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終わりと始まりの日5

 結論から言って、サクは驚いていた。


 なんと信玄に気づかれる事なく部屋のそばまでやって来れたのだ。


 いつもなら、信玄が「何してんだ!」と飛び出してはサクを追い払うのが通例。


 なのに、今日に限ってはそれがない。


「よし、それじゃここからが本番だね」


 晴輝がサクに耳打ちをしてくる。彼の清涼な匂いを感じながらサクはゴクリと息を呑んだ。


「その紙を離しちゃダメだよ。それがないときっとすぐにバレるからさ」


 胡散臭いが、どうやら晴輝の言う通りこのお札のお陰らしい。紙をしっかりと握り直してサクと晴輝はそっと部屋の会話に耳を傾けた。


「それ……める……サ……だ!……じゃ……」


「だま……ろ!サク…………目……わせ………か!」


 徐々にはっきりとしてくる2人の声。はっきりとサクの名前が出ていることが確認できた。


 もうバレることすらも忘れて無心に意識を襖の向こうへ集中させる。


 気がつけば、手のひらにジワリと汗が滲んでいる。緊張しているのか。


 だんだん耳が慣れてきた。


 そして、そこでサクは確かに聞いた。




「サクくんは魔法使いだ!それを隠して生きるのはもう限界だろう!?いい加減、彼を彼らしく生かしてやれ!」

 



「だまれ!サクに魔法使いの道は歩ませるか!そんなこと知らねぇ方があいつは幸せなんだよ!!」





 サクの時間が止まる。

 

 魔法…使い……?


 普通、こんなこと聞いたらどう思うんだろう?


 「ありえない」「何かの冗談だ」。そう思うと思う。さっきまでのサクもそうだ。


 頭ではこう思う。何を意味がわからないを言っているのか、と。


 けれど、サクの胸が。心の奥が。そして魂が。


 その瞬間、確かに熱く熱を持ち始めたのを感じる。


 隠そうとしても隠しきれないサクも知らない何かが身体の中で解放を求めて暴れているような気がした。


「もう、真実を伝えてやれ!これ以上は酷だ。魔法使いとして生きるか、元の生活で生きるか。決めるのは我々ではない、そうだろう!?」


「あいつはまだまだガキなんだ!あいつにそんな事を決めさせる必要はねぇ!俺が必要ないと言うんだからいらねぇ!」



 俺に決めさせる必要は無い?



 サクの中で生まれた熱が、今度は別の意味で熱くなるのを感じた。


「彼はもう立派な15歳。これから本格的に魔法の才に目覚める年頃だ。そろそろ自分と移人(うつろいびと)の世界に違和感を感じ始めているはず。お前がここで隠したところで時間の問題だ、そうだろう!?」


「気付きやしねぇよ!だからとっとと帰れ!」


 なんだよ……なんなんだよ。それ。


「あ……ちょっと待ってサクくん……」


 晴輝の言葉は今のサクには聞こえやしない。耳が、全神経がこの1枚の板の向こうで繰り広げられるやり取りに集中していた。


 一言一句たりとも聞き逃してなるものか、と。はち切れそうな何かを抑えながらグッと拳を握る。


「相変わらず貴様は頑固な奴だな!サク君が真実を知った上で魔法とは無縁の生活を望むのなら我々もここまでせん!信玄、お前が真実を隠そうとするから多少強硬な手にも出ねばならん!分からぬか!?」


「分かんねぇな!あいつは自分のことだってまだ知らねぇガキなんだから!」



「どういう事だよ!叔父さん!!」



 気がついた時、サクは襖の隙間に手を差し込んで惜しみなく力一杯にこじ開けていた。


「サク!?」


 いつも動じない信玄がこの瞬間だけは明らかに動揺したような顔をしている。


「な、何でお前がそこに……!?」


 信玄は弾かれたように立ち上がるとサクの手の中の和紙を奪い取った。


「……っ。くそ、【姿隠し】の霊符か!?」


「……よくやってくれた、晴輝」


「いえ。僕もサク君と話せて楽しかったです」


 ふと気がつくと、サクの後ろにいたはずの晴輝がサクの真横に立っていた。


「意味が分かんねぇ。俺が魔法使いって何だよ!」


「お、お前には関係の無い話だ!口を挟むな!」


 狼狽える叔父に、サクは一歩も引かない。


 何かを隠している。サクにはハッキリとそれが理解出来た。


「関係の無い話……!?俺のことだろ!」


 だからこそ、許せなかった。


 どういう意味かは分からない。けれどこれはサクの話だということだけは分かる。なのに信玄はしきりにサクをこの話題から遠ざけようとしているように見えた。


 信玄の態度がサクをイラつかせる。


 その苛立ちが一体何なのか、サク自身にもよく分からなかった。


「ちゃんと俺にも話してくれよ!」


「関係ねぇ!これは大人の話だ!ガキのお前が口を挟む話じゃねぇ!!」


「俺はガキじゃねぇ!もう高校生だろ!」


「うるせぇ!いいから黙って部屋に戻ってろ!!」


 信玄の言葉にサクの中で何かが吹っ切れる。


 何だよ……そんなにガキ扱いして。俺の事を一体なんだと思ってる!?


 思わずサクは信玄に掴み掛かろうと飛びかかっていた。


 その時、薄暗い部屋の中に1つの白い閃光が飛ぶ。



「【纏縛(てんばく)】!!」



「……っ!?」


 晴影の手の先から白い光が放たれたのが横目で見えた。


 それはサクの右手へと着弾し、弾ける。同時にサクの腕が何かに掴まれたように動かなくなってしまった。


「な、なんだよこれ!?」


 動かなくなった自身の右腕を引っ張りながらサクは暴れる。けれど右腕はまるでその空間に縫い付けられたようにビクとも動かない。


 身体いっぱいに引っ張っても、信玄に向けられた怒りの象徴はそのままの姿でそこに釘付けだった。


「サク君、気持ちは分かるが少し落ち着きたまえ」


 体を捻るサクに向けて晴影が声をかける。彼の手には何やら木の棒のようなものが握られていた。


「君は、魔法とは無縁の生活を送ってきた。だから突然言われても困惑するかもしれない。だが私が今から口にすることは全て真実だ」


「おい!晴影てめぇ……」


「もう諦めろ。もう今更隠すことなどできはせんよ」


「……くそ」


 また何か怒鳴ろうとする信玄だったが、晴影の言葉はもっともで、話してもらわなければサクは納得なんてしない。


「もう戻れないことになる。それでも君に聞く意思はあるか?」


 晴影にそう問いかけられる。


 怖さはあった。得体の知れない底なし沼へと足を踏み入れてしまうような。


 入ったら最後。もう戻っては来れない。これまでのくだらなくてどこにも熱のない、言わば平穏な日常には帰ってこれない。


 でも、信玄が何かを隠していたとしたら。それを知らずにこんな不完全燃焼な人生を送ることに何の意味があるのだろう。


 何にも関心が持てない虚しさを抱えて生きていく。それでいいのか?


 ふざけるな。


 叔父さんが隠すと言うのなら、自分で飛び込んでやる。俺を子どもと見下している叔父さんの思い通りになってたまるか。


 真実を知りたいという気持ち半分と、信玄への反抗心。


 その2つの気持ちに後押しされて、サクは頷いた。

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