身の程を知れ
メインキャラクターの一人、主人公の上官が登場です。
アイリア王国王立騎士団。世界の二大大国の内の一つであるアイリア王国の保持する治安組織である。この仰々しい組織名の割には、仕事は他国の警察と軍事組織を足したような、変わり映えない職種だ。
昔は、騎馬による戦が主流だったため、騎士団と呼称されていた。しかし、時代が移り変わる内に騎士は廃れ、歩兵が中心となっていった。それでも、3125年の歴史を守るため、呼称はそのままで組織の中枢を変えていった。
今現在では、国の治安を統括する民事課、他国との戦争や紛争を担当する国防課の2つに分かれ、アイリアの武力として存在している。
今は平和ぼけしているこの国も――現在は停戦しているもう一つの大国――ガリアナ帝国との戦ともなれば、騎士団総出で立ち向かうのだ。
希少な国防課女性団員たるエスラとミリアも、有事の際には前線で国のために剣をふるうのである。
ミリアの後を追うように入った先は騎士団本部脇の臨時試合場であった。
臨時試合場は正式な本会場が使用できないとき用の特別会場のため、本会場より遥かに狭い。一度に組める試合は3、4試合程度で、公式試合――入団試験、昇格試験など――には、めったに使用されない。そのため、団員の個人的な自主練にも気軽に利用することができる。例えば、――団員同士の非公式な練習試合などにも。ようやくミリアの言った『見せ物』の意味が分かり、分かった途端に鼓動が跳ねた。
団員同士の試合ほど、見物していて楽しいものはない。公式試合とは違うから細かく反則が取られることもないし、時間を気にすることもない。剥き身の剣で戦える事も大きい。規則がないぶん、危険性も高く、過去に幾らか死人、重傷者も出しているが、自由に戦えるだけあり、繰り広げられる技もハイレベルだ。強い団員の試合には、勉強がてら見物客がわんさかと寄ってくる程である。
事実、今日の試合には、リングを二重三重に若き団員達が囲っていた。 しかし、男女比甚だしい騎士団で女子が団員達の向こうにあるリングの詳細を見物することなどできまい。
しかも、相手はレディーファーストという言葉を知らないような猿共である。
よほど腕の立つ団員なのだろうが、観戦するには少し遅かった。今回は諦めるしかなさそうだ。
という旨をミリアに伝えると、明らかに馬鹿にした笑みで、そのまま小突かれた。
「このあたしを誰だと思って? 数多の男をこの美貌でオトしてきたミリア・シャーレ様よ。これしきで慄いていたら、やってられなくてよ。」
勇ましく宣言して群衆へと向かい、その内の一人に声かけた。「そこ通してくれる?」
「はぁ?何で譲らなきゃ……」 苛立ったように振り返った団員の声は尻すぼみに消えた。ミリアの天女のような微笑みに逆らえるやつなどこの世界にもいやしない。
案の定、その団員はミリアの虜と化して、言われるがままに後ろに下がった。
「いや、全っ然構わないっすよ!どうぞ、前へ前へ!」
日頃から小悪魔で通してるくせによくやるな、おい。
突っ込みの一つや二つ、入れたいところではあるが、ミリアが団員に礼をいいながら、エスラに対して邪気を放っている為、口を慎んだ。余計な事、いうなよ?ミリアの心の声が透けてくるようである。
その後、順調に交渉し、ミリアはリングの最前列を確保した。 エスラはというと、完全にミリアの腰巾着状態だ。
真横で、どうよ?と勝ち誇るミリアに鼻を鳴らした。
あたしだってもうちょっと色気があれば、と知らず知らずのうちに胸元に視線を落とす。ミリアの豊満なボディとの差は3才の年齢差そのままだと思いたい今日である。
リング上にはまだ誰も構えておらず、ただただ辺りの喧騒が響くだけであった。壁掛け時計が示す針はもうじき12時、そろそろ始まる頃合いだ。
「ところで、誰と誰の対戦になるの?」
「内緒ー。どうせもうじき始まるし?」
依然とはぐらかすミリアにチッと舌打ち。すると、宥める(なだめる)ようにミリアが言った。
「まぁまぁ。結構面白い対戦カードだったから伏せておきたいのよ」
「面白いって…「………おい。決闘っていうのは、もっと密やかに行うものだと思っていたのは私だけか?」
「俺だってこんなつもりじゃ……。同室の奴にポロッともらしたらいつの間にか…」
「………あとでそいつ諸共しばいてやるから覚悟してろ」
二人の影が次第にリングに近付き、観衆が道を開ける。
一人は、第4隊次期副隊長、オルゴ・クラース。そして、もう一人は第3隊隊長、エドウィン・ハガード。エスラの直属の上司である。
エドウィンの凛々しい風采が目に入った瞬間、胸が高鳴った。ハガード隊長の剣をこんな間近に見られるなんて初めてだ。思うと、興奮と緊張で一気に心拍数が高まった。二人はリングに上がり、羽織っていたジャケットを脱ぎ捨て、抜剣した。クラースの方は割と細身の長剣で、エドウィンは、エスラより一回りも大きい大振りの剣である。
威力としては圧倒的にエドウィンの剣の方が勝っているが、勝負はそそれだけで決まるものではない。リーチは僅かにクラースの方が長く、細身故の軽量で剣を素早く振りやすいという利点もある。
二人が剣を携えて一礼、そして胸の前で構える。
周りは礼節を守り、喧騒は静まり返った。辺りを静寂が包み、場内の審判を務める係員がリング外で片手を上げる。
「レディー……、」ファイトッ!
言い切ってすぐ、クラースの方から先制を仕掛けた。先ほどの沈黙がなかったかのように群衆は野次を飛ばしつつ、歓声を上げ始めた。
クラースの攻撃はというと、見た目通り速攻攻撃でエドウィンに素早く斬撃を叩き込む。エドウィンはそれを綺麗にいなし、双方一歩も引かない。
「先輩、久し振りの試合で申し訳ありませんが、勝たせて頂きます!」
クラースが叫ぶと、剣撃が変化した。先程までの単調な攻撃からら打って変わり、上下左右斜めに叩き込まれる変則的な攻撃となった。
右、左、上、斜め下、右、下………
多方向に切り込まれる剣にエドウィンが反応しきれていない。 クラースの剣と違い、重量がかなりあるエドウィンの剣は連続攻撃に弱い。振り回すに相当腕力が必要とし、素早く防御に徹するには向かない為である。それでも、ギリギリでかわし続けてはいた。しかし、3分間の攻防で遂にクラースの剣がエドウィンの右腕を掠めた。
歓声が一際大きくなり、場内を熱気が包む。歓声の合間に微かに話し声が聞こえる。
遂にあの、ハガード隊長破られんじゃね!?
クラース中佐結構押してるし。
番狂わせもありうるかもな!
ムッとしたエスラの代弁か、ミリアがいかにも可笑しそうにクスクスと笑った。
「何馬鹿なことほざいてるんだか。あの人を負かすことができる人なんて、騎士団でも有数でしょうに」
クラースは立て続けに剣撃を入れようとしたが、エドウィンは一瞬の隙を突いてクラースに剣突を放った。クラースの剣がエドウィンの腕を掠めたあの時である。クラースは間一髪のところでかわし、エドウィンと距離をとった。
「少しかすっただけで気を抜くとはまだまだだな。勝負は終わってないぞ?」
エドウィンが不敵に笑う。
クラースは頬を紅潮させてわなないた。
「そんなの……っ、分かっています!」
言うが早いか、剣を中段に構えたまま、エドウィンに突進してきた。
「冷静さを欠いたら負ける、口を酸っぱくして教えただろうが」
呆けた声で溜め息をつくと、突っ込んできたクラースを紙一重で避け、標的を失った剣がリングの縁にあたる寸前で止まる。リング外に出る手前で踏みとどまったのだろう。
しかし、その隙を見逃すエドウィンではない。
腕を取り、綺麗に背負い投げを披露する。押し倒されたクラースの鳩尾に体重をかけ、剣の切っ先を首筋に向ける。
「剣を使うまでもなかったな」エドウィンが呟いた。
クラースは拗ねたように視線を逸らし、「アイ、リザイン……」
クラースの声を聞き取って審判が声高々に言い放った。
「勝者、エドウィン・ハガード!」
観客のボルテージが最高潮になった。嬌声を上げる他の女性団員もいれば、残念そうにリングを見つめる輩もいる。
一方、エスラは先程の試合に一抹の不満を感じていた。
もう少し隊長の剣を見ていたい。今の試合は殆ど剣に頼ってなかっった。だから、もっと見応えのある隊長の剣を見たい。だって、あの人の実力は全然あんなものじゃない。
そんな思いが要因で魔が差したのだろう。クラースがリングから出た後の自分の行動といったら、恥ずかしすぎて身が縮む。