デイダラ 6
そして、僕らは意気揚々と、近所の図書館に足を運んだ。
小学生の時以来、僕がほとんど足を踏み入れることのなかったその場所は、相変わらず、蓄積された知識が醸しだす、独特な空気が漂っていた。
せっかくの夏休みだというのに、勉学に励む子供たちの姿は見受けられず、館内は実に閑散としていた。最近の子供たちは忙しいと聞くが、皆塾にでも通っているのだろうか、と僕は思う。
その代わりに、というか、閲覧席にはただ新聞や雑誌などに目を通す無愛想な大人たちがいた。彼らは神経質そうに額に皺を寄せ、文字を睨むようにして読んでいた。
僕は何となく目を伏せて、彼女と共に文学作品が並ぶ棚を目指した。
陽光がブラインドから差し込み、綺麗に磨かれた床をきらきらと照らしている。本からはどこか湿った紙の匂いがした。
その匂いを嗅ぎながら、僕は好みの本を探し始めた。
そして、しばらく経ったときだった。
「ねえねえ」
ふいに声がして、隣を見ると、麻衣子がにやにやしながら立っていた。
「弥一君、これ、読んでみてよ」
と、片手に本を開いてこちらに向けてくる。
何か面白いことでも書いてあるのだろうか。僕は試しに読んでみようとした。彼女は何か面白いことを発見すればいちいち僕に報告するきらいがあったのだ。
しかし、僕はそれを覗き込んで、すぐさま身を守るように目をそらした。本の文面が目に入った瞬間、それが彼女のイタズラだと悟ったのだ。
「……ふふふ、えっち」
彼女は眉を動かして、愉快気に笑う。
何を隠そう、麻衣子が手に持ってきたものは、紛うことなき官能小説だったのだ。濃厚な桃色エロスの匂いが、その文面からもやもやと立ち上っているのが分かる。
「な、何だよ、麻衣子が持ってきたんだろ。馬鹿じゃないのか? そんなもの、早く戻してこいよ」
僕は顔が赤くなるのを見られないように、そう言い放って顔を背けた。男子たるもの、女子の前で、易々と取り乱している様子をみせるべきではない。
が、彼女は素早い動きで回り込むと、いたずらっぽく覗き込んできた。
「ねえ、私がここに書かれてることと、同じことしてあげよっか」
「うぐっ――なあ!?」
汚れたことなどまるで知らない、純真清らかだったあの頃の僕が、その瞬間、猛烈に心かき乱され、動揺してしまったことは、説明を必要とするところではないだろう。
僕はさながら茹でダコのごとく真っ赤になり、後方不注意のまま後ずさって本棚に衝突すると、収めてあった書物をばらばらと床に落としてしまった。なんとも、無様この上ない。
そして、彼女はその醜態を見るや、
「あ、動揺したわね。この変態」
と、欣喜雀躍して手を叩いた。自らの思惑通りに事が運び、完全に僕の上に立ったと思っているのだろう。
哀れ、僕はそんな彼女に言い返すことも、自らの赤くなった顔を隠すことも出来ず、ただあわあわと口を開閉しながら、情けなくも散乱した本を掻き集めた。いったい何をやっているんだという気持ちになる。
その間も彼女は頭上から嘲笑した。
「あはは、今想像したんでしょう。弥一君って本当にどうしようもない変態なんだから」
彼女の言葉には一切の容赦がない。
おい、おふざけが過ぎるぞ。
さすがにそう言い返そうかと、僕が顔を上げるが、その言葉が僕の口から発せられることはなかった。
何を隠そう、僕の言葉よりも先に、その図書館で暇つぶしをしていたのであろう、通りすがりの老人からきつい一喝を喰らってしまったからである。