ざわめく波長
「昨日は、住民の先導及び、前線での撃退誠にありがとうございます!この感謝は身を粉にしても足りるものではございません。」
宿を出ると、いきなり町長らしき人に出くわし、深々とお辞儀をされた。ギョッとして状況を掴みかねていると、次々と町民が集ってきた。
「俺の息子を助けてくれて……本当にありがとうごぜぇます……。」
「うちの父も死にかけのところを助けていただき……」
「あなた方のおかげでどれほどの民草がたすかったか……」
騎士団だということはとっくにバレている。超常現象が解決するまで邪魔にならなければいいと言っていたが、事後のこの対応も困りかねる。町民たちの感謝御礼に反応できずに硬直していると、エドウィンが咳払いした。
「国に仕えているものとして当然のことをしたまでです。しかし、まだこの地に昨日の残骸が残ってるやもしれないので、これから捜索しにまいります。なので、失礼しても宜しいでしょうか。」
「ははぁ、何から何までお世話になって申し訳ありません。」町長らに一礼して、エスラとアーノルドに耳打ちする。「いくぞ。」
硬直が解かれ、エスラはエドウィンの後を追う。
町民の集いから離れたところで、アーノルドは感心したような小馬鹿にしたような態度で言った。
「ああいったオトナな対応もできるんですね。」
その言葉に気を悪くしたか、エドウィンはムッとしたように応答だ。
「当たり前だ。社会人何年目だと思ってる。」
「俺の訪問のときは、そんな態度じゃなかったですよね。」
「……お前の場合は出だしからドア閉められたからな。乱暴な態度もとりたくなるわ。」
当時の怒りが沸々と湧き上がってきたのをこらえて、拳を固く握る。
エスラはその状況をヤバいと踏んで、話題を転換する。
「ア、アーノルドさんはあの時は特務を受けようとはしてませんでしたよね!?何故、受理されたんですか?」
特務を渋っていたアーノルドの態度が豹変したのは、国王陛下直筆の文書を読んでからだ。
多分、陛下の文書に彼の心を揺さぶる言葉が書いてあったのだとエスラは予想していたのだが、実際はどうなのだろうか。
アーノルドは苦々しげに答えた。何か訳ありのようだ。
「アイリア国王の手紙を読んでからですかね。あの国王、揺すりというか脅しというか脅迫というか……、本当に……。」
深い溜め息をつくアーノルドに恐る恐る聞いてみる。最後の段階を、だ。
「な、何が書いてあったんですか?」
「特務を受けよ。もし貴殿が渋るようであれば、貴殿の正体を暴露するのもやぶさかではない。魔術に精通する者だというのは既に知っている。みたいなのが書いてありまして。」
あの文を読んだときは、正直肝が冷えましたね~と訥々(とつとつ)と語るアーノルドにエスラとエドウィンは顔を見合わせて、首を傾げる。
「魔術師とバレると、保身に関わる一大事が起きるのか?」
エドウィンに分からぬものがエスラに分かるよしもない。「さぁ……。」と言葉を濁す。
二人の様子に気付いたアーノルドは心からの驚愕の声を上げた。
「そんなことも察することができないんですか……。魔術師を何だと思ってるんですか……?」
「と言われても……。」
魔術師という存在が実在すると知ったのは昨日だ。それで、魔術師が何たるかなど知る術もない
「あなた方は魔術師が完璧超人だと思ってるかもしれませんが、それだったらとっくに世界を牛耳って、世界の王にまで君臨してるってもんです。」
「それには相応の訳があるってことか。」
エドウィンの追求にやや間が空いて頷いた。
「千年くらい前ですかねぇ、魔術師の大量虐殺が行われたんです。」
「「!!」」
それには、エスラとエドウィン、どちらも驚愕した。昨日のアーノルドの所業を見て魔術師の強さ、そして同時に恐ろしさを知った。この人を敵に回したらどんなに恐ろしいだろうと感じたのだ。
エスラがそう感じた“魔術師”を大量虐殺するなど、何百といった手練れと何万といった兵士で向かわないと勝つことは到底不可能だ。勿論、向かった側の被害も相当なものだろうが……。
「当時は魔術師の最盛期でして、それでこれ以上勢力を拡大されたらヤバいとお偉いさんは考えたんでしょうね。魔術師殲滅を計りました。俺は記録しか読んだこと無いですけど、凄まじい戦だったそうですよ?
魔術師は人口が0.5%にまで落ち込み、相手側の千万の兵が半分以上返り討ちされましたし。」
「でも、そんな大層な戦なら歴史で習うはずですけど……。」
アーノルドが言葉を継ぐ前にエドウィンが苦虫を噛み潰すような表情で言い放った。「政府も秘匿したかったんだろう。」
「え?」
「圧倒的力の差で戦に臨んだにも関わらず、兵の半数をわる被害が出た。それを棚に上げて勝ち戦と喜ぶことなどできやしまい。クロノス、魔術師側の戦の参加数は何万だ?私は百万前後と踏んだが。」
百万。千万の相手が挑んだなら屠ることなど造作もない。しかし、その半分は還らぬ人となった。たった百万の兵によって。
十倍の兵力があっても半数がやられてしまうのかと戦慄していると、アーノルドの口から更に驚くべき数字が出た。
「遠からず、といったところでしょうか。」
アーノルドは指を二本立てた。
「二十万弱といったところでしょうかね。一桁違いますね。」
唖然とした。
いや、驚いて声も出なかったというほうが正しい。圧倒的兵数こそあれど、圧倒的力差があったわけではない、というわけか。
「まぁ、その後もちょくちょく殲滅計画はたてられて、魔術師の存在も政府に分からなくなるまでに減少しました。んで、残存した魔術師が子孫を残していって、現在千人いるか、ってとこですね。」
「……成程。力のある者は、恐れられる。出る杭は打たれるとはそのことか。それで、素性を隠していたのか。」
エドウィンの自己完結を聞いてアーノルドはんー、と唸った。
「それだけでもないですけどね。まぁ、第一の理由というとそういったことだと思いますけど。力を持ちすぎると持たざる者にとって脅威になる、古代に行われた魔女狩りも同じでしょう?」
滔々(とうとう)と語る彼には、自身らが滅亡しかけたという話なのにも関わらず、何の気負いもない。同情を誘うようでもなく、恨みを晴らしたいでもなく、事実を淡々と述べているだけだ。
「栄華を飾った当時に憧れたり、はしないんですか?」
色々重要な部分を端折った問いだ。ストレートに聞くと、望んでいない回答が返ってきそうで怖い、というのが本音だが。
アーノルドは、回りくどい言い方をしたエスラを勘ぐるように見つめ、「あぁ、全然恨んでいませんよ。」
お見通し、という訳だ。
ここまで淡白な答えが返ってくると、回りくどく聞いた自分が恥ずかしく思えてくる。エスラは、僅かに頬を紅潮させ、俯いた。
「殺されたのが肉親だったら、“何たることだ、許すまじ!”とか言ったかも分かりませんが、いくら先祖とはいえ知らないオッサンらのために復讐なんてしませんよ。全世界敵に回してまで、先代の意志を継ぐなんて御免ですね。」
「全世界、って事は千万の連合軍を相手してたのか。」
「普通に考えて、どんな大国といえど、一国から千万も兵士を出してたら、その隙に他国に攻め込まれるでしょ。そうでなくても、五百万以上の兵が戦死したんですから、一気に弱体化を辿りますね。」
魔術師恐るべし。
実際あたしの隣にはその一族の子孫がいるわけだけど。
エスラが白髪の男を見上げると、彼もエスラの視線に気付いて首を傾げたので、プルプルと首を振って視線を逸らした。
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「んで、どこに向かってるんですか?」
エスラがエドウィンに問うと、エドウィンは視線をアーノルドへ流した。目的地へはアーノルドが先導しているらしい。
「山、ですかね?」
「え?まだ帰らないんじゃないんですか?」
山へ、というと往路で抜けたところだ。そこを通るということは帰還の他ならないのではないだろうか。
「調査です。ちらーっと見て来るだけです。んな奥まで入りません。」
言い張るアーノルドに、「はぁ」としか返す言葉もない。正直、彼に先導を任せるのは頼りないし心許ないが、餅は餅屋、専門家に一任するがいいのだろう。エドウィンも黙ってついていっている。
エスラもそれに倣った。
「で、此処で何が起こるんだ?」
「はてさて何が起こるでしょう。」
「……ふざけてんのか、貴様。」
「いえいえ滅相もない。」
着いたのは、山中。木々が生い茂る地だ。町中から離れて暫く、山に入っては十分程度たっただろうか。斜面は比較的なだらかではある。
「魔力の波長がざわついてるんですよ。」
「はい?」
唐突な語り出しにエスラは眉を顰める。
「魔力は魔素の集合体。魔素は空気中に混在するもの。それは先程解説しましたよね?」
「はい。」
「では、魔素と魔力の区別はどこでつくのか。ということになるわけです。端的に言わせてもらいますと、魔素が体内に吸収され、幾つかの魔素と合わさったときです。」
「で?それが今の状況と何の関わりがあるんだ?」
エドウィンが不審そうに眉間に皺を寄せる。さっさと結論に結びつけたい様だ。悠長とはとても言えない彼の気性からして当然と言えば当然だ。対してアーノルドは一瞥しただけでスルーだ。
「魔力が体内に存在すると、波長が生まれるんです、心臓の鼓動と同じように。まぁ、心臓の鼓動と違うと言えば、波長は魔力を扱う者なら誰でも感じ取れるという点がありますが。」
「だからそれが何と関係があるんだ!?」
痺れを切らしてエドウィンは語気荒くする。そんなエドウィンをアーノルドは溜め息混じりに蔑視して、淡々と呟く。
「気付きませんよね、あなたは。」
「は?」
アーノルドは地面に視線を落とす。いや、正確にいうと、すぐ側の大樹の根元に。
「ほら、“彼ら”が出てきますよ――――」




