9)揺らぐ影
翌朝。
差し込む陽光に銀糸のような髪を揺らしながら、私は窓辺に立っていた。
庭園に広がる緑はいつもと変わらぬ静けさを装っている。
──けれど、その奥に潜む気配を、私はもう無視できなかった。
「……まるで囚われの鳥ですわね」
小さく吐き捨て、窓を閉じる。
◆◆◆
「お嬢様」
控えめなノックとともに、ルイスが入ってきた。
「今朝も屋敷の周囲に不審な影を確認しました。警戒を怠らぬように」
「まあ……丁寧な報告ですこと」
私は椅子に腰掛け、微笑んで見せる。
だが、彼の瞳は一切揺らがない。
「誇張ではありません。貴女の存在は、もはや王国の均衡に関わる」
「……言いすぎですわ。私はただの余り物」
「余り物などではありません」
きっぱりとした否定に、言葉が詰まる。
彼は続けた。
「幼少より見てまいりました。貴女が決して感情を表に出さず、孤独を抱え込んできたことを。……今は、それを狙う者がいる」
感情を抱え込む──?
私は瞬きし、すぐに皮肉を返した。
「執事風情が、私の心まで知ったようなことを」
「承知しております。出過ぎた真似でした」
頭を垂れるルイスの背筋は、揺るぎなく美しかった。
だからこそ、胸の奥に小さな棘のような痛みが残った。
◆◆◆
「ルイスに何を言われた?」
昼過ぎ、研究塔で顔を合わせたライオネルが、開口一番に探るような目を向けてきた。
「別に。監視が増えていると。それだけですわ」
「ふん……相変わらず堅物だな、あいつは」
「忠実な執事ですもの。あなたと違って」
「違うさ。俺は執事じゃなく、幼馴染だからな」
軽口を叩きながら、彼はわざと私を覗き込む。
「なあセレナ。お前、ちょっと不安そうな顔してる」
「してません!」
「いや、してる」
真剣な瞳に射抜かれ、思わず視線を逸らす。
「……鬱陶しいですわね」
「そう言えるうちは大丈夫だ」
彼の声は冗談めいていたのに、不思議と胸が温かくなるのを感じた。
◆◆◆
その夜。
屋敷の影に潜む黒衣の一団は、囁き合っていた。
「執事ルイスが常に傍にいる。隙を伺うのは容易ではない」
「しかし、聖力は確かに芽吹いた。必ず手に入れる」
風が葉を揺らし、静かな脅威の予兆を運んでくる。
──私の知らぬところで、二つの庇護と、幾つもの影が交差していた。
それでも私は、気高い微笑を崩さずにいる。
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