嘘をつくなら貫き通すべし
「キャアァァァァ…!!」
妙齢の女の悲鳴。
視線を向けると、二、三羽の蝙蝠が逃げ遅れた女性を襲っていた。そして、鋭い牙を彼女の肢体に立てた。
ジュギュゥゥ、と特殊な鳴き声と共に彼女に噛みつく。彼女は真っ青な顔で膝から崩れ落ちた。蝙蝠は彼女に離れようと離れようとはせず、未だに噛みついたままだ。滴る血液の量は尋常ではない。
「血を、吸ってる……!?」
その他巻き込まれた人も血の気がなくなって悶絶している。
血を吸う蝙蝠なんて聞いたことがない。これも超常現象の類だろうか。
そう結論を下して、荷物を足元に下ろし、抜剣した。
剣を構えて突進したら、蝙蝠を散らばすことができるはずだ。時間稼ぎくらいにしかならないだろうが、あの二人なら状況の異変に気付いて応援にきてくれるはずだ。だから、今エスラができるのは被害者の避難までに少しでも時間を稼ぐこと。今から助ければまだ間に合うかもしれない。
「ウォォォ……!!」
剣を中段に構えたまま、蝙蝠の群れに向かって突進する。
恐怖はない。ナドニスでエドウィンに一喝されてから心にかかる靄がはれ、クリアになった気がする。心がクリアになるとやらねばならないことが鮮明に見えてくる。
「―――…邪魔だ。」
「……え?」
突如耳元を掠めた言葉に振り向く。真横でエスラより速い速度で蝙蝠達と距離を詰める男がいた。第二声を発する前に、エスラはその男に突き飛ばされた。咄嗟に受け身をとって再び蝙蝠の元に向かおうとするが、エスラの数メートル先ですでに蝙蝠達と対峙している男が制するように声を張り上げた。
「お前もちっとはやれるようだが、この群れに独りで立ち向かうのは自殺行為と等しい。死にたくなければ、下がっていろ。」
風に揺れるは赤髪。
その身体的特徴だけでエスラは誰か分かった。
「ストロジア・ゼウス……。」
有無を言わせぬ物言いに自然と身体が後ろへと下がる。
ストロジアは背に負う大剣を抜き、蝙蝠を薙払っていく。勢いに押され、蝙蝠は散り散りに離れていく。少し離れたところから突然乱入者を見定めているようだ。
足下に横たわる幾人の被害者を見て、ストロジアは声を張り上げた。
「今から輸血すればまだ間に合う。今のうちに引き上げてくれ。」
若干の躊躇はあったが、側の家屋から人が出てきた。ぐったりと青白い顔で倒れ込んでいる人を担ぎ上げてさっさとひっこんでいく。えらい手際の良さだ。恐らく蝙蝠たちの急襲を危惧してのことだろう。町民は物言いたげに赤髪の青年を流し見るが、物申すことのできる輩はいないようだ。その心情はエスラも分からないことはない。自分も仕事柄こうでなければ、大剣を振り回す青年とは出来ればお近づきになりたくない。
そんななか、蛮勇を持ち合わせた青年が物憂げにストロジアに近寄ってきた。
「あのっ!あなたも中に入った方がいいのでは……。」
致死量に値しかねない血液を啜る生物だ。普通に考えたら、普通に死ぬ。青年の忠告は至極真っ当といえる。
……しかし、眼前の男は恐らく普通ではなかった。
「心配は無用だ。早く下がれ。」
素っ気ないながらも相手を慮る素振り。アーノルドさんよりデキる男だな、との一言は内心に留めておこう。
ちなみにエスラに声をかける輩はいなかった。家屋の影で身を寄せていたため、というのもあるが、そこまで目立つ見てくれをしていないからだろう。ストロジアが注目されているため、それが非常に顕著に感じられる。一人くらい気付いてくれても、とは思う。流石に虚しい。ここまであたし影の薄い人間だったか?どちらにしても魔法獸VSストロジアは間近で見たかったので咎められないことは好都合なのだが。
蝙蝠は獲物が少なくなったことに激憤していたが、ターゲットをストロジア一人に絞ったらしい。一斉に襲い掛かる。目算で軽く千は超えるだろう数だ。
ストロジアは片手で巨剣を握り直し、蝙蝠に構える。
そして、―――薙払った。
凄まじい空圧で後方の蝙蝠まで吹き飛ばされる。剣の薙払いをモロに喰らった最前線の蝙蝠は原型を留めず、バラバラになった体の破片が辺りに散っている。
一撃で、100匹は瀕死であったが、蝙蝠は引くことなく捨て身の特攻だ。
しかし、ストロジアは焦ることなくむしろ余裕綽々で切り払っていく。
その様といえば、力任せの力業。ただ振り回しているだけに見えるが、蝙蝠から決して剣先を逸らさない。威力と技術を持ち合わした剣技だ。
巧いな……。
純粋にそう思った。
今エスラが突っ込んでも蝙蝠もろとも切り払われること必至だ。それだけ歴然とした差が目に見えた。
しかし、剣だけでこれだけ強いのだ。加えて彼は魔術師。魔術と組み合わせたら一体………。
図らずともその機会はやってきた。
半数の同族が散ったところで残った蝙蝠たちは警戒するように距離をとった。
逃げるのかな、と思ったのも束の間、蝙蝠はストロジアをぐるりと囲んだ。一斉攻撃というわけか、多勢に無勢ならこちらのほうが確かに有利だ。その上、一度には薙払えない。
エスラは緊張した面立ちで展開を見守る。対して、ストロジアは余裕の笑みを崩さない。
「さて?さっさと片づけてやるよ。」
言葉を言い放ったと同時に、蝙蝠が急降下する。狙いはストロジア一点。牙をたてて俊敏に。
しかし、ストロジアは微動だにしない。構えることなく力みもせず。
逆にエスラが焦るばかりだ。手を出したいのをこらえてゴクリ、と唾を呑み込む。
―――そして、蝙蝠が彼の周囲1メートル内に入ったとき、動きがあった。
剣を掲げ、口が言葉を形どる。
「―――……ホーリーレイッッ!!」
瞬間、剣先から白光が無数に出でた。眩く、熱く、しかし清く感じられる細い光線が次第に広範囲に照らされる。辺り一面光に包まれて、エスラもつい目を閉じてしまう。視覚のかわりに研ぎ澄ました聴覚で聞こえたのは、「ギュゥー……」と苦しそうに呻く蝙蝠の鳴き声だった。
およそ十数秒にわたって周囲を照らした光はやがて収縮した。
見渡すと、蝙蝠は水分が抜けたように干からびていた。
しなしなになった蝙蝠と既に切り払われた蝙蝠で赤黒く埋まる地面に一人佇む赤髪。ストロジアは剣を一回転し、付着した血振り払う。さらに半回転ついでに背負う鞘に納める。
「たわいもない、な。」
言い終わるが早いが、歓声が町を包んだ。家屋から町民が出てきて、次々にストロジアに感謝を述べる。どう反応するかと興味深げに見つめていると、好青年らしい感じの良い笑顔を返した。
「本当にありがとうございました、あなたのおかげで町が助かりましたっ!」
深く頭を下げるのは、品がありそうな中年男性だ。町長あたりだろう。
「いえ。通りすがりですから。」
うわっ、人間できてる!同じ魔術師なのにっ!
爽やかな笑顔は毒舌魔術師とは比べ物にならないくらい人当たりが良い。
「実は私、特殊生物研究学会から遣わされた者でして。丁度林に向かうところだったんです。調査対象を直に見ることができて良かったです。」
……いけしゃあしゃあと嘘を吐くところは魔術師共通なんだな。
相手が尋ねる前に、身分を明かす。非常にそれっぽい組織名を利用すれば効果倍増だ。魔術師の存在を知っているエスラには塵ほどの効果も発揮されないが。
しかし、ストロジアも身分を偽ったということは、やはりバレたら色々“ヤバい”らしい。アーノルドが以前言っていたこともあながち間違ってはいないようだ。
町長は一瞬納得した顔をしたが、怪訝な様子で首を傾げた。
「しかし、研究ならば駆除してよろしかったのですか?」
痛いところを突かれたかなー、と思ったが、そつのない応答が返ってきた。
「あれは最近増えすぎていますから。少し駆逐するくらいが丁度いいんです。それに、林に行けば研究対象になる立派な蝙蝠がたくさん生息していますし。」
質疑応答も穴がない。魔術師にとって自身が生きていく一環に“嘘”が当たり前のように組み込まれているらしい。
「はぁ。しかし、大変でしょう。あんな危険な生物がわんさか湧いてくる土地に踏み入らなければならないなんて。」
「そうですね。だからこそ、私のような武道の経験があるものしか現地調査の許可が下りないんですよ。」
いかにも大変でした、と風を吹かせるストロジア。
前言撤回したほうがいいかもしれない。彼は嘘に加えて演技も達者なようだ。
「あの蝙蝠は日光よりか人工の白光が苦手なんですよ。だから、ライトは常備しています。」
「あぁ、だから駆除の最中に光が見えたんですね。」
町長に、不思議に思う余地を与えずに外堀から埋めていく。私は不思議なことしてませんよー、魔術なんて微塵も使ってないですよー、魔術師なんかじゃないですよー、とアピールしていることはエスラにはバレバレだ。
それから、ストロジアは後処理などの指示をして、町長に別れを切り出した。
どこともしれず帰る様子のストロジアに何か一言入れるべきか悩んでいると、ストロジアの方が声をかけた。
「あぁ、さっきのお前。確かアーノルド・クロノスのところにいた奴だろ。」
あの時は、アーノルド以外視野に入っていないように見えたが、立ちすくんでいたエスラの存在も気付いていたらしい。首肯する。
すると、人懐こい笑みで話しかけられた。
「とすると、騎士団のか。まぁ、それなりにデキるのは判るが、あの場面で出張るのはあまり勧めないな。あの男の方なら問題ないかもしれないが。」
はぁ、としか言いようがない。もっともではあるが、素直に認めるのは一剣士として忸怩たるものがある。
「今朝は、感情が高ぶって言い切り様で悪かったな。アーノルド・クロノスによろしく伝えといてくれ。」
穏やかな笑みが不敵なものに変わる。見据えた瞳には決意、覚悟、強い意志が孕んでいるのが伝わる。
「三日後、思い切りやろうぜ、ってな。場所は俺が用意する。首洗って待ってろ。」
じゃあ。そう言ってストロジアはエスラから離れた。顔に浮かぶのは先刻と同じで親しみやすい穏やかな笑みだ。
今朝の剣呑さはどこへやら、といった感じだ。あれはアーノルドのみの仕様らしい。それを除けば、非常に好青年である。
少なくともアーノルドさんより人望がありそうだな。
それだけに一方的な敵意が謎であるのだが。
エスラは首を傾げつつも、二人の待つ宿屋へと帰路を辿った。




