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魔術を扱いし…




エスラが駆け出した瞬間、


キャァァァと女の叫び声。


振り返ると、遠く向こうに数人の男女が火球の中で動けなくなっていた。倒れている人影を見ると、1人の男が怪我をおっている。


エドウィンは、「まだ町民がいたのか……。」


自らの失態を噛みしめるような沈痛な声だった。


しかし、すぐに面を上げ、町民の方へと駆け出した。


「町民の避難が最優先だ。急ぐぞ。」


「はいっ。」


火球など顧みずただただ猛ダッシュである。豪火球をかいくぐり、町民たちのもとへと参上した。


「大丈夫ですか!?」


女が半泣き顔でこちらを見つめた。見ると、倒れている男の方は左足を火球によってもぎ取られ、見るも無惨な姿だった。


もっと早く気付いていたら、とつい歯噛みをする。


「私が怪我人を担ぐ。サーティス、迅速に誘導しろ。」


「はい。」


応じた刹那、火球がエスラ目掛けて飛んできた。気付くと、直径一メートルあろうかという大岩になっていた。流石にこの程度で腰を抜かすほどには、ビビりではないので、極めて冷静に地に伏せた。火球はエスラの頭上を飛び越えていく、はずだった。


「サーティスッ!」

エドウィンの叫ぶ声。

火球は、エスラが伏せたのが分かったかのように、急角度でエスラに向かって落ちてきた。そう、エスラに向かって。


目を見開いて火球を見る。火炎を纏いし大岩は、刻一刻とエスラに迫り来る。急に周りの時間がゆっくりと流れていくように感じた。そして、脳内に流れるは、幼少期から現在に至るまでの思い出だ。あぁ、これが走馬灯か。気付いて、フッと息が漏れる。


「この阿呆ッッ!最後まで諦めるなッ。」


エスラを現実まで引き戻したのは、聞き覚えのあるあの声だった。

エドウィンは、咄嗟とっさに剣を抜き、大岩を抑えていた。大きさだけで比べても、先程より数倍は辛いはずだ。それなのにも関わらず、おぅらッ、と叫び、見事真っ二つに切り捨てた。


「阿呆めが。」


じとりと睨み付けるエドウィンに身を竦ませる。そうだ、あたしは命の大切さを知っている。それが何人たりとも蔑ろにしてはいけないことも、誰であろうが命は平等なことも。あたしの命もそれに含まれることも。


「命を守る側が命を諦めるとは、情けない。しかし、説教は後だ、屋内に避難をさせる。ホーミング性能があるらしいから、怪我人を抱えたままでは避けることはできない。私が抑えるからその間に、怪我人を担いで屋内に逃げろ。………いいな?」


「……はい。」


言われて、怪我人を担ぎ、近くの建物へと急ぐ。


「私について来てくださいっ!」


その他三人の男女にも声を掛ける。


その間、エドウィンはエスラ達に向かってくる火球をすべて弾き返していた。最早、人の出来る程度を越えた荒技だが、それに感動している暇はない。遮二無二しゃにむに走り、家屋へと向かう。


あと少しで建物の中に入れる、というところまで来たとき、「サーティスッ!」呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、エドウィンが抑えきれなかった大岩がこちらにむかって急突進してきた。


これには、エドウィンを責める術はない。なにしろ大の男が手を伸ばしても余る体長にまで成長した火球を、彼は三つも抑えていたのだから。


しかし、エスラには到底火球を弾き返せるとは思えない。しがない新米剣士が岩石を押し返せはしないだろう。


でも、だけど、それでも。


「この方、頼めますか!?」


押し付けるようにして背負った怪我人を町民に任せる。


私も、剣士だ。騎士だ。最後のひとときまで、人民を守るがため、入団した。“命を守る側が、命を諦めるとは情けない”つい数分前のエドウィンの言葉が刺さる。


剣を抜き、刃を横に構える。エドウィンみたく弾き返すことはできない、一瞬で潰されるだろう。けれど、数十秒いや数秒でも町民の逃げる時間を稼ぐ。決して命を諦めない。死ぬとしても意味のある死でないといけない。


「ウラァァァァ!!」


声を発散させ、足を踏ん張り、手に力を入れる。


火球はじりじりと迫り、今にエスラに触れんばかりに突進してきた。



そこで、勢いは止まった。



火球は見る見るうちに纏っていた炎が消え、パチパチ、と火花が跳ねて、それから爆散した。


力んだ体は中々状況を理解できず、硬直したままだ。後ろから近付いてくる土を踏みしめる足音で、やっと硬直が解けた。


「やっぱり、起こりましたか。俺の感知も馬鹿になりませんね。」


迫ってくるは、飄々(ひょうひょう)とした声。振り向くと、白髪痩身の男。


「アーノルドさん!?」


「ご無事で幸いです。」


アーノルドは巨本を抱えて、こちらを向く。


「何でここに!?ここは危険です、屋内に避難してください!」


「……女性に庇われるほどに、頼りない男に見られていたとは心外ですね。」


はぁ、と深いため息。


「サーティスさんは下がっててください。」


巨本を開き、幾らかめくる。エスラの前に出た。その後ろ姿は、今までになく堂々として、今までになく頼もしく見えた。


「アーノルド・クロノスの名をもって、魔術を行使します。」





―――――――――――




「魔術を行使……?」


アーノルド・クロノス、とうとう頭がイカれたか。御伽噺おとぎばなしもかくや、というファンタジー色溢れる単語に眉をひそめる。


「何馬鹿なこと、ほざいてるんですか!?さっさと逃げてください。」


何を考えたか知らないが、アーノルドがあの火球をとめるなど、エスラ以上に無理がある。伊達に毎日訓練を積んでいない、大抵の男には腕っ節で勝てる自信がある。


後ろで慌てふためいている町民に早く中へ入るように指示し、向かってくる火球を抑えようとした。


が、エドウィンがエスラを押さえ、庇うように立ちはだかる。


そして、火球を真摯に見つめ、本をものすごいスピードでめくる。お目当てのページを見つけたところで紙を押さえ、何やら唱える。


「さなかに巡りゆく水流、清水、瑞光。今、この地に恵みを与え、人々に歓喜を―――。」


詠唱が終わると、アーノルドの指先から水の奔流が溢れ出た。そして、火球を包み込み、水の流れで砕いていく。


「広がれ。」


言うと、水が町中に溢れ出て、波が町ごと、火球をさらう。たちまち、火球は消火され、動かなくなった。


「まぁ、こんなもんでしょうか。」

飄然ひょうぜんと呟き、本を閉じる。


エスラは、暫し呆気にとられ、言葉することもできなかったが、状況を理解して静かに言葉を漏らした。「凄い………。」


町を見渡すと飛び散った水滴が残り、砕け散った岩片が水溜まりに沈んでいた。これが一人の男の所行だなんて誰も信じないだろう。


「これって、どういう……!?」


「おい?アーノルド・クロノス。」


興奮したエスラの問いを阻んだのは濡れ鼠となったエドウィンだ。


あ、忘れてた。と身を縮ませる。


「あれ、生きてらしたんですか」


アーノルドが残念といった手振りでエドウィンを見る。


「遅いッ!それに私まで巻き込む必要は無かっただろうがッ!」


「件のことで地表調査行ってましたから仕方ないでしょう。ていうか、火炎岩ファイアロックスの最終段階一つ手前を一人で三体抑えるなんて神業、人力でみたことありませんよ。あの光景を見たときは心胆からしめるものがありましたね。」


「それだったら一言入れていけ」


呆れた風に首を振るアーノルドにエドウィンは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。エスラはというと、アーノルドの言葉に突っかかるものを感じ、問うてみる。


「最終段階一つ手前?あれにまだ段階があるんですか!?」


「あれの覚醒は、七段階ありましてね、あなた達の見たのは、六段階までです。」


「て、最終段階ってどのくらい……!」

アーノルドの口元が歪んだ。悪戯めいた笑みである。


「試してみます?何体か召還できますよ。」


「結構ですっ!」


あの大惨事の再来なんて充分だ。そうは思っても、一瞬返答に悩んでしまった自分が恐ろしい。


「ところで、」とエスラは咳払いをして話題を転換させる。


「アーノルドさん、さっきは何をやったんですか?まったく分からなかったんですけど。」


聞くと、アーノルドは少し言いよどんだ。


「“魔法”。古代から伝わりし不可思議を起こす奇術だ。」


言いよどんだアーノルドの代わりに言い切ったのは、エドウィンだ。


すると、意表を突かれたようにアーノルド。


「知ってたんですか?」


「ついさっき、ナドニスの図書館でそれにまつわる文献を見つけた。“三百年前、白髪の青年が干害の起きたこの町を妖しげな術を使って、救った。”と。その子孫がお前なんだろう?」


「クロノスの歴史はそんな浅いものじゃありませんよ。まぁ、白髪はクロノス家一部の男児に起きる特異体質ですから、クロノスの家系には違いないでしょうね。」


クロノスの家系。それは要するに………、魔法使いの血。


「“魔術の継承者”といいます。もっと簡単に言いますと魔術師ですが。地方によっては、魔法使いとか魔法とか言いますけど。」


アーノルドは言って、辺りを見渡した。


「今日の件で確信しました。超常現象は、魔術にほど近い。多分、魔術を使うのと原理はそう変わらない。問題は、どうして人為的でなく自然に起こったか、です。」


何者かの陰謀か、自然による現象か。まだそれは分からない。とにかく、今日の事件を踏まえ、人民に多大な被害を与えることは身をもって知った。


「俺としては、早く解決して、お役ごめんさせて頂きたいんで、協力はしますよ。」


というが、心底面倒くさそうである。今更快く協力しろ、なんて強制したところで徒労とろうというものだ。騎士団に協力するというだけでも、譲歩としたものだろう。

「早く解決、という件では同意だな。恐怖にさらされる国民を守らねばならん。」エドウィンは真面目くさって、だ。


エスラは、声を張り上げて、言葉する。誰であっても、被害が増えるのは望ましくない。あたしの剣で守るんだ、人々を。


「私も精一杯の力添えします。……国を守りたいですから。」


半人前が偉そうに……、と呆れたようにエドウィンが呟く。

そうして、あたし達の旅は始まった……―――。






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