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見栄はほどほどに




「ア、アーノルドさん、あれは……」


根元の穴から這い出てきたのは、奇妙な人々。高さから言えば、りんご一つ分。そう言うと、メルヘンなものを思い浮かべるが、実際に出てきたのは、老いた小男ばかりだ。


「彼らは吸引小人〈ストローホビット〉と言いまして、数は膨大ですが、外にでてくるのは中年期から更年期にあたる雄型だけです。特性は……」


流れるように解説していたアーノルドの言葉が切れた。遮られたといった方が正しいか。


例なる吸引小人に引き寄せられる。凄まじい吸引力で、喋ることもままならない。小人達は口をこれでもかとばかりに大きく開け、激しく空気を吸っている。

それだけで、木々はたわみ、木の葉が舞う。咄嗟に掃除機を連想するが、吸引力はそれの比ではない。


「な、なん、ですかっ、これ、はっ!」


風圧に抗い、何とか声は出せた。


「吸引小人は肺活量が尋常じゃないんです。相手を根元まで引きずり込んで餌にするんです。」


アーノルドはエスラと比べ、風の影響が受けていないかのように坦々と話すが、通常より若干早口だ。


「私達はあの木に吸い込まれるほど、図体は小さくないぞ!」


「だから、魔力の波長がざわついてるんです。理由はなんだか知りませんが、正気じゃありません。バーサク状態みたいなもんです。このままだと、解体されてむじろに連れかねませんよ。」


「はぁ!?これも魔術師の一種なんですか!?」


「魔術師ではないですね。俺らは一般に“魔法獣”と区別してます。」


「魔法獣?それって……」


矢継ぎ早の疑問はエドウィンの怒声によって遮られた。


「どうでもいいから、どうにかしろッ!そんなんは、後だ!二次被害が起きたらどうする!!」


ハッとして周囲を見やる。たわわに軋む木々はいつ折れてもおかしくない。倒壊した樹木が山から落ちて岩雪崩や崖崩れが起きないとも限らない。

流石に隊長だけあって細やかな気配りだ。


「どうにかしろ、ってどうにかできるとでも?自然災害が起きかねない程の力を持つ彼らを止めるなんて一介の貧弱男がどうにかできると本気で思ってるんですか?」


「御託はいいからどうにかしろッ!どうにかできなくてもどうにかしろッ!」支離滅裂、複雑怪奇極まる命令にアーノルドは大きく溜め息をつく。


「分かりました、っと。」


すぐ側にあった吸引の被害が比較的小さい手頃の木にヒョイと飛び乗った。


「ちょっと耐えていただけます?標的がないと、彼らどこかしらに被害を及ぼすんで。被害を抑えたくなければ別にいいんですけど。」


「馬鹿いえ」


挑戦的なアーノルドの呼び掛けにエドウィンは不敵に応じる。無理が丸分かりだが、それでは男が廃れる。


エドウィンは抜刀し、剣先を地に立てる。引き寄せられる我が身を留めようと試みているのだろう。


「王宮騎士団一隊長を任されている私に愚問だな。こんな風圧屁でもないわッ!何時間だって耐えてやるッ!!」


「殊更に勇敢なお言葉てすね。」


冷やかしに近いような言葉を吐き、やれやれと肩を竦めるアーノルド。


「サーティスッ!私の後ろにいろ。」


「いえ!平気ですっ。」


「早くしろッ!飛ばされるぞ!……ここからが本番だ。」


ただ事ではないエドウィンの雰囲気に圧倒され、素直にエドウィンの後ろに隠れる。風圧は軽減されたが、一応、と自身も剣を立てる。


すると、吸引小人らは一度吸引を止めた。諦めたのだろうか、と首を傾げると「しっかり踏ん張れ。」と真面目な顔でエドウィンに囁かれる。


何が?と問い返す前に、小人たちは、大きく息を吐き、、それから吸い込んだ。



ヒュン、ヒュン、ヒュン


枝が折れ、空中を流星の如き速さで滑空する。幹にべったりとへばりついていたカブトムシも同様だ。


エドウィンの後ろに立つエスラさえ前のめりに引き寄せられる始末だ。しかし、エドウィンなどその何倍もの風力に耐えている。辛そうな身振りなど微塵も見せないで。いつもながらこう思う。―――何て強いんだろう、この人は。


折れた枝は見境なくエスラの方にも飛んでくる。飛んできた枝をこの風力の中、避ける術はない。エスラは黙って受けるが、先が尖った枝に刺されて何も思わないわけはない。僅かに制服を通して痛みを感じる。


「ッッ……!」


かみ殺したつもりの息が微かに漏れた。窺うようにエドウィンが振り向く。


「平気か?」


上官の方が余程辛いのに、気にかけられる自分が情けない。情けないけど、気にかけられて嬉しい。そして、この状況下で嬉しいと思ってしまう自分が更に情けない。


けれど、この状況下で気にかけてくれる彼が上官でやはり嬉しいのだ。


「クロノスッ!終わるかッ!?」


「まぁ、連中は平時はびびりですから、いかつい魔法獣が一喝すれば事は済みます。」


無理だ無理だとごねていたアーノルドはどこへやら。完全に雑魚扱いだ。


アーノルドは枝の上で魔術書のページをめくる。相当スローリーに。わざとだろ?と突っ込みたくなるくらいの遅さである。


お目当てのページが見つかったか、ページをめくる手は止まり、風で飛ばないように押さえる。そして、詠唱。これまたスローリーに。


「かみなり……あ、違いますね。見にまと……っと。今こそ、って随分とばしたな。されど輝きを……あぁ、隣の魔術か。えーっと……」


「人為的なミスも甚だしいわッ!さっさとしろッ!!」


我慢の限界か、エドウィンが背後の枝上で座るアーノルドに罵声を浴びせる。


「……肝の小さい人ですね。何時間でも耐えてやるといったのは、何処の誰ですか。」


呆れたような声が降ってくるが、彼に一つ言っておきたい。


肝が小さい以前の問題です、アーノルドさん。私も青筋が浮きましたよ?


アーノルドは、やれやれと言った仕草で大仰な溜め息。そして、背筋を伸ばし、再度詠唱。聞こえたのは、昨日と同じ空気に響く凛、とした張る声。


「身に纏いしいかづち、威光に溢るるその風采。今こそ戦場いくさばに姿を現し、強力ごうりきを発揮するがいい――」


すると、魔術書が淡く輝き、光の粒子を放つ。粒子は次第に色付き、何かを形作っていく。空中に具現化されたのは、光を帯びる虎。

その光は、パチパチと火花のように時折瞬く。僅か一瞬の出来事だったのに、その光景が精密すぎて何十秒にもわたってみていたかのようだった。


『久方振りだな、坊。何の用だ。』


アーノルドでもないエドウィンてもないテノールの声音に驚き、周囲を見渡すが、誰もいない。ふと見上げるとあの虎が口を開けて話している。

数日前なら目を見張るほどに驚愕しただろうが、昨日の非常時にぶち当たった身としては何となく納得してしまう。“そういう”存在なんだ、と。


虎と話しているアーノルドの様子からして“坊”とはアーノルドのことか。


「見れば分かるでしょうが、吸引小人の暴走です。一喝で正気にもどるでしょうから。」


『ほぉ、この私を雑用で呼び出すとはいい度胸だな。流石初代の血を引いた末裔だけある。』


虎はくるりと吸引小人を見やり、一瞥。


『ふん、興奮状態か。』


虎は、口を大きく開け、牙を煌めかす。そして、天に向かって大きく吼えた。



ガルゥッッ!!



咆哮。

その声圧は小人らの吸引を遮る程の威力で、一瞬でその場の空気を支配した。山の奥底まで響く唸りは最早獣のそれとはかけ離れた存在感を放ち、神とまで勘違いしそうになった。


吸引小人は、その咆哮で我に返り、上を見上げる。見ると、仰々しく降臨する虎がいる。真正面を見ると、剣を持った人間。


一目散に逃げ出し、我先にと自分らの住処へと早々に退散していった。


『たわいもない。』


ふん、と虎は鼻を鳴らす。


「終わりましたよ、っと。」


アーノルドは枝から飛び降り、エスラとエドウィンにすたすたと歩み寄る。


「………。」


エドウィンは無言で剣を納め、近付いてきたアーノルドに―――


ガツンッ!


「………ッッ!!」


アーノルドは咄嗟に頭を押さえてうずくまる。エドウィンの拳はクリーンヒット。彼の拳骨をまともにくらって平然と立っていられる輩など、この世にいるよしもない。


「…なんか、脳が揺れてる感じが……、」


アーノルドが何か言いかけて、そこで止まった。

――いや、続けられる状態ではなくなっていた。何せエドウィンがアーノルドの襟首を掴みあげているのだ。


「貴ッ様、ふざけるのも大概にしろ。あの状態で何を悠長に……。」


「……何時間でも、と言った割にはみみっちいこと気にしますよね。」


エドウィンの憤激も、アーノルドには、馬の耳に念仏と同じ効果だ。あくまで淡々と、そして皮肉もちょくちょく入ってくる。


「だから、私達だけでなく、下手したら町民も巻き込むような大惨事になっていたかもしれなかったんだぞ!それなのに貴様は……」


エドウィンの説教は次第に熱が籠もっていき、声のボリュームも上がってく。いつになったら終わるかなぁ、と茫然とその光景を見ていると、アーノルドの様子がおかしいことに気付いた。


何かぐったりしてるような……。隊長の説教で反省…はないか。ん?あれってもしかして……。


「エドウィンさんっ、エドウィンさんっ!絞まってます、絞まってます!!」





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