隠れ里2
しばらくすると、前に一緒に夕食をとった沙羅、凪、リアムの3人ともう2人が玄関に集まってくる。
1人は赤いロングヘアで頭から湾曲した角を生やし、腰からは赤い鱗に覆われた尻尾を揺らしているフロアリーダーをやっているグラン先輩と似たような姿の女子。
もう1人は黒い髪黒い目をした女子。地面につきそうな黒いマントで身体を覆い、顔も隠せてしまいそうなほど大きな三角帽子が特徴的だった。
髪と目の色で日本人かと思ったが、整った顔立ちをしているし、外国の子なんだろうか。
「あれ……ねぇ、凪。こいつ誰?」
赤い髪した方の女子がサクを指さしてそんなことを言う。
「アゲハちゃん言ってたっしょ?新しくうちに来た宗方サクだよ」
「そんなん言ってたっけ?」
眠たそうにあくびをしながらそんなことを言う赤毛女子にサクは苦笑いするしかない。
「んー……ま、何でもいいけど。僕クレア・ペレ。宜しく宗方サク君」
「よ、よろしく」
「あ!そうそうクレアちゃんはね!フロアリーダーのグラン先輩と兄妹なんだよ!」
沙羅がニコニコと笑顔でそう紹介してくれる。似ているとは思ったが、やはり兄妹だったようだ。
「あははー。まぁ、あの兄貴ほどできた人間じゃないんだけどね」
そう言ってクレアは笑って見せたが、その笑顔が少し引き攣っているように見えた。
「で、こっちの子はドロシーちゃんだよ!」
「よろしく」
沙羅の紹介を受けたドロシーは無表情にたった一言そう言った。
そう、たったそれだけ。
それ以上こちらに干渉することもなく一定の距離をとるドロシーにサクはかける言葉を見つけられなかった。
「もう1人……ノア・フューカスくんは残念ながら今ここにいないみたいだからまた後日にします……」
「ごめんなさいごめんなさい!あの子だけは本当に言うことを聞かなくて……」
「い、いえいえ!僕が前もって連絡をできていなかったのが悪いんです!アゲハさんが謝ることありませんよ!」
今日も今日とて彼は言うことを聞かずに部屋から出てこないそうだ。だから今日はこの7人で行くことになる。
「それじゃあ、早速行きましょうか」
こうしてサク達は空希に連れられて桜の園を出るのだった。
ーーーーーーー
桜の園を出たサクは1人居心地の悪さを感じていた。
その理由はサクのすぐ後ろを歩くリアムだ。赤みのかかったしっぽが真っ直ぐに伸び、威嚇しているように見えるから。
いや、実際威嚇していた。サクに。
犬歯をひん無きながらグルル……と、犬が唸るような声が漏れる。
何故彼はこんなにサクを睨んでいるのだろうか。
「サク……俺は忠告したよな……?」
「な、何?」
「迷惑なんだよ!毎晩毎晩部屋で走り回って俺が寝るの邪魔しやがってよ!!」
「部屋で走り回って?」
リアムの言葉を聞いてサクは動揺も忘れて思わず聞き返していた。
夜は何もすることがないのですぐに床についている。リアムの怒りが的外れだと思った。
しかし、リアムは納得しない。
「ようやく慣れてきたってのに、夜中じゅうドコドコドコドコお前の部屋から聞こえてくんだ!おかげでこっちは連日寝不足だ!」
「んなこと言われても……俺はすぐ寝てるし……」
身に全く覚えが無いサクとしては怒るリアムに何を言えばいいのか分からずただ唖然とするしかない。
「次やってみやがれ。その喉笛噛みちぎってやる」
「冗談……だよな?」
彼のギラギラと光る目が本気に見えるが、まさかそんなことはしないだろうと言い聞かせる。
しかし、足音か……。こんな山奥だし何か動物でも入りこんだのだろうか?
「あ、そっか!サク君とリアム君ってお隣さんだったねぇ!」
すると、険悪なはずの2人の話題に沙羅が話に割り入ってくる。
「いいなぁ!私の隣先輩だから。お隣が同級生だと仲良くなれそうで羨ましい」
「いや、別に隣同士だからって仲良くなれるわけじゃ」
「むしろ関係は最悪だ、河童女」
ニコニコと話しかけてくれる沙羅にリアムは棘のあることを言う。沙羅からしたら面白くないだろう。
「なっ、なんで私が河童だって知ってんの!?」
ところが、沙羅が引っかかったのは別のところだったらしい。
「河童って……あの河童?」
サクの脳裏によぎるのは背中に甲羅を背負ったカエルのような身体を持つ日本で一番有名な妖怪だ。
「言わないで!私自分が河童なの嫌なんだから!」
そう言って沙羅は1つに括られた髪の毛を抑える。よく見ると彼女の髪の隙間からうっすらと白い光沢のある何かが見えた。
まさか、あれが河童の頭にある皿?髪の毛を結ってそれを隠していたのか。
と言うことはどうやらリアムの言う通り沙羅は河童らしい。
「なんで分かったの!?」
「昔あったことがある河童と同じ匂いしてたからだ」
「人の匂いかいでるの!?最低!変態!!」
「ちげぇ!俺は狼の獣人だ!!離れてても匂いが分かんだよ、人聞き悪いこと言うな!!」
再び牙をひん剥きながら怒るリアム。確かにそう言われるとリアムの耳や尾は犬よりも野生味を感じさせるフォルムをしているように見えた。
「あのさぁ、少しは静かにしてくんない?うるさくて集中できないんですけど?」
そんなやり取りをしていると後ろを歩く凪が声をかけてきた。
「お前は何なんだよ。ずっとMnectいじりやがって」
リアムの言葉を流しながら凪は目にも止まらぬ速さで黒い板を叩く。
「Mnectないと女子は生きてけないし。あんたに乙女心なんてわかんないでしょ、モテなそーだし」
「んんだと!?別に俺はモテてぇと思ってねぇよ!」
リアムの矛先が今度は凪に向く。この男、少しは大人しくするということを知らないのだろうか。絡む人間皆に噛みついてばかりじゃないか。
このままでは空気が悪い。別に仲良くしなくてもいいがこのままでは面倒臭いので話の流れを変えられないかとサクが話題を振る。
「そのMnectって何?スマホみたいなもん?」
ごくごく自然に。当たり障りのない話題をと思い咄嗟に目に付いたその黒い板について触れてみた。
「「「……………………は?」」」
だが、サクの問いにリアム、沙羅、凪の空気が文字通り凍りつく。
「おい、そんな冗談つまんねぇぞ」
「いや……Mnect知らないとかありえないって。てかスマホって何?」
「あ、あはは。話を変えようとしてくれたんだよ。そうじゃないと……ねぇ」
予想だにしていなかった3人の反応にサクの喉の奥が詰まる。
リアムでさえ怒りを忘れて引き攣った顔をしている。それほどまでにサクの質問は常軌を逸した物だったらしい。
「は、ははは。ごめん、ちょっと空気が悪かったからさ。変なこと言っちゃったよ」
やばい、余計な事をやったと思った。
サクは魔法の世界のことをよく知らない。だから彼らからすれば突拍子もないことを言ってしまう可能性がある。
だが、まさかここまで困惑される様な反応が返ってくるとは思わなかった。
こう言った時、サクはどう立ち振る舞うべきなんだろう。固まる同級生を前にサクは次の言葉を見つけられないでいた。
「ねぇ。そんなことはどうでもいいから先歩いてくれない?」
凍りついた空気を割る後ろからの声。
振り返ると、そこにはドロシーがいた。
「置いてかれるの面倒だし」
そう言ってドロシーはサクを押しのけるようにして空希の元へと歩き去っていく。
「んだよ、あいつ」
「ドロシーらしー。相変わらずマイペースというか何考えてるか分かんないというか」
「クレアがそれ言う?マイペースを擬人化したみたいな生活してんじゃん」
「個性に溢れてると言ってくれ〜」
そんなドーシーの振る舞いに他のメンバーは面食らってしまった。だが、そのおかげでサクを取り巻く嫌な空気はさらわれたような気がした。
「まぁ……行こう。知らない間に随分置いていかれたみたいだし」
1人胸を撫で下ろしながらサクも逃げるようにドロシーの後を追いかける。
軽い発言が今のように奇異の目で見られるきっかけとなってしまい、『世間知らず』『劣等生』みたいなレッテルを貼られるのも気が進まない。
別に優等生になろうとは思わない。あくまで自然に溶け込んでいたい。
だから、サクは己が【移人】の世界から来たということを黙っておこうとこの時そっと誓うのだった。




