逃げるが勝ち
宿屋に帰ってきたら、見覚えのありすぎる二人の男が労うような視線を向けてきた。
「お疲れ様です。」
「ご苦労だったな。」
その口調からして屋外の騒ぎには気付いていたらしい。
でも、だったら……、
積み重なっていた鬱憤が心の中で一気に膨らんだ。溢れ出す気持ちをこらえようとしつつも、些少の発散。
「だったら、何で応援に来てくれなかったんですかっ!?」
町民を守ろうと意気込んで突進したところを邪魔だと突き飛ばされ、一人で打ちのめしていくストロジアを傍観するしかできなかった。挙げ句、親しげに話しかけられ、伝言を頼まれるという行き場のない屈辱。二人が来てくれれば、と心底で幾度となく思ったことが逆に苛立たしい。
「あー…、その件については悪く思ってる。こちらにも色々思惑があってな。」
気まずそうに、怒り心頭のエスラから視線を逸らすエドウィン。罪悪感がないわけでもないらしい。
「……大体、いつから気付いていたんですか。」
「えー…っと…。」
思案するエドウィンをよそにアーノルドが口を挟む。
「悲鳴が聞こえた頃ですかね。」
「阿呆か、貴様ッ!?」
つまり最初から、というわけである。
エドウィンがアーノルドの頭をはたいた。言葉の意味を解釈するに、『何馬鹿正直に答えてるんだ、阿呆!』の『阿呆』だ。あの奇妙な間はどのくらいが丁度良いか――エスラが仕方ないと思えるくらいの時間を――案配していたのだろう。小賢しい策略だ。
「大丈夫でしたか?女性を突き飛ばすなんて男の風上にもおけないですね。」
「………そこまで見てたんですか。」
何なんだ。正義の味方に邪魔だと突き飛ばされ、それを窓からの傍観者に同情されるっていうのは。一種の羞恥プレイか?いい道化である。
とはいえ、いつまでも怒っていることも馬鹿らしいので、とりあえず感情を抑えて、重ねて問い質す。
「何で超常現象が起こったにもかかわらず、現場に来なかったんですか?下手したら人命に関わる大惨事になるところだったんですよ?」
すると、アーノルドがあっけらかんと言い放つ。
「ストロジア・ゼウスがいましたから。」
「は?」
呆けた声にアーノルドは意味もなく天井を仰ぐ。
「俺達が出動する間際に、奴が動くのに気付いたんです。彼がいくなら俺達が出る前に、事は済んでますから。逆に下手な応援は妨害になりますし。」
「……随分と信用してるんですね。」
「彼の腕前には。」
確かにストロジア・ゼウスは強かった。剣技はエスラの及ぶところではなかったし、魔術もそれなりにできるのだろう。
「騎士団でも上位に上り詰めれるくらいの実力だったな。」
訥々と語るエドウィンの言葉は決して間違いではない。確かに騎士団でも充分すぎるくらいで、将校でも彼に勝てる人はそう多くないはずだ。
だからこその疑問なのだが……、
エスラはベッドに倒れ込んでいる白髪の魔術師を流し見る。
アーノルドさんがストロジア・ゼウスに勝てたとは到底思えないんだけど。
確かにアーノルドの魔術は強大だ。しかし、対人戦で通用するものなのだろうか。
先刻の疑いは更に深いものへと変わっていく。
首を傾げつつも、ストロジアの伝言をアーノルドに伝える。
「そのストロジア・ゼウス、三日後に決闘を申し込んでましたよ。首を洗って待っておけ、って。」
「げっ。」
露骨に嫌そうな声がアーノルドの口から飛び出た。
「面倒くさいですね、それは。最後に会ったときよりか数段強くなってましたし。」
「自信がないのか?」
煽るようなエドウィンの口調に迎撃するかと思ったが、アーノルドはやけにしおらしく、
「ハガードさんがそう思ってるなら別に否定はしませんよ。」
と零した。
その様子から嫌な予感がした。
いや、でも、まさか、それは……、いくらなんでもストロジア・ゼウス不憫すぎる。
しかし、それが完全に否定できないことがアーノルド・クロノスの恐ろしいところだ。
―――そして、その想像が実現してしまった。




