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桜の園9

 夢を見た。


 自分が魔法使いとして家を出て魔法使いの学校の寮に入る夢。


 朝食の席でいつものように顰めっ面をしながらニュースを見ている信玄にそんなことを言ってみる。


「馬鹿らしい」


「映画の見過ぎなんだよ」


 バカにしたように告げる信玄。そんな信玄の態度を見ても腹は立たなかった。


 いつもの光景。何も変わらない日常の1ページ。


 あぁ、そうだ。夢だったんだ。


 この時のサクの気持ちは、何だったのだろうか。


ーーーーーーー


 ふかふかの羽毛布団の中でサクは手足を伸ばす。


 目を開けるとそこにあったのは窓から差し込む陽の光。座卓の上に置かれた桜の枝が刺さった花瓶。


「……そっちが夢かよ」


 ため息をつきながらサクは着崩した浴衣を脱ぎ捨て、タンスの中から適当に服を引っ張り出して着替える。


 時間は現在朝の10時。余程気疲れしていたのだろう。


 そんな事を思いながらふと部屋を見渡す。


「……あれ」


 部屋に何か違和感を感じる。


 夕食を食べ部屋のシャワーを浴びた後そのまま寝たのだが、寝る前と少し違うような?


 だが、何がおかしいのかサクには分からない。


「気のせいか?」


 とりあえず、朝食をとりに行こうとサクは部屋を出た。


 少し遅かったからだろうか、薄暗い廊下には誰にも会わなかった。


「あら、サクくんおはようございます」


 食堂に入ると同時に、アゲハが太陽のような明るい笑顔を向けてくれる。


「おかわりはたくさんありますからね」


 そう言ってアゲハは杖を振るとサクの手元に木でできたお盆がふわりと飛んできた。


「は、はい……」


 あまりにも普通に行われる非日常にサクは困惑しながら宙に浮かぶお盆を受け取る。


 食事をとってどの席に座るかと食堂を見渡すと、そこには寮生が1人だけいる。


 水色の髪の男子。確か夜アゲハさんの制止を無視して出て行ったノアとか言う奴。


 彼も一瞬サクの方に目を移すが、ひと睨みしてまた遅めの朝食に戻った。


 サクは仲のよくない人間に話しかけていけるほど社交的な人間では無かった。なのでノアは無視してとりあえず忙しなく動き回っているアゲハの近くに座る。


「どうでした?昨夜はよく眠れました?」


「はい」


 アゲハの問いに無難に答えながらサクは米を口に運ぶ。


「よかったです。何か困っていることはありませんか?」


「困っていること……特には」


 食い気味に顔を近づけるアゲハから目を逸らしながらサクは頭を回す。何かあっただろうか。


 味噌汁を啜りながら頭を回すと、ふと昨日の光景が頭に蘇った。


「あ……そう言えば、この寮に白い髪をした人っているんですか?」


 昨日一緒に夕食を食べた遠野沙羅からこの寮について色々話を聞いた。


 現在この寮にはサクを含めて25人の寮生がいるらしい。昨日見かけたのはその半分ぐらいだろう。


 ならばまだ見ぬ寮生の中に昨日見かけた白い髪の寮生がいるかもれないと思った。


「白……」


 サクの問いにアゲハの表情が固まる。


「白ですか?銀じゃなくて」


「え……はい。雪みたいに真っ白だったと思います。昨日ここに来る時にそんな人を見かけたような気がしたんですけど」


 昨日見たあの人の髪は穢れを知らない初雪のような白だった。銀髪とはまた違うように思う。


 普段そんなことに興味を持たないサクだがあの白の儚い輝きに不思議と惹き付けられているような気がした。


 白の髪なんて魔法の世界ではそう珍しい事でもないんだろうが。


「……いないと思いますよ?白い髪の人は」


「え……そうなんですか?」


 ところがサクの予想を裏切る返答にサクはつまんだ魚の身を落としそうになった。


「白の髪をした種族なんてこの世にほとんどいないんです。まぁ似たような銀髪の子はいるんですけどね」


「へぇ……」


 じゃあ、その銀髪の人を見間違えたのか。それとも通りすがりの何者かだったんだろうか。


 でも、こんな山の森の中を通りすがることなんてあるだろうか。


「でも、どうしてそんなことを?」


「いえ……別に深い意味はないです」


 別に、あの人物を見つけたところで何も変わりはしない。どうでもいい話だ。


 その後は会話も程々にアゲハが寮の仕事へと戻って行ったのでサクも朝食をまた食べ始めた。


 しばらく朝食に舌鼓をうっていると、食堂の扉が開き4人の男女が入ってきた。


 4人は閑散とした食堂を見渡し、サクを見つけると歩み寄ってくる。どうやらサクに用があるらしい。


「やぁ。君が噂の新入りかい?初めまして。僕はグラン・ペレ。桔梗院3年だ」


 まず最初にサクに声をかけてきたのは和服を着た赤い髪の優しそうな男子。彼の頭からは黒い湾曲した角が生え腰からは黒い鱗を持つ細長いしっぽが生えていた。


 何の種族だろう。新たに現れた存在にサクは動揺するしかない。


 そんな新しい現実を受け止める余地もないままに次は隣の女子が声をかけてくる。


「私はスノウ・リングス。グランと同じ3年。よろしくね、宗方サクくん」


 緑の髪を括りあげたスタイルのいい女子。大きすぎる胸部に視線を引っ張られそうになりながら彼女の顔に目をやる。


 彼女はグラン先輩と違って大きく人と違う部位は無いが、1つだけ特徴的なところがある。


 耳が長い。多分エルフだ。ゲームの世界で有名な種族の1つだ。


 今度はメガネをかけた細めの男子生徒が話しかけてくる。


「ふむ。動揺しているようだな。僕は2年、李聡明(り・そうめい)。今日は自己紹介にあがったのだよ。僕らは寮のフロアリーダーをやってる」


 いかにも賢そうな人だ。他の人たちと違って見たところ普通の人に見え、サクはようやくほっと一息つけたような気がした。


「フロアリーダーって……何ですか?」


「うむ。簡単に言えば桜の園の中でみんなをまとめる役目。この寮は寮母のアゲハさんしかいないからな。何か困ったことがあった時に助け合えるように始まったのがこのリーダー制と言うわけなのだよ」


 眼鏡をクイっと上げながらどこか得意げに話す聡明先輩。


 寮母はアゲハしかいないのならどうしても人手が足りないところが出てくる。そこで採用されたのがリーダー制。つまりは寮生達による自治組織ということ。


「そーいうこった、新入り」


 そう言って聡明先輩の補足をするのは赤い長髪を揺らす女子。


 グラン先輩の落ち着いた暗めの赤とは違い、まるで燃え盛る炎のような赤。


 彼女の瞳も爛々と燃える火炎のようで見つめられるだけでこちらの体温が上がるような気がした。


「アタイはエマ。エマ・ブランド。女子のリーダーやってんだ。男子のことはよく分からんが、困ったことがあったら何でも聞きな!」


 食い気味にサクの方へ顔を突き出してくるエマ先輩にサクは思わず身を引いてしまう。


「これこれ。サク君が引いておるよ」


「あっいや、別にそんなつもりは……あー……すまねぇ」

 

 グラン先輩に注意されたエマ先輩はしゅんとする。すると髪色が今度はまるで根本から青い色へと変化していくではないか。


「大丈夫。この子気持ちで髪と目の色が変わるの」


 顔に出ていたのだろう。サクの動揺を理解したようにスノウ先輩が教えてくれた。


 たった4人の先輩との会話。そうだと言うのに情報量が多すぎて目眩がした。角の生えた先輩、エルフの先輩、髪の色が感情1つで変化していく先輩などなど……。サクの心のキャパは限界だ。


「え…と。大丈夫です、何かあったら助けてくださいエマ先輩」


 燻る動揺をかき消しつつ、しょんぼりとしたエマ先輩に告げる。とにもかくにもこの面倒なやり取りから解放されたい。


 だから差し障りのない返事を返すことに徹した。


「おぉー!あの礼儀知らずとは違ってお前可愛い奴だな!気に入った!!」


 ところが、サクの言葉を聞いたエマ先輩の髪がまた再燃。真っ赤に燃え上がってサクの頭を掻きむしり始めたではないか。


 ちなみに礼儀知らずというのはどうやらノアのこと。サクを掻きむしる反対の手は食堂の端に座るノアを指さしていた。


「よーしよしよし、何かあったらすぐ言えよー!?アタイが何でも力になってやるからなー!?!?」


「全く……おーいノア君。君もこちらに来てはどうだ?新入生同士親交を深めるいい機会だろう?」


 そんなエマ先輩に溜息をつきつつ、グラン先輩はノアに声をかけた。


 しかし、ノアはグラン先輩の言葉を無視して食器を乱雑に下膳して食堂を出ていってしまった。


 どうやらノアはサクだけでなく他の寮生に対しても同じような態度をとっているようだ。


 魔法の世界はサクに平穏を与えてはくれない。静かな朝食などは許されず、このまま4人の先輩達と朝食を過ごすこととなった。

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