デイダラ 1
どうも、作者のヒロユキです。
お初の方はこんにちわ。他の作品も読んでくださった方は、またお付き合いよろしくお願いします。
相変わらず未熟者の作者ではありますが、少しでも上達できるよう精一杯頑張っていきたい所存でありますので、応援してくださるとうれしいです。
さて、今回の作品は「デイダラ」というタイトルの物語です。一応、ファンタジーという分類になっておりますが、正直なところ、あまりファンタジーっぽい設定は出てきません。その点はご了承ください。
作者の予定としましては、それほど長い話にするつもりはなく、短編レベルの長さになる予定ですので、気軽な気持ちで読んでいただければ幸いです。
「世界が変わるわよ!」
携帯電話の向こう、開口一番に彼女がそう叫んだせいで、僕は驚いて無様にもベッドから転がり落ちた。バランスを崩し、前のめりになって、強かに後頭部を打って悶絶した。
それは、七月の早朝。
時計の針が午前四時半を差した頃だった。
前日まで降り続いた雨により、僕の部屋はすこぶる蒸し暑い。ニュースによると、その日は今年に入ってから何度目かの熱帯夜らしく、ぬるくなった空気をブオブオと不穏に唸る扇風機がかき回している。
僕は呻きながらひりひりと痛む頭を摩った。そして、どうして僕がこんな目に遭うのだ、と彼女に対して憤った。そもそもどうしてこんな時に電話が鳴るのだ、と。
この世には様々なマナーが存在するが、相手が明らかに就寝中に電話を掛けてくるのは、まごうことなき、マナー違反である。それもよりによってこんな時、僕が睡眠と覚醒の狭間をさ迷い、寝苦しさに悶々としている時に携帯の着信音を鳴らすなど、もってのほかだった。
それだけでも、同情されるのに十分たる不運であるというのに、今の僕の後頭部強打による悶絶っぷりは、どうだろう。街頭募金が集まるほどの不運、と言っても過言ではないに違いない。いや、断じてそうだ。僕は言い切る。
「ねえ、世界が変わるかもしれないの!」
しかし、そんな僕の思いを彼女は露ほども知るはずがなく、またしても電話の向こうでそう叫んだ。
世界が変わる?
何のことだ?
身体を打った衝撃があるせいか、僕が単なる馬鹿なのか、それとも彼女が馬鹿になったのか、もしくは二人して馬鹿なのか、僕には彼女が言っている意味がすっきりさっぱり全く分からなかった。ただでさえ寝起きの悪さでイライラが募っているというのに、この状況はあまりにも酷い。
「何の話だ!」
僕は彼女の声に負けるまいと、ようやく起き上がり、怒りを込めて叫んだ。
「今何時か分かってるのか!?」
と。
すると、
「午前四時三十二分二十一秒よ」
間髪なく返ってきたのは、馬鹿正直とさえ思うほど、正確な答えだった。
数秒、沈黙した後で、
「麻衣子は、僕を呆れさせるのが趣味なのか?」
思わずそう聞いていた。
「馬鹿なことは言わないで。今は一刻を争う状況なんだから、あたし、時間には敏感になってるの」
彼女はつんつんと刺すように言う。
「あなたと話しているだけで、もう一分が過ぎちゃうわ。早く目を覚ましなさい」
「眠気なら、誰かさんのせいで、とっくにぶっとんでいったんだけど」
僕は皮肉を込めて言った。
「いかんせん、状況が分からなくてね。どうして僕がこんなに朝早く、麻衣子の怒鳴り声で起きなくてはならないんだ?」
「だから、世界が変わるのよ!」
彼女はまたしても繰り返した。
僕は呆れる。昔からの彼女の悪い癖だ。いつだって他人を唐突な話で翻弄し、嵐を起こすがごとくのわがままっぷりで人々を悩ませる。子供の頃だけならまだしも、もう大人になろうという現段階に至って尚、その性質は消え失せるどころか、遺憾なく発揮され続けているようだ。
ため息をついて、僕は寝ぼけた頭を回転させる。
「ああ、ついに核戦争が勃発して、人類の歴史が幕を閉じるのか?」
「そうじゃないわよ」
彼女はあっさり否定した。
「けど、大変なことが起こったの。世界が変わるくらい大変なこと! だから私、今あなたのアパートに向かってるところ。後十分で着くわよ」
「は?」
またしても寝耳に水だった。僕はごそりと辺りを見回す。一人暮らしの狭い部屋は、僕が当分掃除をさぼったせいで汚く散らかっていた。ゴミ袋が散乱し、汚れた衣服が溜まり、机の上では倒れた缶ビールから雫が垂れている。
ここに彼女が来るのか?
いくら気心が知れた彼女といえど、この惨状にはまず目を覆うだろう。
「いや、今はまずい」
「どうして?」
「察しろ。僕の部屋で何をするのかしらないが――」
「何を言ってるの?」
彼女の声が覆いかぶさった。
「今すぐ出掛ける準備をしなさい。髪を整えて、清潔な服に着替えて、顔を荒って歯を磨くの」
「どこに行くつもりだ?」
こんな朝早くに。
噛み付くように僕が尋ねると、彼女は一瞬電話の向こうで微笑んだようだった。
「だから、世界が変わる場所よ」
と、そう言った。