お約束は完遂しましょう
「で、まさか正式ルールの決闘じゃないでしょうね?」
「当たり前だ。そんなあほらしいのやってられるか」
「距離とったほうがいいでしょうね。巻き込んだら大変ですし」
「周囲に気を遣いながらなんて面倒だからな。1キロ……、はギリギリだな。余裕をもって1.5キロが妥当かな。」
「まぁ、それくらいでしょうね」
やるとなれば、事を進めるのは早いらしく、パッパッと決闘におけるルールやらを決めていく。
正式ルールがなんなのかは解らないが、ストロジアの言葉を借りると“あほらしい”ものらしいので、あえて口にはださなかった。
いやそれにしても……、
エスラはエドウィンにポツリと零した。
「1.5キロもギャラリーと距離をとんないといけない決闘って何なんでしょうね……。」
「そこまで広範囲で危険な技を繰り広げるってことだな。」
過去数回にわたってアーノルドの魔術をみたことがあるが、せいぜい三百メートルの円内に納まるくらいの規模だった。その五倍まの距離を必要とする意図が読めないが、彼らが言うならそれが正しいのだろう。エスラは無理やり自分を納得させる。
ふと、アーノルドたちに目を向けると、いつの間にか雷光虎たるティアルディシリアを召還していた。
『ほぉ、ゼウスの小僧とやるのか。久方振りだな』
「雷光虎か。確かお目にかかるのは七年ぶりか。」
アーノルドはティアルディシリアに飛び乗る。
「久方振りついでに決闘することになったんで、ここからもう少し離れたいんですよね。後ろの二人が巻き込まれたら大惨事になりかねませんし」
『…………また雑用か。もう少しやりがいのある仕事がいいんだが』
不満そうに喉を鳴らすティアルディシリア。
アーノルドは、エスラたちのほうを向き、(多分)穏やかに言い放った。
「さっさと終わらせてきますので」
若干、先刻に発言をしたエドウィンへの嫌悪が入り混じっていたような気がするが、大方いつも通りである。
ティアルディシリアは跨ったアーノルドを乗せ、颯爽と駆け出した。
「フレイムグライド」
ストロジアが静かに唱えると、構えた巨剣に焔が帯びる。燦々(さんさん)と瞬く焔が次第に火力を増していき――、切っ先から一気に噴出する。切っ先を下に向け、片手で柄を握り、バランスをとると、ストロジアの身体が宙に浮く。
「よっ……、と」
そして、数秒滞空したかと思うと、火力は爆発的に増し、ストロジアは勢いに任せ、ロケットといっても差し支えないような異物でアーノルドを追う。それも凄まじいスピードで。風圧とか平気なのかな、と彼の呼吸が心配になったのは余談である。
「さて、」
エスラは一呼吸置いてウエストポーチを探る。予備の着替えや金品が所狭しと押し詰められている中、目的の物を探り当てた。小型双眼鏡である。流石に1.5キロ先は視認できないので、これで見物しようというハラである。なんていったって騎士団員だ。戦いや決闘と名の付くものは興奮せずにはいられない。
隣を見ると、アーノルドも似通ったものを取り出している。隊長格といえど、本質は変わらないものだ。
幸い、砂漠なので、雲の陰りは一切なく、眩く輝く月光や星光でライトがなくても、闘いの微細か分かる。
「にしても……、あれだけ豪語していましたが、本当にアーノルドさんは勝てるでしょうか?」
アーノルドがストロジアに勝ったことさえ、未だ半信半疑だ。間近にストロジアの実力を見た者としてはやはり信じがたいのだ。
エドウィンはしばし黙考し、真摯な眼差しでエスラに向いた。
「お前、ストロジア・ゼウスの戦っている様子を見てどう思った?」
「……凄く強いと思いました。……私じゃとてもかなわないです。」
俯きがちに、正直に思ったままの感想を言うと、「うむ」と肯定の返事が返ってきた。
「私も見ていたが、マトモな剣を振らせても並の隊長格じゃかなわない。それくらいの実力を秘めている。」
だったら勝てる可能性なんて。でかかった言葉を何とか呑み込んだ。エドウィンが真面目な顔でエスラを見ていたからだ。
「もう一つ聞くぞ。何故クロノスが此度の特務に選ばれたんだと思う?」
いきなりの変化球に虚を突かれた。
「王都の一番近くに住んでいたから……とかですかね?」
自信なさげにおずおずと答えてみると、エドウィンは「それも一つの要因だと思う」と言った。
それ以外に何かあるのかと小首を傾げていると、エドウィンは話を続けた。
「だが、わざわざあんな面倒くさい魔術師を選ぶことはなかったと思う。戸籍もなく、立ち入り禁止区域で移住する。そんな男は性格も難ありだと聞いただけでも分かる。」
「でも、魔術師の存在が一人しか確認出来なかったら、否が応でもその一人に決めませんか?」
「ベテランで何人もの生徒を有名学校に送り出した実績のある教師と、王立の難関大学を卒業したばかりの教師。家庭教師にするならどっちを選ぶ?」
またしても突飛な話題の転換に戸惑いながらも、きちんと答える。
「前者です。」
「理由は?」
「後者は成果がないので良し悪しがまだ分からないから、確実に実績をあげられる方を選びます。」
エドウィンは短く首肯する。
「陛下は魔術師が一人しか確認できていなかったら、絶対に頼まなかったはずだ。何故なら“良し悪しが分からないから”。比較対象もなしに、レア度に惹かれて魔術師を選ぶよりか、剣より魔術と言われても、騎士団から実力のある幾人抜粋するほうが堅実というものだ」
「じゃあ、アーノルドさん以外にも他の魔術師の情報は掴んでいたんでしょうか。」
「多分な。そうであるなら魔術師の実力も分かるし、その中で優れた者を選ぶ。もしも私が陛下の立場ならな。
たとえ魔術師という付加価値があっても、大した実力のない者を連れていこうとは思わない。」
ストンと腑に落ちた気がする。国王があれほど準備周到に事を進め、アーノルドを懐柔させたわけか分かった。金で釣れる輩だっていたはずだ。けれど、アーノルドを選んだ。それは……、
「陛下はクロノスの実力を認めて、特務を出した。
そんな男がやすやすと負けるとは私は思わない」
ようやく、結論に辿り着いた。
エドウィンは言い切ってから、少し顔をしかめた。
「……というかあんな大口を叩いて負けてもらっては困る」
苦々しげに顔を歪めたエドウィンを見てエスラは笑みを零した。
「そうですね。よく考えてみたらアーノルドさんが負けてる姿が想像できませんし」
確かにアーノルドが勝つビジョンは思い浮かべることができなかったが、それ以上に“あの”アーノルドが負ける姿は想像できない。負けず嫌いだし、何より毒舌皮肉だが、有言実行ではあるのだ。
『まぁ、ゼウスの小僧が相手だ。そう簡単にはいかないとは思うがな』
「…え?」
背後からきこえたエドウィンではない誰かの声に振り返ると、ティアルディシリアが佇んでいた。輝く体毛は神々しく、現のものとは思えない。
『久し振りの闘いだからな。鈍ってないか見てやろうと思ってな。』
「は、はぁ。ていうかストロジア・ゼウスとティアルディシリアさんて面識あるんですか?」
“ゼウスの小僧”と呼んでいたが、少なくとも二度三度は会っているような口調だ。
『大概坊がゼウスのと闘うときは私を喚ぶからな。戦闘に使う使わないはともかく。何せゼウス本家の隠し玉だ。そう簡単に倒せる相手ではない。本来はな。』
「隠し玉……ってどういうことですか?」
ティアルディシリアは驚いたように瞳を細めた。
『坊から聞いてないのか?』
「クロノスとゼウスの対立による因縁とは聞きましたけど。」
『まぁ、間違ってはいないが、もう少し複雑な関係ではある。
ゼウスの小僧は昔は神童とまで言われていたほどの才能の持ち主だ。坊は大口叩いていたが、ゼウスの小僧を一矢報いんと躍起になってる輩だって山ほどいるのさ』
「へぇ。そんな強いならアーノルドさんに固執することないのに」
実際ストロジアの執着心は並大抵のものではない。普段は温厚な様子なのにアーノルドが絡むと鬼気迫るものに変貌する。
ティアルディシリアは眉をひそめ、遠い目をしていた。
『……それが複雑な問題なんだがな、―――っと。始まるぞ。』
エスラが慌てて双眼鏡を構えると、アーノルドとストロジアが10メートルもの間隔を開け、立ち会っていた。ストロジアは剣を中段に構え、アーノルドは本を閉じたまま自然体で向かっている。そして、二人を取り囲むようにティアルディシリアが数匹―――。
と不自然な気がしてもう一度見直してみる。
ストロジアとアーノルドが向かい、そこから離れたところにティアルディシリアが一二……四匹か。……いや、おかしい。
恐る恐る振り返るとやはり先刻と違わず、ティアルディシリアがいる。しかし、双眼鏡を介してもティアルディシリアが数匹。
不可解に思ったエスラに感づいたか、ティアルディシリアが結論を教えてくれた。
『あれは私の分身だ。坊が暗いからと言ってな。』
忌々しげに語るティアルディシリア。ライトがわらに使われたのが不満なのだろう。実際、雷光を纏う彼の身体は暗所であれば、ライトになるくらいの明るさを放っている。
よく見ると、アーノルドらを取り囲むティアルディシリアは二回り以上も小さいように感じる。
しかし、ティアルディシリア分身のお陰でアーノルド達の回りは明るく照らされ、決闘の様子も微細に見物することができそうだ。心の中で彼にそっと礼を言う。実際に面と向かって礼を述べたらこの上なく不機嫌になるだろうことを慮っての配慮だ。どちらにしても彼にとって不本意であることは間違いないが。
気を取り直してレンズの奥に映る1.5キロ先を見つめる。決闘というと本来なら、「お前を絶対倒す!」「やれるもんならやってみやがれ!」のようなお約束的な丁々発止か、「我が名は〇〇!貴様の首を頂戴する者の名だ!」という口上が期待できるのだが、二人の間には何とも言えない奇妙な雰囲気が漂い、沈黙しているようにしか見られない。緊迫感溢れる――を越えて北極圏にいるような殺伐とした空気がみれる。
しかし、同時にどちらが先に動くか推し量っている様子でもある。
相手を誘うか自分から動くか。エスラは固唾を飲んで様子を見つめた。数十秒の静止の後、先に動いたのはストロジアのほうだった。
砂地を蹴りだし、アーノルドに向かって一直線に駆ける。右手に携えた巨剣は身体にピタリと寄せている。向かい風の抵抗を減らすためだろう。
対するアーノルドは呑気にストロジアを傍観している。防御の姿勢をとるわけでもなく、後の先で迎え撃つわけでもなく、抜きすぎじゃないかと危惧されるくらい力が抜けている。
二人の距離が狭まっていくうちに、ストロジアは柄を握る手に力を込める。先制攻撃の準備であろう。
ストロジアが間合いまでアーノルドに近付いたとき、彼の剣が円弧を描き、アーノルド目掛けて真上から振り下ろされた。
ドシン、と重低音が聞こえるようである。
砂漠に埋まった剣を見る限り、結果的には空振ったととっていいだろう。直前まで微塵も動かなかったアーノルドだが、ストロジアの手首が返された瞬間、サイドに回避したのだ。
安堵の息を漏らす間もなく、追撃が加えられる。縦横無尽に振り下ろされる刃にアーノルドは機敏に躱す。その動きといえば、普段の怠惰な様子とは考えられないものだった。
「……あいつ、あれだけ動けるなら普段からそうしてもらいたいものだな。」
エドウィンが眉間に皺を寄せてぼやくのも頷ける。
だが、初撃を躱したからといって安心できるものてはない。左右に薙ぐだけの力業だが、回数を重ねる毎に遠心力が増し、ただでさえ重量を想像するだに恐ろしい剣が威力と剣速を増す。それでいて、少しもバテた様子がない。
「避けてるだけじゃ埒があかない……」
言うほど簡単ではないことは判ってる。ヘタに手を出したら吹っ飛ばされること必至だ。焦れったい気持ちを殺して歯噛みする。
しかし、アーノルドはその直後、動き出した。
何度となく振られた巨剣をタイミングよく片脚で押さえる。といえど、片脚でかけられる体重は僅かに勢いを減殺する程度にしかならなかった。ヘタに手を出したら――この場合脚だが――の典型的パターンが目に見えるようである。ストロジアは全くアーノルドの脚に頓着せず、アーノルド諸共跳ね飛ばす。吹き飛ばされるかと思われたが、アーノルドは逆にその勢いを利用し、刀身を力強く蹴り、跳躍した。
滞空中にアーノルドは口を開いた。慌ただしく動く唇は何を言っているか分からないが、魔術の詠唱をしているように見える。唇の動きが止まると、アーノルドの手から火焔が渦巻き、やがて人の頭程の火球が出来た。
火球はストロジアに向かって落下。固唾を飲んで見守っていたが、ストロジアは剣で難なく防いだ。
そうなると、不利になるのはアーノルドのほうである。ストロジアは腰を落とし、剣を深く構える。アーノルドの着地前に一撃喰らわすつもりだろう。
ストロジアは水平斬りに剣を振る。
エスラはドクンと、心臓が高鳴った。滞空中に素早い回避は難しい。鮮血が飛び散らないことを祈りながら、凝視する。
振り切られた巨剣。
見開いたのは、アーノルドではなく、ストロジアだった。
ギリギリで上半身を反らして切っ先を躱していたのだ。
大振りに剣を振るったストロジアの半身はがら空きで、その隙を逃すアーノルドではなかった。
俊敏に、ストロジアの脇腹に蹴りを叩き込む。体格的に大した威力は無さそうだが、ストロジアは僅かにノックバックした。連続攻撃を恐れてかそのまま後ろに下がって、アーノルドと距離をとった。
「………あいつもそれなりにやるな」
鼻を鳴らしながら言ったエドウィン。
それは彼にしてはけっこうな賛辞だとエスラは思った。




