シュレーディンガーの猫
「例えばの話をしよう。もし君が猫だとする」
女「早速わからない」
男「君は箱の中に閉じ込められた」
女「訴えてやる」
男「その中には毒ガス噴霧器というものがあって、スイッチが入ると即効性の高い毒が吹き出る」
女「なにそれこわい」
男「スイッチの仕組みは簡単だ、時間がくると勝手に入る。その時間はランダムだ」
女「いつ死ぬかわからないってこわいね」
男「箱の蓋をしめた瞬間にスイッチが作動し、いつスイッチが入るかは誰もわからない」
女「にゃんこかわいそう」
男「さて、問題。箱の蓋を開けるまでは、猫が生きてるか死んでるかわからない。この時の猫は物理学的には半死半生として扱うんだ」
男「しかし、現実には死か生かの二択だ」
男「にも関わらず、観測しないとその二択がわからない」
男「裏をかえすと、我々が観測しない限りは、生きてるか死んでるかに関しては半死半生の物として扱わなくてはいけない」
女「いや、生きてるか死んでるかのどっちかでしょう?」
男「この時、猫には二つの未来がある。片方は生き、片方は死に」
男「観測する、ということは、猫の未来をきめてしまうことだ。生きてるか、死んでるか」
女「観測しなくても、時間が経てば死ぬと思うよ」
男「いや、観測しないと未来がわからない。というのも、電子にはどうやら存在の同時性があるらしい」
女「何それ?」
男「電子銃で電子一粒を、3つの箱の真ん中目掛けてまっすぐ打ったとしても、その三つの箱に同時に到着したとも言えるし、あるいはどれか一つにランダムに到着することだね」
女「馬鹿げた話ね。抵抗がかかって逸れたんじゃないの?」
男「抵抗とかはかからなかったとしても、こんな結果になる」
男「これはどういうことかというと、電子は三つの箱に接触するまでは、3つに別れて等しく三つの箱に向かっていたんだ」
男「しかし、現実には電子は一つしかない」
男「だから、箱の壁に接触するときには1/3の確率でどれかの箱に収束して、そこに電子がぶつかったこととして、世の中では処理される」
女「ちょっとよくわかんない。別れたものが一つに集まる訳無いじゃん」
男「最小単位。電子よりエネルギーが低い物体は物体として形を保てない、という世の中だったとする」
男「3つに別れているあいだは物体として扱えないし、また扱わなくてもよい」
男「なぜなら、箱にぶつかるまでのあいだは、電子が物体として他の物体に影響を及ぼしているか、というと、及ぼしていないからだ」
女「真空中で電子銃を打ったのね。確かに他の物質とは衝突も何もしてないわね」
男「しかし、箱に衝突するときは違う」
男「電子は、電子の粒として箱に衝突による分の影響を与える」
男「しかし、今電子は三分の一のエネルギーしかない。つまり、電子として最低限の影響を与える分のエネルギーを所持していない」
男「これは困った。電子はどこかからエネルギーを貰わないと、この世に存在できなくなる」
女「最小単位ってそういうことね。それを下回った物はこの世の現象として現れない、という物か」
女「ちょっとよく解らないわ。結局箱三つに三分の一ぐらいの影響を与える、じゃダメなの?」
男「だめだ、影響が小さすぎて、電子がこの世に存在していなかったことになる」
女「そんな馬鹿な。エネルギーが勝手に消えちゃうなんて」
男「そう、勝手に消えちゃう訳じゃないんだ。そのエネルギーは再び一つに集まるんだ」
男「そうすればめでたく電子一個分の衝突エネルギーが生まれてくれるので、電子の存在が消えることはありませんでした、めでたしめでたし」
女「その一つに集まる、というのもよく解らないわ。まずどうやって三つに別れて、どうやって一つに集まったの?」
男「それは今だに物理学の謎さ」
女「つまんない。多分1/3のエネルギーを見落としてるだけだわ」
男「ちがうよ。電子が波のようにひろがるからなんだ」
女「?」
男「つまり、電子は波のように同心円を描いて広がるんだ」
女「ますます解らないわ」
男「もちろん広がっている間は、この世の現象として存在できないほどエネルギーが小さい」
男「ところが、同心円のどこかが物体に触れたときに、この波のように広がった電子は、物体に影響を与えなくちゃいけなくなる」
男「物体に影響を与えるためには、他からエネルギーを借りてこないといけない」
男「そこで波が再び点に収束して、見事電子一粒分のエネルギーを得た電子は、この世の中の一つの現象として世界に認められるのでした、めでたしめでたし」
女「だからそのエネルギー借りてくる、がわからないの」
女「しかも円のように広がってるなら三つの箱のうちどれにも同時にあたるじゃん」
女「それとも真ん中が一番近いから真ん中だけしか当たらないはずじゃん?」
男「実は、電子は波のように広がりながら、かつ、その同心円の円周のどこか一点に存在してるんだ」
女「えっ」
男「つまり、電子が広がっているあいだ、電子がこの世に存在するためのエネルギーが足りないから、存在は消えています」
男「しかし、この世から、物体の存在が勝手に消えたら、この世に沢山の矛盾が起きます」
男「そこで、この世の神様は矛盾を作らないため、電子の「仮の」存在を与えました」
男「中身はからっぽです。電子の存在とエネルギーは別々に扱います」
男「存在は同心円上のある一点に収束したまま動き回り、エネルギーは同心円に満遍なく広がっています」
女「なるほど、ようやく納得がいきそう。何となく」
男「存在は同心円上をランダムに動きます。そりゃそうですよね」
男「中身だったはずの、電子のエネルギーがないから、探してるんです。でも同心円から離れることはできません」
男「エネルギーを置き去りには出来ません。また、エネルギーを勝手に越えたり遅れたりして、存在だけが運動したりはできません」
女「いよいよクライマックス?」
男「箱にぶつかるとき、まず、物体の存在同士がぶつかりますね。ぶつかる相手は、この世に存在しない物だった、なんてことはありえない」
男「次に、エネルギーの受け渡しが行われます。まるでトラックにはねられる子供のように、トラックからエネルギーをもらうんですね」
女「もっとマシな例をあげろよ」
男「エネルギーの受け渡しをするために、エネルギーがあつまって、ようやく電子の長い旅は終わります」
女「うーん、納得行くような行かないような」
女「そもそもエネルギーが離れる必要はないと思う」
男「どこかに行こうとするエネルギーだもん。勝手に広がっちゃうに決まってるよ」
女「まっすぐ行くはずのエネルギーが勝手に方向が変わって、真ん中の箱以外の方向に広がるのってなんで?」
女「方向を変えるのにもエネルギーがいるよ?」
男「違うよ。エネルギーが二手に別れたり、四つに別れたりを繰り返して、いつの間にか同心円になるんだよ」
男「運動エネルギーだからね、どこか他の場所に動きたいんだよ、とにかく」
女「なんか納得出来るような、できないような」
男「いいじゃないか、僕のかわいい子猫ちゃん」
女「それがオチかよ」
女「…ちょっとうれしいようなうれしくないような」
男「今から箱に閉じ込めてやるのさ。飛び切りの毒を仕込んでね」
女「死なないよね?」
男「死んじゃいそうなぐらい愛してる」
女「どうしよっかなぁ」
男「猫は半死半生かもしれないけど、僕が100%の確率で、君を幸せの刑に処するよ」
女「…」
女「…男は、愛してる、の刑に処する」