紅い魔術の交差と属性の学び
「………軽りィ」
ストロジアはアーノルドを見据えた。攻撃を喰らったわりには余裕があり、嘲るような笑みを浮かべた。
「あれが蹴りって言えるのか?
筋力が足りねぇんじゃないのか?」
「……それなりにあると思いますよ」
淡々とした声音が発せられる。
言い切りがてら、アーノルドは本を開く。
「大体距離を離すのが一番の目的ですから。あなたが相手で近距離戦は分が悪い。」
「そりゃそうだな。だが、遠距離だからといって俺に勝てるわけでもないけど。」
不審そうにストロジアの挙動を見つめるアーノルド。と、ストロジアが懐から取り出した物を視認して、焦ったように早口で詠唱する。
「覇気を纏いし、刃の如く。火焔が轟き……―――」
「遅ぇ!バーンフレークッ」
ストロジアが手に持った金属の塊が溶け、複数の鋭い刃の形と化す。鉄の破片は熱を纏い、火を帯び、一斉にアーノルドに襲い掛かる。
「近距離特化型が長距離系魔術使うのはチートなんじゃないんですかッ。」
詠唱しかけた魔術を中断し、軽く舌打ち。向かってくる刃との距離を見計らいながら、違う魔術を行使する。
「広く地を支配せん者よ。我に力を、力に剛を、向かいくる全ての狂気に焔の鉄裁を―――」
魔術はアーノルドに当たるギリギリで発動した。
。アーノルドの周囲10メートルの円が炎で包まれて、彼を取り巻く刃が高温の熱で溶け出す。
しかし、一安心と息をつく間もなくアーノルドは目を見張る。眼前で高速の火球が一直線に向かってきていた。距離はおよそ5メートル。周囲に貼った炎の円は既に残滓しか残っておらず、高い魔力を要したであろう猛火の球を止めるには威力が足りない。その上、ホーミング性能のついたタイプの魔術のため、回避は意味ない。
アーノルドは懐からペットボトルを取り出した。ドノスを出立する前に買った500ミリリットルの水だ。一口口に含んだだけで殆ど残っている。
体内の魔素を右手に集中させ、高温を発生させる。ペットボトルは溶け、水が漏れ出す。溢れる水を掌に留め、間近に迫る火球と衝突させた。水に回転を入れ、威力を増させる。火球は重く、かなりの高熱を放っていたが、水の流れに負け、相殺され、火の粉となって空気中に散った。
丁度その時だ。
アーノルドの鳩尾に強烈な衝撃が入ったのは。
火球の相殺に気を取られていたアーノルドは猛ダッシュで駆けてくる人影に気が付かず、火球が消えた瞬間と同時に、その人影はアーノルドに蹴りを放ったのだ。
地面に留まることもできず、吹っ飛ばされたアーノルド。咄嗟に受け身をとったので、打ち身のダメージはなかったが、何しろ急所だ。ズキズキと痛む鳩尾を押さえて、こらえきれずに咳き込む。
「蹴り、ってのはこういうもんだろ?」
勝ち誇ったようにストロジアが笑む。
彼の手元には自身の愛剣がない。後方に置きっぱなしとみえる。そこは先程までストロジアが立っていた場所だ。最初の魔術を放ち、連続して火球を出したと同時に剣を捨てて走り出したのだろう。そうでなければ、短時間でアーノルドの眼前に迫り、蹴りを入れるのは難しい。いくら腕力、脚力に自信があったとしても、相当な重量の巨剣を片手に走ることはまず不可能だ。
「場所が悪かったな。お前の得意な属性の魔術が使えやしないからな。」
「………大体砂漠なんてあなたの大好きな炎くらいしかまともに使えないじゃないですか。水だって空気中から生成できませんし。」
まだ痛みが残るのか腹を押さえながら、アーノルドは立ち上がった。
「俺は公平を期すために決闘場所は確保していたんだがな、どっかの誰かさんがすっぽかすからこんな面倒くさいところになったんだろうが。」
しばし対峙して、沈黙する。最初と同じ状況である。ただ先と違ったのは、動き始めたのはアーノルドの方ということだ。
アーノルドが本をめくりだした瞬間、ストロジアは後ろへと下がった。今のストロジアは丸腰だ。ホーミング系もしくは広範囲の魔術がきたら防ぎようがない。急いで剣の元へ向かう。
「地に宿る御力、空に漂う覇気の元。火焔に灼かれ、無に還れ。世界を侵蝕する神の御心のままに―――」
途端、アーノルドを中心に火の渦が巻き起こった。時間とともにその範囲は広がり、やがてストロジアの近くまで炎が押し迫った。
チリ、と微妙に髪が焼かれる音がした。それでも構わず、ストロジアは駆けた。
「プロテクト。」
短くストロジアが吐くと、ストロジアの周囲の空気が圧縮し、保護膜が彼を覆う。範囲を広げたためにアーノルドの魔術は些か威力が劣り、容易く火焔は弾かれた。これ以上は無駄だと判断したアーノルドは魔術を中断し、その間にストロジアは愛剣を手にした。
「仕切り直しだな」
好戦的にストロジアの目が光る。アーノルドは深く眉を寄せて、攻撃に備えて構えた。
―――――――――――
「……どうでしょう、現状は五分五分ですかね?」
「ややクロノスが劣勢とみていいだろう」
エスラはアーノルド、ストロジア双方の動きを注視する。現在は接近戦となっており、双方引く様子はない。しかし、攻めているのはストロジアで、アーノルドはストロジアの放った剣を躱したり、魔術を相殺したりで攻めに転じる素振りはない。否、できないのだろう。
魔術の展開スピードは圧倒的にストロジアが早く、どうしても後手に回ってしまうし、魔術だけに気を取られていたら剣が薙ぐ。
展開スピードは詠唱の長さだとティアルディリシアは言った。昔、アーノルドが魔術の情報を呪文に織り込むことで魔術を行使できると言っていたが、情報が合っているなら、呪文は個人で決めていいらしい。だから、大抵の人は短い呪文をにするのだが、アーノルドのは何度も耳にしたことがあるが、とても長い。その理由は手持ちの魔術の量だ。扱える魔術が十数個ならば、それこそ“火”“水”と言うだけで行使することができるが、アーノルドの扱う魔術はとてつもなく――正確な数は教えてくれなかったが――多く、重複することがあるので、あえて長い詠唱でかぶらないようにしているらしい。
ストロジアも継承した魔術は多いらしいのだが、彼は自分で使う魔術を絞っているので、短い詠唱を可能にしているそうだ。
要するにスタイルの問題だ。
様々な状況を想定して、バリエーションを豊富にするか、得意な分野に絞って詠唱スピードを上げるか。
「でも、そのバリエーションが全然生かされてないですよね?」
見たところ、二人とも炎の魔術しか使っていない。一度アーノルドが火焔の相殺に使ったっきりだ。しかも、詠唱魔術ではない。
明らかに水の方が有利なのに行使しているのは炎だけ。この状況からすれば、アーノルドの劣勢はある意味当然だ。
「何故アーノルドさんは炎系の魔術しか使わないんでしょうか……?」
不安げな心持ちで零した疑問を拾ったのはエドウィンだった。
「おそらく“使わない”んじゃなくて“使えない”んだ。」
「え?」
目を丸くするエスラをよそに、エドウィンはティアルディリシアに「だろう?」と聞いた。
ティアルディリシアは頷く。自分の主が劣勢に立っているのに表情一つ変えずに淡々とした様子だ。
「魔術の基本元素は“炎”“水”“雷”“風”“地”。
“炎”は一定の酸素があれば使えるが、“水”は空気中の水蒸気量が充分になければ、行使できない。近辺に川や海などがあれば、座標が特定して用いることができるが、ここらは水辺がないからな。
“雷”は雲があるところでなければ使えない。派生の放電もあるが、この地域では適さない。
“地”は“水”の派生といってもいいほど水を要する。固体には魔素を直接織りこむことができないから魔素を混ぜた水分を織りこまなければならないからだ。
小僧の得意属性の“炎”を強めてしまう“風”はまず論外。
ということで“炎”を使わずを得ない」
「はぁ……」
脳の使用可能範囲をフルにして呑み込もうと試みたが、残念ながらそもそも使用可能範囲が常人のそれより遥かに狭いエスラはティアルディリシアの言葉を一瞬で理解しきることができなかった。要するに砂漠だと使える魔術が限られてくる、っていう認識でいいのかな。
あながち間違ってもいないのだろうが、省略しすぎな感じもしなくない。が、下手したら中学生にも劣るおつむに完璧に理解しろ、というほうが無理な話である。
「じゃあ圧倒的にアーノルドさんが不利じゃないですか!?」
「自業自得だ。仕方がない。」
割り切るエドウィンにぐうの音も出ない。
場所を用意する、とまで言ったストロジアの決闘を渋ったのはアーノルドだし、いざ決闘というときに場所の移動を提案しなかったのもアーノルドだ。それで不利になろうと彼の責任でしかない。
それでも附に落ちないエスラにティアルディリシアはぽつりと小さな声で呟いた。
「そうは言ってもあいつも手札は用意してあるがな」
微かにエスラの耳に届いた言葉。聞き返そうと口を開いたそのとき、状況の転換に目を見張った。




