終わりと始まりの日6
座り直して改めて晴影と晴輝と向き合う。信玄は隣で顔も合わさずイライラしたようにあぐらをかいていた。
「さて、ではサクくん改めて名乗らせてもらおう」
春に似つかわしくない凍りついた空気の中で晴影が最初に口火を切る。
「私は日本魔法連盟当主、土御門晴影だ」
「魔法……連盟?」
「そうだ。日本の魔法使いを取り締まる……君の世で言う政府のようなものだ」
サクに分かりやすいように晴影は解説してくれる。
「突然の事で困惑するかもしれぬが、この世界には魔法と呼ばれる力……そしてそれを行使する魔法使いが存在する」
突拍子の無い晴影の言葉に普通なら度肝を抜かされるのだろうか。もしくは気でも触れているのかと、世迷言だと一蹴されて終わり。
「どうだね?これまで魔法と離れて生活してきた君にとって、私の言葉は戯言のように聞こえるか?」
「不思議と、そこまでは」
けれど、何故かそれを全くの嘘だとは思えなかった。
晴影に先程何かをされたからかもしれないが拒否や拒絶は無い。むしろ、腑に落ちたようにストンと心の中に入ってくるような感覚。
あぁ、そうだったんだ。感想としてはそれだけだった。
「じゃあ、晴輝も?」
「そうだよ。僕もれっきとした魔法使い。と言ってもまだ未熟者だけどね」
「いけ好かねぇガキだな。その歳であれだけ高度な【姿隠し】を使えるくせによ」
晴輝の100点とも言えそうな返答に信玄は舌打ちをしながら言った。
サクは信玄の裏をかいた紙切れに目を落とす。
【姿隠し】
どうやら晴輝がサクに手渡したこれも、晴影の語る魔法の1つらしい。
魔法と聞いたら真っ赤な炎を操ったり、湖を氷漬けにしたり。
「何と言うか……もっと凄いのを想像しました」
「はっはっは。いやはや、気持ちは分からんでない。実際そのような魔法もある」
素直な感想を伝えて気を悪くされるかと思ったが、晴影は愉快そうに笑った。
「日本魔法連盟当主であると同時に私は【桔梗院】の理事長でもある」
「【桔梗院】?」
「君が今日卒業した【移人】の学校のように、我ら魔法使いにも魔法使いのための学校があるのだ」
「【移人】?」
聞いたことのない言葉の連続にサクは困惑する。
「【移人】って言うのは古い日本語で魔法を使えない人達のこと。僕らはそう呼んでる。そして僕ら魔法の力を持つ者の事を【常人】って言うんだ」
「へぇ……」
頭を抱えるサクの疑問を晴輝が補足してくれた。
どうやら話をまとめると、魔法使いは高校生に上がる歳で魔法使いのための学校に進学することが決められている。
そこでは魔法の知識や、魔法の使い方、魔法の世界のことを詳しく学ぶことになっているらしい。
「当然魔法使いの家系であるサクくん、君にも桔梗院で学ぶ資格がある。だから私達は君の意思を確認するためにこうして足を運んだというわけだ」
両親はサクがまだ物心着く前に死んだと叔父さんから聞いた。その亡くなった両親が魔法使いだったと言うのだ。
「俺本当に魔法使いなんですか?これまで魔法とか不思議なことなんて一度もなかった気がしますけど」
これまでサクは普通の人と何も変わらない生活を送ってきた。
例えばある日突然物が触れなくても宙を舞ったとか、手から炎が出たとか。不思議な経験があったのなら「あれはそういうことだったのか」と受け止められたかもしれない。
けれど、今日あった赤の他人から突然「君は魔法使いだ」なんて言われただけ。はっきり言ってピンと来ない。
「魔法の力が行使できるようになるのは丁度君らで言う高校生にあがる頃だ。それに加えて君は今の今まで魔法使いである自覚もなかったからな」
「何で高校生にあがったら魔法が使えるようになるんです?」
「詳しいことは桔梗院で学ぶことになるが、まだ自我が未熟だからだ」
「自我が未熟?」
「魔法とは己が心の輝きを顕現させる力。この世に魔法として顕現させるだけの精神力が培われるのが【移人】の言葉で言う思春期と呼ばれる頃からだ」
要するに高校生になる頃になるまでは魔法を使う精神力が足りないってことらしい。
だから、彼らはこの時期にサクのもとにやってきたと言うことか。
高校に入学する年齢。それが魔法発現の頃合。
話をまとめるとサクが魔法使いで、魔法学校へ入学するかしないか問うために晴影さんと晴輝がやってきた……ということ。状況はしっかりと把握できたし自分でも驚くほど受け入れることができている。
だが、1つ重要な問題が残っていた。
「何で黙ってたんだよ、叔父さん」
こっちを見ようとしない信玄に対して苛立ちを隠すこともなく言葉をぶつける。
サクが魔法使いであることを信玄は知っていたのだろう。
これはサクの人生にとって大きな転機。文字通りこれから先の人生を大きく左右する運命の選択だ。
何故そんな大切なことを話してくれなかったのか。
納得のいく説明が欲しかった。何か理由があってそうしたのだと。それならこのふつふつとした気持ちも収まってくれるかもしれない。
「サク、これまでお前は魔法使いとは違う……【移人】の世界で生きてきたな」
だが、信玄の言葉はサクの想いを裏切るものだった。
「だったら……別にいいだろ?そんな魔法の世界なんてもん」
別に……いいだろ?
サクの視界がグラりと揺れる。右も左も分からなくなるサクになおも信玄は続けた。
「お前は魔法とは無縁の世界で生きていけ。魔法使いになんざなる必要はない」
「信玄!」
「晴影は黙ってろ」
先程までとは違って静かに燃えるような圧を飛ばして信玄は晴影を睨む。
そんな信玄の姿に晴影はため息をついておし黙った。
「お前が魔法の道に進むことは許さねぇ。それで今まで生きてこれたんだ、それでいいだろ?」
そんな……軽い言葉で済まされるのか。
確かに居候の身だよ。だけど……それでも……!
信玄はサクのことをそんな風に思っているのか。それ程までにどうでもいいと思われていたのか。
家族と呼べる存在があるのなら、きっとそれは信玄なのだと。そう思って生きてきた。
信玄のその言葉は、そんなサクの想いを裏切るものだと思った。
「それでいいって、そんな簡単な言葉で片付けるなよ!俺は……」
「魔法とは無縁の生活を送ってきたお前が魔法使いの奴らとやっていけるはずがねぇだろうが」
サクの異議を信玄は上から押さえつける。
「ただでさえお前は周りと馴染めなかったんだ。お前がよく知る【移人】の世界でもな。そんなお前が未知の世界に飛び込んでみろ、すぐ孤立するぞ」
「そんなもんやってみないと分かんないだろ!?」
反抗心からサクは信玄に言い返す。だが、その反論にサクの気持ちはこもっていないような気がした。
魔法使いではない世界で、はっきり言ってサクは上手くやれていなかったと思う。
その魔法使いの世界に飛び込んだとして果たしてうまくやっていけるのだろうか。
今、初めて魔法使いの話をされたサクにとって魔法なんて夢物語。きっと分からないことだらけだろう。
余計に居場所がなくなって、虚しさが増すだけなのかもしれない。
だから、信玄の言う通りこのまま現状維持して生きていくという道もあるのかもしれない。
「でも俺のことだ!どっちの道を選ぶかは俺が決める!叔父さんが決めることじゃない!」
だが、それはあくまで可能性の話。
逆かもしれない。魔法使いの世界常人として生きていく方が上手く行く可能性だってある。
大事なのは結果よりもサク自身で決めることだ。
全てをひた隠しにされて、勝手に自分の生きる道を決められることは嫌だった。
それぐらい、分かってくれよと心の底で悲鳴のように叫ぶ。
「だまれ!この10年誰がお前の面倒見てきてやったと思ってる!?」
だが、信玄も譲らない。サクの想いに反して信玄は怒声を返してきた。
そしてそれがサクと信玄の第2ラウンド開始の合図となった。
「ここまで育ててくれたのは感謝してる!けど、それをここで引き合いに出すのは違うだろ!?」
「さ、サク君、ちょっと落ち着いて……」
「落ち着いていられるか!こんなもん、納得できやしねぇよ!!」
隣で晴輝がサクの手を引っ張って何か言う。そんな晴輝の手を振り払いながらサクはなおも続ける。
「俺は叔父さんの操り人形じゃない!」
「だが、俺が拾ってやったガキだ!」
「拾ってくれって頼んだのかよ!?」
「拾わなきゃお前はどうなってたんだ!」
思い出されるのは過去の情景。
黒の喪服が乱列し、立ち尽くすだけのサクをいないもののようにして流れていく大人。
それを想起しながら、何故かサクの目からは涙が溢れていた。その張り裂けそうなその気持ちが何なのか、サクには分からなかった。
「恩着せがましいな!叔父さんに拾われたからって叔父さんの思い通りに生きる必要なんかないだろ!?」
「お前が魔法なんざに関わっても碌なことにならねぇ!お前のために言ってやってんだ!言うこと聞け!!」
それでも折れない頑固者の叔父。その姿を見てサクの怒りは頂点に達した。
本心じゃなかったと思う。言ったことを後から死ぬほど後悔もした。
きっと、サクにとって人生で1番の失敗。
言ってはならないことだったと、それを理解できるのはもっと先の話。
だが、サクは止めなかった。止められなかった。どうしようも無かった。
激情のまま、信玄に禁断の言葉を叩きつけた。
「本当の親でもないくせに!こんな時だけ親ヅラすんなよ!!」
「……っ!!」
バシンッ!!!
サクの視界が激しく揺れ、遅れて頬に張り裂けん程の痛みが走る。
信玄が、サクの頬を引っぱたいた。
じわり、と鉄の味が広がる。口の中が裂けたらしい。それと同時に悔しさか、惨めさか……あるいは怒りと失望だったのかもしれない。
ヘドロのような感情がサクを支配した。
「信玄……!」
晴影さんの言葉が破裂音の後に訪れる氷の沈黙を切る。
サクは熱を持った頬を抑えながら、滲む視界で信玄を睨んだ。
信玄がどんな顔をしているのかすら、分からなかった。
もう、どうでもよくなった。
何かが吹っ切れたような気がした。
「……決めたよ、晴影さん」
もう引き返せない。収まりを知らない感情が溢れ、サクの激情を後押しする。
「俺が行きたいって言えば……魔法学校に行けるんですよね?」
「やめろサク!!お前に魔法使いの道は進ませや……」
肩を掴もうとする信玄の手を荒々しく払い除けながら、サクはサクよりも高い場所にある信玄の顔を睨みつけながら言い捨てた。
「あんたの思い通りになんかしてやるもんか!俺は魔法使いの学校に行く!魔法使いになってやる!!」
涙で滲む視界はまるでモヤがかかったようで、晴影や晴輝、目の前にある信玄の顔ですら見えない。
「見てろ!!絶対に魔法学校で上手くやってやる!!1人前の魔法使いになってあんたを見返してやる!!」
先程までの悩みは消し飛び、怒りに振り回されるような形でサクは決断した。
信玄がサクに魔法使いになって欲しくないのなら、むしろなってやる。
魔法使いになることを拒む信玄に対する最大の仕返し。それはきっとサクが魔法使いの学校に通い、魔法使いになること。
サクの宣戦布告を聞いて、信玄は何も言わなかった。
どんな顔をしているのかすら分からない。
ただ、そんな信玄をサクは卑怯だと思った。
こうしてサクの新たな人生は、吐き戻すかのような胸くそ悪い感情と、ひりつく頬の痛みからはじまった。




