2.理論的魔術の解説
第二章始まりです!
説明の割合が高いわりに一章より短いです。
※作者は決しておとぎ話が馬鹿らしいとはおもっていません。ただしおとぎ話は面白くてロマンチックで……、と考えていらっしゃる純粋な方はアーノルドの暴言に耐えられぬやもしれませんので、回れ右を推奨します。
火球が飛び回ったあの超常現象から一夜明けて―――。
「アーノルドさんっ。昨日のあれは何ですか?何なんですか!?教えて下さいっ!!」
昨晩の興奮が冷め切らず、エスラは矢継ぎ早に疑問を投げかける。その様といえば、幼い少女の様で瞳には星が浮かんでいるかと怪しく思うほどだ。
そんなエスラを心底面倒くさそうに応対するのがアーノルドである。
「いや、あれは色々と原理が複雑ですし、理解するのが大変ですよ?」
「私に分かる範囲でいいです!教えて下さいっ!」
昨晩の事件でアーノルドに対するエスラの評価が変わった。屁理屈やで融通が利かなくて毒舌で常識知らずで生活レベルが低くて、、とにかく人間としてかなり底辺にいる変人だと考えていた。いや、多分その大半は変わらない。
ただ、彼には不思議な能力があった。“魔術”を行使する力だ。その力をもって、エスラやエドウィンの窮地を救ったといっても過言ではない。長身痩躯の身体から頼もしさが漏れ出ている気がした。
そして、幼い頃夢見ていた魔法使いのお伽話にシンクロして、より一層憧れに近い感情が湧いた。
その秘密を知りたいと渇望してしまうことは何もおかしなことではないだろう。
しかし、当の本人はごねるばかりで肝心なことは何も教えてくれない。
「だから、教えても大概の人は理解できませんし、教えたからって一文の得にもなりませんし。とにかく聞いても無駄なんです!」
あくまで食い下がるエスラから逃れようと、アーノルドは隣のエドウィンに助けを求める視線を送る。しかし、今までの仕返しとばかりにエドウィンが小気味よく笑う。
「特務を行う際、お前の能力の詳細が分からないとバックアップのしようがないからな。話せ。
取り違えるなよ?これは頼みじゃなくて命令だ。」
アーノルドは十数秒押し黙ってエドウィンを睨む。しかし、いけしゃあしゃあとするエドウィンに噛みつくこともなく、深い深い溜め息のあと、口を開いた。
「どうせ聞いてもわからないでしょうに……。」
「教えていただけるんですか!?」
「無駄だと思いますけど。」
非常に屈折した肯定だ。ノーと言えないところまで追い込んだエスラに責任はあるが。
「ま、どうせ理解できないでしょーから、簡単に。どうせ理解できないでしょーから基礎的なことだけ。」
嫌味のように“どうせ”を連発する。いや、実際嫌味なのだが、彼なりの最後っ屁といったところか。
アーノルドは改めてこちらを向く。じとっと睨みつける視線はいかにも恨みがましい。
「いいですか、一回しか説明しませんから耳かっぽじってそのツルツルの脳味噌に叩き込んで下さい。どうせ大した知識なんて入ってないでしょうし?」
否、これが最後っ屁か。エスラはこの見事なけなされように苦笑する。気付いたときには時既に遅し。青筋浮いているエドウィンに気づかない振りをした。
エドウィンの怒声のあと、アーノルドは渋々といった体で“魔術”について語り始めた。
「魔術、ていうのは魔素を用いて行う科学のようなものです。」
「科学?」
魔術と科学。まったく共通点が思い浮かばない。それはさながら、現代に魔女と科学者が共存しているようなものである。
「魔素は空気中に滞空する原子です。魔素は、あらゆる原子と結びつき、その働きを強めることが出来ます。例えば……、」
アーノルドは宙に手を浮かせ、「一瞬ですから」と断りをいれる。
は?と思う暇なく、“それ”は起きた。
「「!!?」」
アーノルドの手の平に球状の火炎が現れた。仄かに輝き、火花を散らすと爆発して消えた。
精々直径10センチの小さな火球だったが、問題はそこではない。アーノルドが火もなく、一切の動作なくそれを現したか、だ。
「水素、酸素、その他微量の有機物や気体、と魔素を配合して摩擦を起こす。それだけです。非常に理科的でしょう?」
呆気にとられる二人を置いて、更に言葉を進めていく。
「水系の魔術は、空気中の水蒸気を使うか、近くに水場があれば、利用したりします。昨日は山中にあった河川の座標を予め特定していたので、少し遠くからでもいけましたが。」
「それが……魔術ですか。」
無意識のうちにフッと息が漏れる。次元が違う、そう思った。
全ての攻撃、防御において計算して魔術を使い、相手をひれ伏す。そんな事が私にできるだろうか。考えた瞬間に答えが出た。―――絶対無理だ。
騎士団養成学校時代は勿論、それ以前から剣技に熱を燃やしてたエスラにそんな複雑な事ができるよしもない。大体昔から根っからの体育会系だ。考えるより先に体が動く。
それに関してはエドウィンも同じだろう。というかほぼ大体の騎士団員はそれに当てはまる。
「そんな複雑なことが……、凄いですね。」
素直に賛辞を述べると、アーノルドはこう言った。
「まぁ、これが魔術の基礎といったところですね。」
へー、と受け流しそうになって直前で止まった。何か彼の言葉に突っかかるものがあった。今あなた、“基礎”って言いました?
「基礎ってことはその……、応用があるってことですか?」
すると、アーノルドは当たり前といったように頷く。
「これで魔術の全てが語れるなら世界に散らばる全魔術師が泣きますよ。大体あんな面倒くさいことを戦闘中に考えられるとでも?水素が20%、酸素が68%、その他滞空の塵で作って、前方3メートル、地面から60センチ、相手の足に当てるなんて?考えているほうが馬鹿らしいでしょう、そんなん。」
怒涛に流れる言葉に理解が追い付かず、しどろもどろに尋ねる。
「でも、理科的って言いましたよね?」
「はい、理科的ですよ。それは変わらないです。ただ、手順が簡略化して、より精密で複雑な魔術が行えるようになっただけです。」
「精密なのに簡単?普通反対じゃないのか?」
エドウィンが問うと、短く溜め息をついた。注釈すると、人を馬鹿にした態度であった。
「精密で面倒くさいからこそ簡略化する意義があるんでしょうが。何でわざわざ簡単なものを益々簡単にしなければならないんですか?」
「………いい加減その腐った口閉じないと切り捨てるぞ。聞かれたことだけ端的に淡々と答えろ。」
とても冗談とも思えない口ぶりに、アーノルドよりむしろエスラが怖じ気づく。この二人の仲の悪さは折り紙付きだ。言葉通り、殺人事件が起きてもおかしくはない。
悪びれもせず、やれやれといった風情で平然とアーノルドは話を続ける。
「まぁ、魔術師の遠い昔の先祖があまりにも面倒くさかったらしく、魔術の簡略化を試みたんです。まず一から作り上げた完品の魔術の詳細を記録しました。気体の数から湿度や温度の状況、その他ごく細かに。それで魔術のレシピが完成しました。」
すると、アーノルドは自身が持っていた巨本――創造の魔術書とかいったもの――を開き、適当にページをめくった。
「魔術師の秘密の一端ですから、見ることができたことを光栄に思って下さい。」
言って、開いた左ページには、見出しに“水寄せ”と書いてある。右には“水泡四散”と書いてあるか。
「昨日使ったのは、水寄せという中級魔術です。改世紀18のとき、ドゥルアス・クロノスが完成させました。」
そのページをのぞき込むと、覚えのある言葉の羅列が視界に飛び込んだ。
「“さなかに巡りゆく水流、清水、瑞光。今、この地に恵みを与え、人々に歓喜を―――。”これって昨日の詠唱!?」
「はい。呪文は水寄せの情報が込められています。呪文の通り魔力を込めれば、魔術が具現します。魔力は魔素の集合体で、呪文に魔力を込めれば込めただけ、その魔術の威力が増します。」
魔術の意味とか理論を理解しないと操れませんけど、と付け加えた。
エスラはハァーと息を漏らした。正直いって話が壮大すぎてついていけない。魔術っていうのはなんていうかもっとこう……
「メルヘンなものだと思ってましたよ。」
エスラが言うと、アーノルドは何をか嘲るようにこぼした。
「少なくともビビディバビディブーとかほざいたくらいで鼠が馬になったり、南瓜が馬車になったりとか不可解な現象が起こったりはしませんけどね。
有り得ないにも程がありますし。」
世界的寓話を意図的に揶揄している。南瓜が馬車といえば、ガラスの靴の~しかない。
「……アーノルドさんは、魔術的な御伽噺が嫌いだったり?」
恐る恐る訊ねてみると僅かに首を傾いだ。
「別にそうでもないですけど。ただ、全ての森羅万象を杖一振りと同じ呪文で解決させようとする筆者の浅ましさは腹が立たんこともないですが。
大体体格も細胞組織もまるっきし違う生物に変えようなんて無茶難題が出た瞬間読む気無くしましたし。」
「……眠り姫もダメなくちですか。」
「あー、あれもアウトですね。愛する人の口づけで魔女の魔法が解けるんだったら安いもんですね。
というか、人一人くらい一息に殺せばいいものを、わざわざ糸車の針で殺すなんて……。眠り姫を助ける妖精もケチくさいことこの上ない。
大体愛する人の口づけとか言ったら姫の父だって当てはまるんじゃないんですか?」
「えらく饒舌だな……」
エドウィンが呆れたようにぼやいた。結局、嫌いなんじゃないかと言わんばかりの口ぶりである。
「なんか子供心の純粋さが破壊されてくんですけど……。んじゃ、12時に魔法が解けるなんてドラマチックなのもないってことですね。」
エスラが残念そうに息をつくと、アーノルドは僅かに思考した後、小さくかぶりを振った。
「それは、簡単ですよ。」
「はい?」
問い返すと、当然とばかりに解説が始まる。
「12時ジャストに魔法が解けるなんて奇跡的なことは起きませんが、タイミングを合わせて魔法を解くことは魔術を扱うものなら三才の幼児でも出来ます。
鼠を馬にするのはどう頑張っても無理ですけど、それに似通った生物に見せることは出来ますし。」
びびんないでくださいね、と奇妙な前置きをしてエスラとエドウィンから距離をとった。
二人が顔を見合わせて首を傾げると、アーノルドは大きく息を吸い―――。
眼前に白狼がいた。
つい、反射で剣をぬき、白狼に据えてしまったが、白狼が「俺です、アーノルドです。」と珍しく焦った彼の声で言ったので、僅かに剣尖を下ろした。
「アーノルド…さん?」
目の前にいるは確かに白狼だ。似つくところといえば、双方白いということくらいだ。しかも、体長は裕にアーノルドの倍近くある。しかし、先程までいたアーノルドはどこにもいない。おずおずとエスラは白狼との距離を詰めていく。
「どうやって、狼に……?」
「えーと、脱いだ方が早いですかね。」
少し間があき、白狼から突風が吹き、思わず目を瞑る。そういえば、アーノルドが白狼になるまでにも風が吹いた。窓も開けてないのに。
突風が止むと再びアーノルドの姿があった。白狼はもういない。しかし、白狼の皮のようなものが床に落ちていた。
「まさか、白狼の皮を剥いで持ち歩いているなんてこと……」
まさかとは思いつつ否定しきれないところがアーノルドの恐ろしいところだ。幸い、彼の首は縦ではなく横に振られた。
「これは正確に言うと白狼の皮ではありません。有り合わせです。」
言われて凝視すると、確かに体毛ではなく、ベッドのシーツを見立てたもの、牙は木片、瞳はビー玉。本物とは程遠い。
「このように、上だけなら作ることも出来ますし、皮を被ることも出来ます。破れ目を魔術でバレないように縫合するのも易しいです。
ただ、他生物と神経を繋ぐことは出来ません。だから、鼠を馬に扮せても馬のように駆けることはおろか、動くこともままならない。」
「じゃあフェアリーゴッドマザーは本物の魔術師ではないんですね。あくまで物語上の脚色ですか。」
幼児には絶対聞かせたくない衝撃の真相である。恐らく「魔法は絵本のなかだけの話だよ」と告げるよりタチが悪い。
「まぁ、とりあえず見回り行くぞ。想像上のことを語る前に現実を見極めねばならん。」
エドウィンが剣を腰に差して立ち上がった。
「え?昨日で超常現象は解決しましたよね。次の地に移動しないんですか?」
すると、呆れたという風合いで腰に手をつく。
「昨日の今日で移動なんてしてられるか。まだ、超常現象の余韻が残ってる可能性は充分ある。あと二日三日は様子見だな。」
「そうですね。昨日の残骸が残ってないとも限りませんし。いくら早く解決といっても、今この地を離れるのは尚早でしょう。」
二人の年上男性の反対を受け、自分の意見を貫けるほど、エスラも自分本位ではない。しかも、理に適っているのは明らかにあちらだ。
エスラは愛剣を吊って、軽く身支度を整えた。




