桜の園4
「落ち着いたかね……」
「は、はい。すいません……」
晴影の着物にはサクの吐瀉物で大きな黒いシミができあがっている。
辺りは木々が生い茂り、風が吹けば緑の爽やかな香りが心地よい。けれど、そこにサクの胃酸の酸っぱい匂いが混じる度申し訳なさで顔を上げられなくなった。
「き、気にするな。これまで君は【移人】として生きてきたのだ。初めての【転移鳥居】で酔う者は少なくない。それに体勢を崩して飛び込んだのだ、吐くのも仕方ない……うむ、仕方ないのだ」
晴影はサクにと言うよりも自分に言い聞かせるようにそう言っていた。
ちなみに晴輝はそんな2人を少し離れたところで見守っている。
あからさまに落ち込んでいる晴影がいたたまれなかったので、サクは何とか話を変えようと辺りを見渡してみる。
切り開かれた山に石を敷き詰められたような道が伸びている。その横には緩やかな川が流れている。
道の向こうには森を切り拓いた畑や田んぼが並び、そのさらに向こうに明かりのついた旅館のような立派な日本家屋が立っていた。
「ここは……どこなんですか?」
街灯すら立っておらず、闇夜を照らすのは焼け落ちた夕焼けと太陽と交代するように姿を現した月と星の数々。
「ここは奈良の山中にある【魔法孤児】専門の学生寮【桜の園】だ」
そう言いながら晴影は袖の中から棒切れを取り出し、円を描くように振るう。
すると旅館のような建物に向けていくつもの小さな灯りが灯る。それは白い炎のようでサク達の足元を照らしていた。
「では行こうか」
「は、はい」
そのついでか、陽影の着物も別の物へと変貌を遂げていた。それもなにかの魔法なのだろう。
胃酸にまみれた着物の行方は気になるが、サクの罪悪感は薄らいだ。




