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隠れ里3

 空希の後を追いかけると、もうすでに鳥居の中央はグルグルと渦を描きながらサク達のことを出迎えてくれていた。


「さぁ、行ってらっしゃい。向こうに着いたらそこで待っててね」


 空希の言葉に誘われるように、皆順番に鳥居の渦の中へと飛び込んでいく。


 早速次の試練か……とサクは転移鳥居の初体験を思い出して喉の奥まで朝食が戻ってきそうになった。


 ここでまた吐くようなことがあっては今度こそ『変人』『変わり者』となってしまう。それだけは何とか避けたい。


「ほら、サクくん。君の番だよ」


「ひっ!?」


 精神統一をしていると、ふいにサクの肩に手を置かれ変な悲鳴をあげてしまった。慌てて辺りを見回すがもうすでにサクと空希以外のみんなは行ってしまったようだ。


「君、転移鳥居はそんなに慣れてないんだよね?」


「い、いや。そんなことは」


「安心して。校長先生から話は聞いてるよ。君が盛大にやらかしたことも含めてね」


 込み上げてくる数日前の晴影の悲しそうな顔と、森の空気にまじる胃酸の香り。それを目の前の空希も知っていると思った時、サクは顔に熱を帯びた。


 けれど、空希はそんなサクのことを馬鹿にすることもなく笑顔でアドバイスをくれる。


「大丈夫。体はまっすぐ。背中に硬い木の棒を差し込まれたようにイメージして」


「ま、まっすぐ?」


 羞恥を捨てるように空希の言われるがまま背筋を伸ばす。


「そう。バランスを崩さないようにまっすぐ歩くように踏み出す」


 そう言うと空希はサクの背中を軽く押した。


 導かれるようにサクは1歩、また1歩と鳥居に近づく。


 一度だけ空希を振り返る。彼はただ黙って頷いてみせた。


 それを見た後は足は止まらなかった。真っ直ぐに渦の中心へ進む。ぐにゃりと自分が、世界が曲がる感覚がサクを襲う。周りの景色は捻じ曲がってサクの後ろに流れていく。


 それだけでサクの胃から朝食べた卵焼きが返って来そうになる。けれど、心にのしかかっていた不安という鉛が軽くなっていることに気がついた。


 『真っ直ぐに立つ』『前に歩くイメージで』。


 破壊されそうなサクの脳に蘇る空希の言葉を頼りにサクは進む。


 やがて足が何か硬いものを踏んだ。地面だ。


 その瞬間。渦の中心を起点に一気に景色が晴れた。


「ここは……」


 開いた視界に広がるのはとある街の風景。


 サクの立つその場所は右から左へと上がる階段の傍の鳥居の下に立っていた。


 周りの建物はみな木造建築。かなり古い様式のようで、それが坂道の下から上まで並ぶ。


「わぁ〜……すっごいねぇ。ここが本物の京都の街かぁ」


 先に辿り着いていた沙羅が辺りを見渡しながら抑えられない喜びを口にしていた。


 どうやらここは京都の街。それも清水寺へと続く坂道の途中だった。


 サクの背後でブォンと音が鳴る。振り返ると鳥居の渦から空希さんが現れる所だった。


「よーし、みんないるね?じゃあ行こうか」


 清水寺へと続くこの坂道は溢れるほどの観光客で賑わっている。


 日本はもちろん外国の人まで幅広く、どこかで貸出でも行っているのか着物を着ている人達までいた。そんな人々やあたりの景色を興味深そうに他の桜の園メンバーは眺めている。


「あの……空希さん」


 その隙に空希に近づいてサクは耳打ちする。


「何で京都……それもこんな観光地なんですか?」


 魔法の学校の道具を買いに来たと言っていた。てっきりもっと人気のない山奥の村にでも連れて行かれるのかと思っていたのにまさか日本の観光地に送られるとは。


「目を引きますって。変な目で見られますよ」


 沙羅の頭の皿やリアムの尖った耳、クレアの角など、普通の人に見られてしまえば確実に目を引くに決まっている。


「それは大丈夫。ほら、彼らの首元を見てごらん?」


 空希に言われてみると、彼らの首から何やら首飾りのような物がぶら下げられているのが見えた。


「ああいう種族は移人(うつろいびと)の前に出る時に苦労するからね。ああいった道具で隠してるのさ」


「隠してるって、どういうことです?」


「あの首飾りをしていると移人(うつろいびと)の目には普通の人間に見えるらしい。ほら、誰も気づいてないでしょ」


 沙羅の頭は彼女自身隠しているから別として、リアムの耳や尾は隠してもいない。しっぽを振って周りの人に当てたりもしているが誰も気に止めてもいなかった。


「ああいう人目を気にする種族の子はあんな道具とか薬とかを使うのが常識だ。覚えておくといい。そして今の君の目には彼らの本当の姿が見えているんだよね?」


「え……あ、はい」


「それはつまり、君もれっきとした常人(とこしえびと)。つまり魔法使いの血を引いている紛れもない証拠だ」


 空希の言葉にサクの心臓が跳ねる。そんなサクの顔を見て空希は笑った。


 しばらく歩き進めると、とある古い民家の前で空希は立ち止まる。


 店先に提灯や旗もない。どうやら誰も住んでいない空き家のようだ。


 すると、空希は何の躊躇いもなく古屋の中へと飛び込んでいくではないか。


「ほら、早くついておいで」


 二の足を踏むサクに向けて空希が振り返って告げる。


 こんな人の住んでいない民家に何の用だろうとサクは警戒してしまう。けれど空希のそばにいたサクが他のメンバーの先頭に立つ形になっていたせいで皆が視線で早く行くように訴えてくる。


 仕方がないので空希の細い背中を追いかけた。

 

 古屋の中は迷路のような細い道が続いており、気を抜けば空希を見失ってしまいそうだ。


 懸命に空希の背中を追いかけていると、やがて家の出口へとたどり着く。そして


「うわ……!」


 サクは思わず驚きの声を漏らしてしまった。


 広がっていたのは先ほどの清水寺参詣路とはまるで別物だった。


 まず、並ぶ日本家屋は変わらないがそこにぶら下げられているのは提灯。そこには何か難しい漢字が記されている。多分店名か何かだろう。


 人も先ほどでも多いくらいだったのにその倍はいるのではないかと感じるほど賑わっており、その人の様相も黒いローブや三角帽子を身につけて明らかにこれまでサクが知っているような人々と違うことがわかった。


 彼らの肩には梟や黒猫のような生き物や、中には何か得体の知れない黒いゲル状の物体や怪しげな獣を引き連れている者までいる。


「へぇー。さっすが日本有数の隠れ里。人だらけじゃーん」


 そう言って凪が彼女の手にある黒い板。Mnectだったかを街に向ける。


「おい」


「おい」


「おい」


「うひっ!?」


 すると、背後から突然野太い男の声が響く。


 振り返ると、そこには誰もいない。あるのは3体の地蔵だった。


「な、何?」


 凪が怯えるように沙羅の背中に隠れながら周囲を見渡す。そばにいたクレアも辺りを見渡すがそこには何もいない。


「誰もいないじゃん……タチ悪いイタズラだなぁ」


「「「ふん、誰もいないとは大層な言い草だな、小娘」」」


 その時、目の前の地蔵が突然目を見開いた。


「きゃぁぁぁあ!?!?」


「何これえええ!?気持ち悪うう!?」


「ぬわぁ!?肩が砕けるぅぅう!?」


 それを見た凪とクレアが沙羅の肩を握りつぶしながら驚きの声をあげる。


 おかげで沙羅も一緒に甲高い悲鳴をあげる羽目になっていた。


「ふ、【岩人(いわひと)】を見るのは初めてか?」


「ふ、見たところ桔梗院に入学する(わらべ)と言ったところ」


「ふ、仕方あるまい。我ら希少種族ゆえ」


「い、岩人……?」


 息を揃えたような口振りの地蔵達におそるおそる凪が問いかける。

 

「岩人は岩の体を持つ種族だよ。あまり数はいないけど長い寿命と頑丈な体を持つ精霊に近い存在って所かな」


「空希カイ。貴様が来たということはこの童らは桜の園の生徒か」


「空希カイ。事前に我らのことを伝えておけ」


「空希カイ。こう毎回驚かれては敵わん」


「すみません。これも彼らへの洗礼かと」


 地蔵と言葉を交わす姿はサクだけではなく他のメンバーの目にも異質に映るようだ。誰も何も言えずにその光景を眺めるだけだった。


 そんな置いてけぼりの皆に空希が向き直る。


「紹介します、彼らはこの清水の隠れ里を守る守護者です」


「守護者ってなに?」


 空希に凪が尋ねる。


「そうだね……まずこの場所だけど、クレアさん説明できるかい?」


「え〜……僕?」


 クレアは気だるそうな顔をして「面倒だ」と訴えるが空希は気にもとめずにニコニコとクレアの顔を見返した。


「……あれでしょ?移人(うつろいびと)が入って来れない常人(とこしえびと)の街」


「そ。ここは通常の空間とは別の場所……空間と空間の狭間っていうのかな。魔法使いだけが出入りできる秘密の世界ってわけさ」


「そうなの!?すっごい!どうやって作ってるの!?」


 説明を聞いて沙羅が目を輝かせながら尋ねる。


「清水寺の力を借りて……って言ったらいいかな」


 空希の言葉にサクは首を傾げた。この隠れ里と清水寺になんのつながりがあると言うのだろう。


「魔法の力の根源は人の心とか意思の力。それには色々な種類がある訳だけど、ここは有名なお寺。つまり昔からたくさんの人々の信仰とか願いとか、人の想いが集まる場所なんだ」


 空希の説明に3人の地蔵達は頷く。


「故に、こう言った有名な場所や信仰を集める神具にはそれを糧とした多くの魔法の力が集まるということ」


「故に、その力はこうした別の空間を作るに値する程強力なものとなる」


「故に、我ら常人はその力を利用し魔法族の街……移人に干渉されない街を作ったということである」


 寺や神社に行くとみな参拝する。幸福祈願、恋愛成就、無病息災、立身出世、財福、良縁などそこには様々な願いが生じる。


 その想いを寺や神社に託し、祈る。それらは積み重なり、そこに生まれる力もまた強大な物になるということ。


 その力強大な力を持ってこの隠れ里を作り上げたということらしい。


「でも、放ったらかしにしてたら力の暴走とか色々な問題が起こってくるからね。誰かがそれを監視しなきゃいけない」


「そう、それを管理するのが我らの務め」


「そう、清水の力を集めこの空間を形成維持する」


「そう、たまに紛れ込んでくる移人(うつろいびと)を追い返したりするのもまた我ら」


「ここは有数の観光地でもあるからね。国内でもトップクラスに大きい隠れ里ってわけさ」


「へぇ。だからここに来たって訳か」


 合点がいったように頷くリアム。


「うん、特にこの清水の隠れ里は流通に特化した隠れ里。ここでなら君らの学用品だってすぐに集まるさ」

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