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逃げきれないなら立ち向かいましょう





昼間とは一転、夜の砂漠は身が凍えるほど寒い。震える身体を叱咤し、ひたすら歩を進める。そんなに大きな砂漠ではないので、一晩歩けば砂漠は抜けられる。

欠伸をかみ殺しながら、いつになくキビキビとした様子で先頭を歩くアーノルドを見つめた。


「アーノルドさん……、本当に良かったんですか?」


「……………何がですか?」


「何が、って……。ストロジア・ゼウスとの決闘のことです!」


脱兎のごとく、と言うべきか、アーノルドは競歩並の早さで砂漠を横断している。彼は凄まじいまでにドノスを出発することを主張した。早い話が、決闘のすっぽかしである。


アーノルド・クロノスという人物の人格が次第に分かってきた上での予想の的中であるが、まったく嬉しくない。


「大体、いつもは超常現象が解決したあとも、様子見で何日か滞在してるじゃないですか。」


「大丈夫ですよ、魔力はかんじませんでしたし。それにストロジア・ゼウスは案外責任感強いですから彼がちゃんと代わりを勤めてくれます。」


うわっ、最悪!

相手の決闘すっぽかした挙げ句、自分の責任放棄してやがるっ。


益々ストロジアが不憫になってくる。


エドウィンも呆れ顔だ。


「男らしくないな。決闘くらい受けてやればいいのに。」


「以前は、早く超常現象を解決しろとか言ってませんでした?」


「名目は様子見だし、所詮三日だろう?」


アーノルドは溜息混じりに返す。


「とにかく面倒くさいことには関わらないが一番なんです。」


この場合、決闘をすっぽかされた上、面倒くさい呼ばわりされたストロジア・ゼウスが哀れが仕方ないんですが。


やれやれと首を振るエスラ。エドウィンもそれに同調した。


この時、あたしはストロジア・ゼウスという人物を完全につかめていなかった。






―――――――――――



「あれ?」


ドノスを出て二時間弱。身体もポカポカと温まってきた時だった。エスラは夜空を見つめて声をあげた。

雲一つなく広がる空に、赤く輝く“何か”が滑空していた。流れ星にしては小さい。それに、低空にある。輝きも星の瞬きとも流星が帯びる細い光とも違い、焔のようにぼうぼうと燃える輝きだ。


「……随分低いな。あれは一体なんだ?隕石の墜落だったら我々も無事でいられないんだが。」


「隕石にしては小さいですけど………、ってこっちに向かってきてません!?」


何週間か前かの火炎岩ファイアロックスを思い出す。あれは確かホーミング性能があったはずだ。遠目から見るとそれに似通っているような気がする。


「ハガードさん、サーティスさんッ!!」


焦ったようなアーノルドの声。手持ちの創造の書を開き、僅か数秒で目的のページをめくる。いつもとは打って変わったその超然とした動作が非常事態だと知らせていた。


「とっと逃げますよッ、と。

身に纏いしいかづち、威光に溢るるその風采――……」


「ちょっ、待ってくださいっ。超常現象なら解決したほうがいいんじゃ……っ。」


突如早口で呪文を唱え始めたアーノルドを牽制する。すると、じれた様子で返答した。


「超常現象より厄介だから逃げるんですよ。」


「それってどういう……」


エスラの声は何者かによって掻き消された。注釈すると、それはエドウィンではない。真上からの怒声だ。


「アーノルド・クロノスッッ!!テメェふざけんなッ!」


見上げると、先程の異物が宙に浮いていた。エスラ達から十メートルくらい上空にあるだろうか。隕石か墜ちてくるかと一瞬ひやりとしたが、よくよく十メートルの距離から観察すると、まったく違うものだと判明した。



火焔を纏った巨剣を片手で携えたストロジアが“空に浮いている”。



いや、正確にいうと、“ストロジアの巨剣がさながらロケットのような状態で火を噴き、彼はそれを支えにして浮いている”だろうか。


どちらにしろ異端であることは間違いない。

あれも魔術の一種なのかなーと呆然と見つめていると、ストロジアは火焔の勢いを弱めながらゆっくりと着地。そして、アーノルドに肉薄する距離まで近づき、間近で悪態をついた。


「なに迷いもせずとんずらここうとしてるんだよ。ふざけんな。こちとらお前をぶちのめすためにどれだけ鍛練したと思ってるんだよ。」


「………俺は承諾した覚えはないんですけど。」


完全に逃げるタイミングを失ったアーノルドが邪魔をしたエスラに対し、恨みがましい視線をぶつける。


「昔からお前はことあるごとに俺との対戦から逃げようとしやがって。そうしたおつむの具合も相変わらずだな」


嵐のように浴びせかけられる言葉に辟易したようなアーノルド。

エスラとしてはすっきりしたようなモヤモヤするような曖昧なこころもちだ。

ストロジア・ゼウス……、昔からすっぽかされては追いかけてきたんだろうな…。

それを思うと益々不憫に感じてくる。


そんなエスラの内心を読み取ってかエスラのほうにとばっちりがきた。


「小娘ェェ……。お前伝言頼んだよなァ?」


ただならん殺気を視線に乗せて、ギロリと睨む。エスラは顔を背けた。


「……ちゃんと言いましたよ?」


「足止めくらいしとけよ。」


完全に八つ当たりである。


にしても、昼間の人格が嘘のようだ。そんなに深い因縁があるのだろうか。


「決闘、っていっても、立会人だっていないし、無駄に疲れるし、面倒くさいことづくめじゃないですか。」


「そうかそうか。いつものようにいつものごとく、そうしてごねるわけか。」


ストロジアはアーノルドから少し離れる。

剣呑な目つきは変わらないが。


「だが……」


鞘走る音がほとばしった。


巨剣の切っ先はアーノルドの首もとに据えられ、ストロジアは不敵な笑みを浮かべた。


「拒否権は無し、だ」


ハァァー、と深い溜息がアーノルド口から飛び出た。


「嫌ですよ。また今度なら考えても良いですけど」


「いーや、お前は“今度”でもやらないね」


「当たり前です。誰が好んでそんなことを。考えるだけです。」


首に剣先を突きつけられているにもかかわらず、緊張感皆無な会話に一瞬でも警戒した自分が馬鹿らしくなった。

キリがない二人を目の当たりにして、いつ終わるかなぁと投げやりなことを考えていると、エドウィンが口を挟んだ。


「面白そうじゃないか。受ければいい、クロノス。」


途端に長い前髪に隠された顔が苦々しくなったように感じた。


「面白そう、って俺じゃなくてあなたでしょうが。」


「対人戦闘における魔術の使い方も興味があったしな。やれ。」


アーノルドとは真逆に珍しくにこやかなエドウィンの表情。

基本的にアーノルドとエドウィンの機嫌が反比例だと気付いたのはつい最近のことだ。


「へぇ、お前よりこっち男のほうが話がわかるな。」


言いつつ、ストロジアはアーノルドから剣をひいた。

アーノルドはトゲトゲした雰囲気でエドウィンに詰め寄る。


「何で余計な時に余計な事を口挟みますかね、あなたは」


「最初から決闘くらいやればいいとは言っていたがな。個人のことだから強制はしないが、その場合、私はお前がそこの奴より弱かったから逃げた、という判断は下す」


「………。」


諦めたのか、いかにも不本意ながら、といった様子でアーノルドはストロジアに立ち向かった。案外、アーノルドも負けず嫌いな性格である。


「……やるならやるでさっさと終わらせましょうか。」


「急にやる気だな。さっさと終わらせる、で自分から負けるみたいなことすんなよ、つまんねぇから。」


煽るようなストロジアの口調にアーノルドは鼻を鳴らす。


「ご心配なく。俺は面倒くさいことは嫌いですが、自分が負けることも嫌いなんです」


「そりゃー、よかった」


アーノルドを纏う空気が冷ややかに凍てつくのが感じる。いつもは伸びきらない背筋が、ピンと立っている。

……本気だ。ゴクリ、と唾を呑みこむ。緊張感が流れるこの空気でとても平常心ではいられない。

そんななか、平然としているエドウィンはストロジアに振り向き、以下のことを言い放った。


「先程も言った通り、アーノルド・クロノスは我々の保護下にある。お前が致命傷を与えようとしたとき、もしくは既に勝敗が判定できるとき、止めに入る。予め了承してもらおう。」


ストロジアはにやりと口元を歪めた。


「ということは、あんたが止めにはいるとき俺の勝ちということか」


その時、アーノルドから僅かながら殺気が出でたような気がした。


「ハガードさん、杞憂ですよ。」


じろりとエドウィンをねめるアーノルド。その姿は、いつものような飄々とした様子でありながら、背筋を強ばらせる雰囲気を醸し出していた。




―――かくして、アーノルドとストロジアの決闘が始まったわけである。








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