7) 視線
昼下がりの庭園。
私は書物を手に取りながら、ふと顔を上げた。
──視線。
背筋を撫でるような違和感があった。
振り返っても、庭師が遠くで剪定をしているだけ。
けれど確かに、誰かの目がこちらを窺っていた。
「……気のせい、ですわね」
わざと呟いて、書物に視線を戻す。
完璧な令嬢であるために、表情は乱さない。
けれど、心の奥に小さな棘のような不安が残った。
◆◆◆
「監視、か」
夜、ライオネルに何気なく口にしたとき、彼は眉をひそめた。
「もう気づいたか。さすがだな」
「……つまり、事実ですのね?」
「否定はしない」
彼のあっさりとした言葉に、胸がざわつく。
「まあ……随分と手際のいいことですわね。王宮の方々も、私をそれほどまでに滑稽な見世物にしたいと」
皮肉を込めて言えば、ライオネルはわざと真面目な顔を作った。
「見世物じゃない。お前は危険なほど“特別”なんだ」
「特別特別と……鬱陶しいですわ。私はただの余り物」
「まだそんなことを言うのか」
彼は机に肘をつき、じっと私を見つめる。
「……昔から、そうやって全部を切り捨てて笑う。だが俺は、お前の震えも見てきた」
胸の奥を突かれ、思わず声が詰まる。
「なっ……何を勝手に!」
「図星か」
「ち、違いますわ!」
赤くなる頬を隠すようにカップを持ち上げた瞬間、彼の笑みが視界に映った。
あの、子どもの頃から何も変わらない、人を苛立たせる笑み。
◆◆◆
その夜更け。
屋敷の外れの木立に、黒衣の影が潜んでいた。
「確かに……聖力の波動だ」
「監視を強めろ。だが手出しは早い。王国の動きを見極める」
彼らの視線は暗闇の中で鋭く光り、獲物を狙う獣のようだった。
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