3.赤と白の混合
王都を出発して約1ヶ月。
三つの超常現象を解決し、生活のリズムを掴めてきた最中にそれは起こった。
順調に思えていた旅路に待ち構えていたとある出来事である……――
パリィィンッ!!
余韻の残る破裂音と共にガラス片が飛び散る。
突如として起こった騒音に身じろぎ、腰を浮かすと、窓ガラスを割って飛び込んできた闖入者が視界に映った。
朱色に染まった髪がよく映える二十代半ばと思われる男だ。背負いしは身の丈に迫る大剣。堅気ではないだろうことは一見して解る。
ややつり目に見える瞳も手伝って勝ち気な雰囲気を醸し出している。
エスラもエドウィンも警戒し、柄に手を当てながらじっと男を見据えた。
「近くで胸わりぃ波長を感じたと思ったら、やっぱりお前だったか。」
凄むような重低音。一瞬自分に向けられたのかと思ったが、言葉はエスラやエドウィンを通り越した。男が睨んでいるのは、奥のベッドで睡魔に侵略されかけているアーノルドである。
アーノルドが狙われているとあって、エスラは固く柄を握り直す。
アーノルドは、状況の異変に気付き、上半身を怠そうに起こすと、赤髪の男を見つめた。
男は、アーノルドの視線を受けて、不敵に笑った。
「久方振りだな、アーノルド・クロノス。お前が勝ち逃げして以来か。」
最後は吐き捨てるように言い、彼はアーノルドに歩み寄る。
アーノルドの前に立ちはだかり、じろりと睨む。その視線には僅かに殺意が孕んでいるように思えた。
「本当にお前は昔から変わらないな。……いや、腹立たしさは増したがな。」
話の内容を聞く限り、男はアーノルドの知り合いであることは明白だが、関係性は不明だ。アーノルドに敵意を持っていることだけはひしひしと伝わってくる。
アーノルド自身が敵と見なせば、男に剣を向けるのはやぶさかではないが、当の本人は依然として無反応なので、対処の仕様がない。
呆然としながらその状況を見つめてはいるが、警戒はあくまで怠らない。
緊張感でピリピリと震える空気の中に、一切動じない赤と白。
先に動いたのは、赤髪の方だった。
ぶんっ、と空気が唸る音。
鈍く光る鋭利な金属。
その切っ先が当てられたのはアーノルドの首筋。
エスラは戦慄した。少しでもあの剣先が彼の首を抉れば直ぐに多量出血で死すことになるだろう。
後の祭りとは分かっていても、どっと後悔が押し寄せた。アーノルドの知り合いだと思い、見くびった。
ヒヤリ、と背筋が凍る場面で、赤髪の男が次の言動に更に冷や汗が吹き出した。
「今の俺を昔と同じだと思うなよ?
次は……勝つ。」
アーノルドを鋭く射る瞳は冷淡なものを帯びており、その声音もまた然り。放たれた言葉の真意は読み取れることはできない。しかし、断定的な口調の割には、覚悟や決意を感じるのは気のせいだろうか。
重い空気の中、身じろぐことも躊躇われるエスラ。対して、アーノルドは平然と男の剣を見つめていた。
あまりの恐怖で体が硬直しているのか。それとも状況が状況なだけに未だ理解が及んでいないのか。
その沈黙は長くは続かなかった。
鞘走らせる音が沈黙を破り、逞しい後ろ姿がエスラの視界に映った。
「動くな。」
エドウィンもまた、剣の切っ先を男に向ける。
男は自らに突き付けられた刃を見て振り返った。
「そいつは騎士団の保護下にある。殺傷行為を行う様子を少しでも見せたら、……斬る。」
決意を秘めたその声はただの脅しではないだろう。
凍てつくようなエドウィンの視線がその予測を確かにする。
「騎士団……?」
男は片眉をあげて、不審そうにエドウィンを見つめた。そして、僅かに驚愕の色が浮かぶ。
微塵もおののいている様子がないことから剣を向けられて動じたわけではなさそうだ。
男は、エドウィンの剣をしげしげと眺めた。そして、ある一カ所に視線が定まった。刃に刻まれた騎士団の紋印に。
「本物、だな。」
すると、奴は嘲けるかのように口を歪めた。
「騎士団ねぇ…。」
小馬鹿にするような笑みにムッとしたが、その言葉は“騎士団員”たる二人をを当て擦ったわけではなく、アーノルドに向けられていた。
「あの、お前が騎士団にお守りされてるなんて落ちぶれたもんだな。」
鼻を鳴らす男に対し、アーノルドは依然として無反応。いつもなら皮肉の応酬に持ち込むような場面なだけにノーリアクションが奇妙に思える。
やはり、自らに向けられた刃のせいで思考が途切れてしまったのか。
男は、アーノルドの首筋に当てていた剣先を下げ、それから背に負う巨大な鞘に巨大な剣を納めた。
エドウィンが向けた刃には頓着せず、エスラの目の前を横切った。向かったのは、侵入してきたガラスが割れた窓。
そして、窓の縁に足をかけて、こちらを振り向く。
「アーノルド・クロノス、近いうちにお前を必ず倒してやる。だから、それまで首を洗って待っておけ……!」
いかにも、な捨てゼリフを吐き、男はエスラの視界から消えた。タンッ、と遅れて外から地面に着地する音が聞こえたから飛び降りたのだろう。
張り詰めた空気が緩和し、エドウィンも安堵の息を漏らしながら剣を納めた。
「……今の人、強そうですね……。」
肉厚の刃に身の丈に迫る刀身、それを軽々と、しかも片手で意のままに操る姿を見ると只者ではないことくらい容易に分かる。
やや間が空いて、エドウィンも頷いた。
「勿論筋力も半端ではないが、私の殺気だった剣を向けられて平常心でいられる胆力も尋常ではないだろう。」
―――それを言ってしまうと、もう一人当てはまってしまう人がいたが、あえて突っ込まないことにした。
アーノルド宅に訪問したときのことだ。国王陛下を嘲ったアーノルドにエドウィンが怒りの形相で抜剣したことはまだ記憶に新しい。
これをエドウィンが思い出すと、当時の怒りが再燃し、色々と面倒なことが起きるであろう事は何となく想像しえる。
「それよりアーノルドさんっ、大丈夫でしたか!?」
刃を向けられて硬直しているように見えた彼だ。余程の恐怖を感じていたに違いない。
しかし、彼の返答に愕然とした。
「………大丈夫、って何がですか?」
首を傾ぐアーノルドに呆然としながら言葉を次ぐ。
「……侵入者に刃を向けられたときのことです。」
「あぁ……、あれがどうかしました?」
自分事にも関わらず、無頓着な彼には頭が下がる。
下手したら生命の危機に瀕していたにも関わらず、何事ま無かったかのような飄々とした態度。アーノルドにとってあれしきのこと、生命の危機とも言わないのかもしれない。
ハァー、と深く息をつくエスラを横目にエドウィンは先程まで男がいた窓の縁を指でなぞった。
「相当実力のある剣士だ。そんな奴とお前に何の接点があるんだ?」
エドウィンの尋ねにハッとして、エスラも重ねて問う。
「アーノルドさんに敵意を抱いている様ですが、知り合いなんですか!?」
言葉荒く吐き出した問いに、アーノルドの反応が一瞬遅れた。
またも、スルーかと思いかけたとき、「んー…?」と彼が唸り始めた。
「うーー…。あー…、んー……?」
続く唸り声に不審そうに見つめるエスラ、エドウィン。
やがてしげしげとこちらを見つめ、放たれた言葉に二人そろってギョッと顔をしかめた。
「んー……と、誰でしたっけ?」
うわぁ……
いつもの皮肉毒舌ではなく、素であるため余計タチが悪い。
脳裏に件の侵入者の顔が浮かぶ。
好戦的で勝ち気で……、そしてアーノルドに因縁のあるような様子で立ち向かった男だ。
それが一方的どころか一方通行とは、いくら敵と思しき人といえど、空しすぎる。
エドウィンも同じ事を考えていたようで複雑な表情を浮かべている。
二人の浮かべる苦い表情に気付いてか、エドウィンは首を傾げた。
「どうかしましたか?」
“いつも通り”なアーノルドに歯切れ悪く応答する。
「いえ、何でも……。」
「いや、何でもない。」
ご愁傷様、と二人分の内心の呟きは、アーノルドにも、そして例の侵入者にも聞かれることなく、その言霊は塵と化し、現に飲み込まれた。




