると、ティアルディリシアが低く唸った。


「……そろそろ終わるな」


それはすなわちアーノルドの負けが決まったということだろうか。まだ彼の勝ちを信じていたいがために強く反駁する。


「え、でも、まだ……」


「仕方ないから迎えにいってやるか。小娘、乗れ」


「えっ……?」


戸惑いながら双眼鏡の向こうのアーノルドとティアルディリシアを交互に見ていると、了承もとらずにティアルディリシアがエスラの襟首をくわえた。そのままエスラを自分の背に乗せた。


「そこの小僧も乗れ」


「あ、あぁ……」


驚愕の表情を浮かべたまま、エスラの後ろに僅かに距離をとって乗った。さすがのエドウィンもティアルディリシアの“小僧”呼ばわりは甘んじて受けるらしい。実際、ストロジア、アーノルド共にガキ扱いしているので、相当高齢と思われる。


「しっかり掴まれ」


言うが早いか、ティアルディリシアは地を蹴り、空を駆けた。


見上げると、空は暗く、暗雲が広がっていた。







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