4)封じられた力
水晶球の表面は、無機質な透明さを湛えていた。
これまで何度も触れたはずのもの。結果はいつも同じ、完全なる“空白”。
──だからこそ、私は心の奥で既に答えを知っているつもりだった。
「どうせ何も起こりませんわ。無駄な時間を費やす趣味はありませんの」
わざと冷ややかに告げると、ライオネルは口元を緩める。
「今までの水晶では、な」
「……今までの?」
「そうだ。あれらはすべて魔力を測るために作られたものだ。魔力がなければ反応しないのは当然だろう」
彼は机の奥から、小さな布に包まれた球を取り出した。
それは淡く金色の縁取りを持ち、わずかに温かい光を宿していた。
「……何、それ」
「半年かけて作った。古文書に残されていた“聖力”の記述をもとに、魔力測定器を改造したものだ」
「聖力なんて御伽噺でしょう?」
「そう思うだろうな。だが俺は……お前を見ていて確信した」
彼の瞳は真剣そのもので、嘘やごまかしの余地を許さなかった。
「だから確かめよう。お前に、この水晶で」
私は言葉を失い、ただ掌を水晶へとかざした。
ひやりとした感触が指先に広がる。
──その瞬間。
ごう、と空気が揺らいだ。
「……っ!」
水晶球の奥に、淡い金色の光が浮かび上がった。
燃える炎とも違う。
流れる水とも違う。
それは澄み渡る鐘の音のように清らかで、見たことのない輝きだった。
「な、何だこれは……?」
「反応が……出ている……!」
周囲の研究員たちがざわめき、机をひっくり返しそうな勢いで近づいてくる。
それもそのはずだ。
聖力に反応する水晶など、王国の記録にも存在しなかったのだから。
「……大袈裟ですわね。たまたま何かの誤作動でしょう」
「誤作動? 数百年かけて一度も反応しなかった力が、今ここで現れたんだぞ」
ライオネルは笑みを浮かべ、けれどその目は獲物を捉えた研究者の光を宿していた。
「聖力……」
研究員のひとりが震える声で呟いた。
「記録では数百年ぶりの……魔力を拒絶し、世界の均衡を保つ力……」
私は小さく息を呑んだ。
だがすぐに、感情を覆い隠すように微笑む。
「数百年ぶりだろうと、私は私。別に特別な存在になどなりませんわ」
「特別じゃない? お前ほど特別な奴はいない」
ライオネルの声は低く、真摯だった。
その瞳に映る自分が、たまらなく気恥ずかしい。
「な、なによ。調子に乗らないで」
「赤くなってるぞ、セレナ」
「なってません!」
周囲の研究員があっけに取られる中、私たちだけが昔のようにやり合っていた。
─けれど、心の奥底では震えが止まらなかった。
私は“空白”ではなかった。
無価値だと切り捨てられてきた存在が、世界の均衡を左右する力を秘めていた。
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