桜の園7
廊下の突き当たりまで歩くとアゲハは立ち止まる。
「さぁ、ここがあなたの部屋になります」
「え?部屋なんかありませんけど……」
アゲハが立ち止まった先にあったのは、ただの白い壁だけだ。
「さて、それでは始めましょうか」
あっけに取られつつアゲハの方に視線を戻すと、彼女の手には木の棒が握られている。
確か、晴輝が同じような物を持っていた。
「あの、それっていったい何なんですか?」
2人には色々なことが起こったせいで聞きそびれてしまったのでアゲハに尋ねてみる。
「まぁ、本当に魔法のこと知らないんですね」
アゲハはサクの質問が予想外だったようで目を丸くしながら説明してくれる。
「これは、杖です」
「杖……」
やっぱり、と思った。晴影が魔法を使った時、確かこの杖を振っていたような気がする。
「【言霊】って聞いた事ありますか?」
「【言霊】?」
「はい。よく言いませんか?『夢を言葉にすれば叶う』とか、『痛い痛いの飛んでいけ』ってしたら痛みが本当に無くなるとか」
そんなまじないのようなものもあったような気がする。
「言葉には不思議な力が宿っています。お花に毎日いい言葉をかけてあげると綺麗な花を咲かせたり、逆に罵詈雑言をかけると元気がなくなって枯れおちてしまったり」
「それは面白いですけど……魔法になんの関係が?」
アゲハの話は興味深いが、今知りたいのは魔法のこと。そんなまじないとは違うはずなのだが。
「魔法はそれなんですよ、サクくん」
サクの態度に腹を立てることも無く、むしろそれを予見していたようにアゲハは笑う。
「人の言葉には想いを具現化する力がある。それを【言霊】と言います。それこそが魔法の力の源。杖はそのままでは霧散してしまう言霊の力を集めてくれる力があるんです」
「じゃあ……要は普通の言葉にも力があるってことですか?」
「そういうことです。だから日頃使う言葉も大切にしないといけません。負の言葉を使い続ければいずれ自分には負の力が集まってしまいますし、陽の言葉を使い続ければ人生だって明るいものになっていくものです」
人の言葉というものにはそもそも魔法のような不思議な力が宿っている。その力を高めて放つのがこの世界で言う魔法ということらしい。
「それだと、魔法使いじゃない人も魔法を使えるってことですか?」
「かつてはそうだったみたいです。けれど、遠い昔に魔法を使い続ける人と魔法を捨てた人で別の道を歩き出したんですよ」
「魔法を捨てる?なんで、勿体ないじゃないですか」
魔法があれば、毎日の生活が楽になるはず。まだ魔法をそんなに理解していないサクにだって分かることだ。
「はい。まぁ、その辺はサクくんも学校で習うと思います」
楽しみはとっておかないと、ですよ。と笑いながらアゲハはスっと杖を掲げる。
「【ウェイク】」
アゲハが呪文を唱えると、何も無かった白塗りの壁がゴゴゴ……と音を立て始める。
「サクくんのこれまで暮らしてきた所はどんな所でした?」
「え……あ、古びた日本家屋ですけど……」
何かが起ころうとしている現状に困惑しながらもサクは答えた。
「じゃあ、畳で小さな机と……お布団、押し入れも必要ですね」
鼻歌混じりに楽しそうに杖を振るアゲハ。彼女が杖を振る度にゴトン、ガタンと壁の向こうで何かが動く音が聞こえてくる。
「後は、オマケに花瓶なんかも付けちゃいます。サービスですよ?」
「さ、サービス?」
彼女は何を言っているのかよく分からない。
というか、一体何をしているのだろう。何かこの壁の向こうで起こっていることだけは確かなのだが、いかんせんそれが何なのか予想もつかない。
しばらくアゲハの動きを眺めていると、突如白い壁が雫が落ちた水面のように波打ち始める。
波紋は横へ横へと流れ、中から浮き上がるようにして焦げ茶色の扉が現れた。
「え!?さっきまで何も無かったのに!?」
「いいリアクションですね。そう、これが桜の園の名物!こうして魔法で自由自在に部屋を作ることが出来るんです。面白いでしょう?」
そうして扉の横にカタカタと部屋番号、115が刻まれる。
「さぁ、ここがサク君のお部屋です」
そう言ってアゲハはサクの代わりに扉を開いてくれた。
「すご……」
そこにあったのは今作られたとは思えない和風の部屋。綺麗に敷きつめられた畳と深い茶色が特徴的な座卓。
座卓の傍には柔らかな光を放つあんどん。ユラユラと中で火が揺れているのが分かる。古い日本家屋に住んでいたサクにとって馴染み深い部屋だと思った。
後は窓際にそっとアクセントとして飾られた年季の入った灰色の丸い花瓶。そこにはまさに開花の時を今か今かと待ちわびる桜の蕾がついた枝が刺さっている。
「それでは、もうすぐ夕飯の時間ですので食堂まで来てください。先程の玄関を超えたところにありますから」
「はい」
自分に与えられた部屋に感動し、感情のこもっていない声で答えるサク。
パタンと、静かな部屋に響く扉の閉まる音とともにアゲハは部屋を出ていった。




