終わりと始まりの日4
信玄と晴影は1階の客間で何やら話をしているようだったので晴輝を2階のサクの自室へ連れて来た。
晴輝はサクが死ぬほど嫌なお堅い服装なのに、少しも嫌そうにしていない。
まさに完璧と言う言葉がよく似合う子だ。いい子、賢い子。あらゆる賛辞の言葉が彼にふさわしいのではないかと錯覚した。
土御門晴輝。
どこかの大企業の息子か。でも、土御門なんて苗字聞いたこともない。
何者なんだろうと1人思案してみるが答えなんて出て来はしない。
そんな重い空気の中、口火を切ったのは晴輝だった。
「ねぇ、サクくん。どうして僕らがここに来たのかとか……そんなのは一切聞いてないんだ」
「逆に来るって言ってたのか?」
「父さんは言ってたらしいよ。何回も何回も」
思い返してみれば暗い廊下の中。時代遅れの黒電話の前で険しい顔をしている信玄の姿をたまに見かけていたことがあった気がする。
「何をしにきたか知らねえけど、うちの頑固親父は絶対に言うことを聞かないぞ?」
信玄は自分の意思を曲げたりしない。それはサクが一番傍で見てきたのだから間違いない。
晴影は信玄に何かを言いに来たようだが、何時間もの口論を経て、やがて晴影が肩を落として諦めることになるだろう。
「ははは。それはうちの父さんも一緒だよ、だからこうしてここに来たわけだし」
しかし、晴輝もまたそう言って笑う。
確かに何度断られても折れずにここまで乗り込んできた晴影というあの男も相当なものなのかもしれない。
「じゃあ、何で晴輝はここに来たんだ?」
「僕?僕は父さんから君の話を聞いて、会ってみたくなったんだ」
「俺に?一体何で?」
「僕も君と同じだからだよ」
晴輝の言葉にサクは呆気に取られた。
こんな完璧な存在の晴輝とサクが同じ?馬鹿げている。
きっと晴輝は分かっていない。この短い間過ごしただけで分かる。
晴輝は万人受けするような人間。いざクラスに現れれば誰も彼を放ってはおかない人気者。
サクはクラス行事の活動に参加すると「嫌ならやめれば?」と少々気難しい女子に悪態をつかれるような、そんな存在だ。
「そうだね……多分今父さん達もその話をしてると思うんだけど。君はさ。今のその生活をどう思ってるの?」
自虐的な思考を巡らせていると晴輝がサクに問いかける。
「どう……って」
「楽しい?充実してる?」
どこか丸山教頭みたいなことを告げる晴輝にサクはドキリとした。
「君は君らしく生きることができてる?」
「何なんだよ、それは」
「いいから、聞かせて欲しいんだ」
彼のまっすぐな瞳に導かれてサクの心の奥底に沈む気持ちが掻き回されるようにゆらゆらと揺れる。
自分らしく生きる。
口にしてみれば簡単なこと。
一見簡単そうに聞こえるけれど、サクにはどうしてもそれが脆く儚い幻想のように思えてしまう。
はっきり言って、サクは何事にも熱を持てず燻った気持ちのまま日々を過ごしている。
夢も目標も何もない。ただ生きていければそれでいいかなんて自分でも悲しい思考で埋め尽くされている。
でも、そう言うものなんじゃないか。
もしかすると、他の人達もそうであってほしいという希望が混じっているのかもしれない。
様々な苦い想いがサクの心を揺らす。けれど、それを言葉にすることはできずただ黙り込むことしかできなかった。
そんなサクの反応を見た晴輝はブレザーの胸ポケットの中に手を突っ込み、何やら長方形の白い和紙のようなものを差し出した。
「だとしたら、今君がいるべき世界は《《そっち》》じゃないのかもしれない。なら僕も協力するよ」
「何だこれ?」
晴輝に手渡されたそれには赤い染料で見たことのない紋様やら古い漢字のようなものがびっしりと書かれている。
「確かめに行こう。君の叔父さんが何を隠しているのか」
「隠してる?まさか、叔父さんは別に隠し事をするような人じゃ……」
そう口をついてみるが、冷静に考えれば叔父は隠し事ばっかりじゃないか。
言葉の先を紡げないでいるサクの顔を見た晴輝は拍子抜けしたような顔をして、そして楽しそうに声を上げて笑った。
不思議とそんな晴輝に嫌な気はしなかった。
「で?何をするんだ、こんな紙切れ持って」
ひとしきり笑って落ち着いた晴輝にサクは尋ねる。
「君がどこの誰で、何者なのかってことを確かめにいくんだよ」
「俺が何者なのか……?」
「うん。僕の父さんと君の叔父さんの話を聞けば、全て分かるはずだから」
「それは……無理だと思う」
自信満々に告げる晴輝には悪いが、盗み聞きなんてできるはずがないという悪い自信があった。
信玄は異常に勘が鋭い。この広い旧家のどこにいても隠れてもすぐに見つけられてしまうのだ。
「大丈夫。そのためのそれなんだ」
そんなサクの心配をよそに晴輝はその紙を指差して笑う。
描かれた目玉のような紋様がじっとサクのことを睨んでいるようで少し頭が痛くなるのを感じた。
お気楽なものだ。これがバレても後で冠を食らうのはサクだけなのだから。
「気が乗らないな」
「でも、気になるんでしょ?」
サクは黙って頷く。
この、なんとも言えない無力感の正体が分かるかもしれない。
いつ頃からか支配されるようになった虚しさが払拭できるのなら。もっと自分が堂々と生きていけるというのなら。
世の中の怪しげな詐欺に乗せられる人の気持ちはこんなものなのだろうか?
「騙されたと思ってさ。やってみようよ」
この言い草、ほんとに詐欺師みたいだな。
「……分かった。やる、やるよ」
少し思案した後、サクはため息をつきながら首を縦に振る。
どうせ、晴輝のイタズラだ。だったら、最後に晴輝も巻き込んでやろう。
何の話をしているのか分からないけれど、あの空気は軽い世間話をするような状況ではない。
そんなところに2人でこんなわけの分からない紙を握りしめて乗り込めば晴輝だって怒られるに違いない。
「それじゃ、行こうか」
足が重いサクを手招きしながら晴輝は静かに襖を開けて暗い廊下へと出ていく。
それに続きながら、サクも静かに晴輝の背中を追いかけた。




